突然ひとりにされた私は、お会計中のオスキャルを待ちつつ窓の外へと視線を向ける。
「……え、あれって」
すると、なんと外の通りを整った顔立ちをした黒髪の青年が通りすぎた。その青年はまさに探していたミック公爵令息で、しかもなんと隣には彼と同じ長いストレートの黒髪が美しい令嬢を連れている。
「ビンゴじゃない!」
その彼女が彼に嘘を教えた張本人かはわからないが、探していた人物が現れたことに興奮しつつ、慌てて店内から出る。逃すわけにはいかないと、不自然にならないように適度に距離を保ちながら早速尾行を開始した。
「…………で、…………のオ…………」
「……いや、かの…………だよ」
(もう少し近付かないと声までは聞こえないわね)
途切れ途切れで会話は全然聞き取れない。だが彼らの雰囲気からかなり親しいようだった。何か手掛かりを得ねばと少しずつ彼らと距離を詰めつつ耳をすませる。
「…………オス……ャル……まを……」
(オスキャル?)
令嬢の方から気になる名前が飛び出たことに驚きつつ、もう少し詳しく聞けないかと更に一歩彼らへと近寄る。ミック公爵令息からその名前が出たのなら、訓練の話でもしているのだろうと流すのだが、何故令嬢の方からわざわざオスキャルの名前が出るのだろうか。それがやたらと気になり、耳を傾けた――その時。
「――ァ」
「?」
「エヴァ様ァァッ!」
「ヒィッ!」
私の耳に聞こえたのは、前方のミック公爵令息たちの会話ではなく、後方から凄い速さでブチギレながら走ってくるオスキャルの声だった。
「アンタって人はァ!」
私がオスキャルを待たず尾行を開始したことに怒っているのだろう。確かに怒っても仕方ない。オスキャルからすれば、ねだられたものを買いに行っている間にまたも逃亡されたのだから。
(でもそんなに大声で呼んだらバレちゃうじゃない!)
私の姿を確認したオスキャルがすごい速度で距離を詰めるのと同時に、彼の声に驚いた通行人たちからの注目が集まる。ミック公爵令息たちもなんだなんだとまさに振り向く瞬間で、もし気付かれれば尾行していたことがバレて今後の調査に影響がでるかもしれない。
「あ、あぁっ、もう!」
瞬時にそんな考えが脳内を駆け巡った私は、追いかけてきたオスキャルへ両手を広げ抱きついた。
「えっ!?」
「飛んで!」
「っ、はい!」
追いかけていた相手が突然胸の中へ飛び込んできたことに動揺しつつも、私の言葉に従い抱きかかえて力いっぱいに飛び上がる。オーラも使って飛び上がったからか、私たちはあっという間に通行人たちの前から姿を消した。
「まぁ! 凄いわ、これが空中デートね」
「ただのジャンプです、このまま放物線を描きつつ急降下するだけですよ」
「ちぇっ」
冷静にそんなことを言われ舌打ちをする。確かに空中デートというには目まぐるしく景色が変わっているし、そもそも風の音が大きすぎてピッタリと引っ付いているオスキャルの声も僅かに聞こえる程度だった。
物語で読むような、魔法で空を散歩する……なんてことはやはりただの夢物語なのだろう。
(ま、そんな魔法があったとしても私に魔力はないんだけどね)
そんなことを考えていると、ガクンと大きく体が揺れる。オスキャルがどこかの建物の上に着地したようだった。
「痛いところはありますか?」
「問題ないわ」
少し心配そうなオスキャルに小さく笑みが溢れる。
(着地の瞬間は確かに揺れたけど、オスキャルがしっかり抱き締めてくれていたものね)
彼の膝でしっかり衝撃も逃がしながらの着地だったお陰で確かに揺れはしたが痛いところはない。それに。
「怖くはありませんでしたか?」
「全く!」
オスキャルが私を落とすだなんて想像も出来ない。私は彼の腕の中にいれば安全なのだとそう信じているのだから。
そうハッキリと答えた私は、どこまで彼が飛んだのかと辺りを見渡す。
どうやら距離ではなく高さを優先したのか、先ほどいた通りから少しだけ離れた教会の屋根へと着地していた。この辺りで一番高い建物である。
「いい景色ね!」
「はぁ、図太いというかなんというか……」
「何か言ったかしら」
「いえ何も」
話ながら先ほどまで自分たちがいた場所へと目を向ける。そこにはもうリック公爵令息たちはいなかった。
(あの令嬢、気になるわね)
どうしてオスキャルの名前を彼女が口にしたのだろうか。彼女が私の嘘の話をミック公爵令息へ教えたとはまだ断定出来ないが、それでもオスキャルのことを知っているならば私のことも知っている可能性があるだろう。私自身の認知度は『幽霊姫』なんて嘲笑からくるあだ名くらいだが、ソードマスターである彼がその幽霊姫の専属護衛に選ばれたことは有名だからだ。