(任命式でエヴァに指名された時の嬉しそうに緩んだあの顔! 忘れないからな、オスキャル・スワルドン!)
町に行きたがるエヴァを護衛するという体でデート気分を味わっているアイツは、他の護衛をつけたがらない。
護衛を増やすか何度も聞いたが、『エヴァ様の脱走を止めるのは俺ですら苦労しているんです』だとか『脱走の方法が段々巧妙かつ小賢しくなっているんです、普通の騎士なら逃げられますよ』だとかそんな言い訳ばかりして却下してきた。
そもそもあの可憐な妹が脱走などのお転婆をするはずがない。おそらく庭の花を見たかっただとか散歩して気分転換がしたかったというエヴァの行動を大袈裟に言い、あたかもソードマスターしか対応できないと見せかけてその地位を独り占めしたいに決まっている。そりゃそうだろう、エヴァの護衛騎士だなんて名誉以外に他ならないからだ。
そんな男とふたりきりで隣国だなんて、行かせるわけにはいかない。アイツが一番の敵である可能性だってあるのだから。
「エヴァは留学という形でオスキャルとふたりでの潜入を提案してきたのだが」
「絶対ダメです! そんな、ふたりきりだなんて危険すぎる」
「アルゲイドの意見も一理あるな。確かに友好国ではあるが他国であることも間違いない。念には念を入れるべきかもしれん」
「近衛騎士を大量につけましょう」
「だ、だがそれだと流石に目立つが……」
「それが〝当然〟なら問題はありませんよ。留学ではなく騎士の合同訓練として行かせましょう。若手の近衛騎士を選べば、我が国の精鋭騎士たちだとはそうそう気付かれないでしょうから」
「なるほど、その手もあるな」
私の提案に納得してくれたのか、父が大きく頷いたことに安堵する。
近衛騎士の選定は私が責任もって担当することを告げ、父との話はひとまず終了した。
「近衛騎士か……」
そう呟きながら、所属騎士の一覧表を眺める。
合同訓練を提案したのはもちろんエヴァを守る護衛を増やすためであるが、もちろんそれだけではない。オスキャルの魔の手からも守るためである。
(そもそもエヴァにべったり引っ付きすぎなんだ)
しかもエヴァ本人もそれを許容している。あの心優しい妹は他人を拒絶するだなんて考えがないのだろう。だが、自分に惚れた男に全幅の信頼を預け、警戒を完全にといては危険だ。男というのはいつ狼に変貌してもおかしくないのである。
それにエヴァにデレデレしっぱなしの男なんてまさしく妖精姫といっても過言ではない妹には釣り合わない。もっとキリッとし、そして常に紳士的で能力も高くなくては。
「その点近衛騎士はいいな」
オスキャルには戦闘能力こそ及ばないが、オスキャルより賢い男ならばいるだろう。人間というのは武力のみでできている訳ではないのだ。
そしてオスキャルより顔のいい男もいる。
あと、近衛騎士ならば全て私の管轄だ、エヴァを守るという点で私以上の適任もいない。
そこまで考え、隣国へ向かわせる近衛騎士は若手の実力者かつ顔のいい男を中心に選定した。
「突然のライバル出現に慌てるがいい……!」
くふふ、と笑いながら選定した書類を自身の側近に手渡す。ちなみに「私が近衛騎士に混ざるのはどうだろうか」という提案はその側近から秒速で却下された。
私も王族だ。魔力量も多く、また適正もあったためソードマスターまでとはいかないが身体強化を含めた繊細な魔力操作が出来る。訓練も欠かしておらず、もし本当に開戦した場合は最前線で必ずや成果をあげてみせる――が、合同訓練ではこの王族特有の髪色を隠す鎧を着用するわけにもいかず、なくなく諦めたのだ。
それにエヴァの命はオスキャルが守り、そのオスキャルからの魔の手から近衛騎士たちが守る。この完璧な布陣で、私という護衛対象を増やすのは得策ではないだろう。
本来ならばエヴァたちは使節団として出向き、隣国の王城の貴賓室で過ごすべきだろう。
だが、エヴァたっての希望で王族だと隠したいというものがあった。あの髪色と瞳の色でどう隠すのかはわからないが、逆に堂々としていればバレないかもしれない。
しかし王城の貴賓室に泊まっているとなれば話は別だ、一瞬でバレる。
「難しいな」
ふぅ、と息を吐いた私だが、結局隣国の高級宿泊所を丸々貸切るということで手を打つことにした。
一階層丸々エヴァに与え、その一階層下にオスキャルと近衛騎士を配置すれば、建物外や上空からの潜入はソードマスターであるオスキャルが気付くはず。
そしてそのソードマスターであるオスキャルが不埒な行動を取らないように近衛騎士たちに見張らせるのだ。これで完璧である。
「ま、エヴァがオスキャルを自室へ呼べばこの計画は台無しなんだがな」
言いながら今度はハハッと笑ってしまう。だってあまりにもあり得ない想像だったからだ。
(淑女であるエヴァが気軽に異性を自室へ招くなんて愚かな真似するはずがない)
そう、思っていた。
――そのまさかが起こったどころか、エヴァ自らがオスキャルを自分のベッドへ引きずり込むだなんて、その頃の私は想像すらできなかったからである。