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第二十二話 灯台下暗しとはこのことか

 そんな一瞬の空中デートをした翌日。

 いつもならミック公爵令息から情報を得るために一緒に参加していた合同訓練を休んだ私は、目敏く観客たちの中から例の令嬢を発見していた。


(ふぅん、こうやって見ると案外観客が多いのね)

 自国ならば彼女たちの視線はソードマスターという肩書を持っているオスキャルが独り占めしているのだろうが、ここは隣国。

 ソードマスターは自国出身の令嬢からしか結婚相手を選べないため、残念ながら彼女たちの視線は集まっている高位貴族の令息たちへと注がれている。どれだけ好条件の相手でも、その先がないのなら熱を向けるだけ無駄ということなのだろう。世知辛い。ドンマイ、オスキャル。


 そんなことを考えながら令嬢たちの方へ歩き、そしてあることに気が付いた。

 ミック公爵令息と一緒にいた令嬢の視線が一心にオスキャルへと注がれていたのだ。


(オスキャルに向けたって無意味なのに)


 もちろんソードマスターの中にはこっそりと叶わない恋をしている人だっているかもしれないし、そもそも結婚相手は自国の相手と決まっていても恋人関係まで厳密に管理されているわけではない。まぁもし子供ができればその子の所属がどこの国になるのかで揉めるだろうが、血の影響を強く受けると言われている魔力を持った人間が一国に偏らずどの国にも生まれていることを鑑みると、結局人の想いを規制することは出来ないという証拠だろう。


 だがオスキャルは令嬢に慣れていないし初心だしナルシスト――はまぁ事故みたいなものだったけれど。

 何より彼は誰よりも愛国心が強く忠臣だ。私の護衛騎士を迷わずその場で引き受けるくらいに。


 そんな彼が国の規則を破ったり抜け道を見つけて隣国へ恋人を作るだなんて想像もつかなかった。

 もちろん彼女の一方的な想いかもしれないけれど……でも、これは女の勘が言っている。

 何かよくわかんないけれど、何かを!


 ごくりと唾を呑んだ私が一歩一歩と彼女へと近付く。そしてとうとう目標の相手の横に立った時、私の存在に気付いたその令嬢がオスキャルから私へと視線を移した。


「ごきげんよう」

「あら。ごきげんよう、平民のお嬢さん」

 その言葉の棘にピクリと目元が引きつるが、湧き出る文句をなんとか呑み込む。

 相手が不機嫌さを隠さないのは、身分が下だと思っている相手から突然声をかけられたからか、それとも彼女の視線の先にいたオスキャルの恋人として私が来たからなのか。

(そのどっちでも構わないわ、私と敵対しようだなんて早いのよ!)

 フン、と内心鼻を鳴らした私はにこりと笑顔を作った。そして。


「きゃあ~っ! そのドレスとってもお似合いですわ~っ!」

 きゅぴんきゅぴんと全力で媚びる体勢を整えたのだった。


 これぞ必殺・プライド消去、である。

(全力で褒められて嬉しくない令嬢なんていないもの)

 それに私は私の興味を刺激して答えを得るためならばプライドなんて朝食に混ぜて食べてしまっていいくらいなのだ。そうでなければ幽霊姫なんてあだ名に甘んじているはずがない。

 媚びるくらいなんでもない、とほくそ笑みんで図々しいなど気にせず彼女の隣に立つ。


「凄い、やっぱり貴族のお嬢様ってお肌もとっても美しいんですね」

「え? そ、そうかしら」

(へぇ。まぁ公爵令息と一緒にいた時点で察していたけどやっぱり彼女も貴族なのね)

 色がまんまミック公爵令息と同じことを考えると実の妹だろうか? だが彼に妹がいるとは聞いていない。ならば親戚だろうか。


 様々な可能性を考慮しながら少しずつ会話を続ける。残念ながら私は隣国の貴族事情に詳しくない。ミック公爵家に関してはある程度調べてきてはいるが、名前を聞いても確信を得られないだろうと思いそんなばどろっこしい方法を取ったのだ。が。


「コーニング伯爵家で特別に仕入れている化粧品を使っているのよ」

「……コーニング、伯爵家?」

「あら。仕方ないから改めて名乗ってあげるわ。私はイェッタ。コーニング伯爵家のイェッタ・コーニングよ」

 彼女が名乗ったその名前は。


(リンディ国……、我が国の貴族の名前じゃない!)

 ――自国貴族の名前だったのだ。


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