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幕間・二 心配性のお兄様(前編)

「アルゲイド王太子殿下。陛下がお呼びです」

「あぁ、わかった」


 王太子としての執務をこなす私を呼びに来た父の側近にそう簡単に返事をした私は、執務机に広げられた書類をすぐに片付け席を立った。

 わざわざ父が侍従ではなく側近を使って呼びにこさせたのだ、内容は国の一大事である可能性もあるだろう。


 そう思った私はすぐ様父の執務室へと向かい、そして案の定――いや、予想よりもかなり大きな、国同士の一大事を聞かされた。

 なんと、世界一可愛い妹である、エヴァに婚約の申込書が届いたという、大事件である。


「父上が私をお呼びになられた理由は理解いたしました」

「流石だな、アルゲイド。我が息子ながら優秀だ」

「開戦ですね。すぐに騎士を集めます。必ずや隣国を……いや敵国を落とし首を持ち帰りましょう」

「よし。いい子だ、一度座って話し合おう」


 私のその発言を聞いた父が大きく咳払いし、既に立ち上がり騎士を集める準備を始めようとしていた私を再びソファへと促した。

 こういうことは早ければ早いほど有利に働く。もちろん入念な準備が大事であることはわかっているが、こちらが準備をしている間は敵国も準備をしているものだ。それならば敵国の準備が整う前に攻撃をしかけるのが最も効率的である。


 一国の王である父ならば当然そんなこと気付いているだろうが、ここは王太子としてあえて言葉にし提案すべきかと再び私が口を開いた時、そんな私の声を遮るように先に父が話し出した。


「まず隣国を敵国と呼ぶな。エヴァが自ら行く国と戦争を起こす気か?」

「なッ! ま、まさかエヴァが嫁ぐことを了承したというのでしょうか!? あり得ない、あの子はまだ十九、三年前に成人したばかりの生まれたての子供です!」

「成人して三年もたっている相手は生まれたての子供とは呼ばんがな。まぁ気持ちはわかる。それにエヴァは嫁に行くわけではない、今回の婚約申込は当然だが断る」

「ならば何故エヴァが敵こ……隣国へ?」

 まさかエヴァ本人が直々に出向き断りを入れねばならないほどの相手からの求婚だというのだろうか、と思わず首を傾げた私に、再びゴホンと咳払いした父が説明をしてくれた。


「何、エヴァ本人が、相手がどんな人なのかを確かめたいというのでな。断るのは当然だが、それとは別にどういった目的があって今回婚約の申込が来たのかを自らの目で確かめ、そして国のためになることを見極める勉強がしたいという希望なんだ」

「そんな……、あの、幼かったエヴァがですか?」


 聞かされた妹の想いに目頭が熱くなる。じわりと視界が滲み、ツンと鼻の奥が痛くなった。

 あぁ、未熟児で生まれ鳴き声ひとつがなかなか上げられなかったあの小さな命が。王族特有の色を持ち、それなのに王族ならば必ず持っている魔力に恵まれなかったあの小さなエヴァが、いつの間に大人になっていたのだろうか。


「っ、まだまだ……っ、幼いと思っていたのですが」

「子供の成長は早い。アルゲイドが立派な後継者に育ってくれたように、エヴァも王族として国を、そして民を想っているのだよ」

 軽々しく涙など流すべきではないことは重々承知だが、父が注意しないことをいいことに溢れる雫をそのままにする。


(守ってやらねばならないとばかり思っていたんだがな)

 いつの間にか妹も、この国を守る自覚を持っていたということなのだろう。


 暫く父との間に感傷的な沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは私だった。


「失礼いたしました。……話はまだ、あるんですよね?」

「あぁ。先ほども言ったようにエヴァが隣国へ向かうことにした理由がもうひとつある」

「国のための視察以外に、ですか?」

「婚約の申込書が、『妖精姫』宛になっていたんだ」

「妖精姫?」

 告げられた言葉に思わずごくりと唾を呑む。妖精姫、というあだ名を聞いたことはない。が。

「紛れもなく妖精かと思いますが」

「同感だ」


 しかしそんな下心が隠れていそうな上っ面だけの呼び名を無礼にも書いてくるだなんて見逃すわけにはいかないだろう。まぁ、見る目があることだけは認めてやらんこともないが。


「だが、エヴァは隣国との接点はない。どこでエヴァを妖精だと判断した?」

 その指摘にドキリとする。

 確かにそうだ。体が弱く、心も優しすぎるゆえに繊細な妹の興味は国民の生活だ。こっそりと王城を抜け出し、城下町で国民と心を通わす妹は、国民に可愛がられこそしても貴族との接点は極端に少なく、顔すらほぼ知られていない。そんな妹を、どうして国境の向こうにいる求婚相手が妖精だと判断できたのだろうか。

 妖精だなんて的確な表現の出来る貴族が隣国にいるはずないのである。


「危険です!」

 思わず声を荒げるが、父は首を左右に小さく振った。

「それはエヴァも重々承知だろう。だからこそ必ずオスキャルを側に置き、危険なことはしないと約束してくれた」

「ですが」

「これがエヴァの意思だ。そこを覆すつもりはない。それにソードマスターであるオスキャルが側にいるのならば問題はないだろう」

 そう断言する父に歯噛みする。


 刺客という意味であれば、オスキャル以上の護衛はいないだろう。

 ソードマスターという資格を最年少で獲得した彼の才能は本物で、最も将来を有望視されている騎士だ。ゆくゆくは騎士団長としてすべての騎士の上に立つ。


 だがアイツはダメだ、危険だ。だってどう考えてもエヴァに惚れている。

 あいつはスカしたフリしてエヴァを見る目が怪しい。当たり前だろう我が妹は妖精姫だからな。うむ。今後はこっちの名前で広めよう。いやダメだ、幽霊なんて不名誉だが可愛いエヴァに変な虫がついてはかなわん。オスキャルみたいな、な。


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