結果、オスキャルの熱烈な希望で休息を返上し街へ繰り出すことにした私たちが最初に向かったのは貴族御用達の高級店が並ぶ通りだった。
「ねぇ、私一応平民設定なんだけど、こんなとこにいていいのかしら」
「あ、その設定まだ覚えていたんですか。高位貴族にため口だし、というか全体的に偉そうだったんで忘れられたのかと思ってました」
「失礼ね。高位貴族と接する機会がないので普段通り振舞ってしまった令嬢という設定なのよ」
「なるほど。いつも通りってことですね」
(まぁ、オスキャルの恋人って設定だしここにいてもいいのかしら)
オスキャルが普段こういったお店で買い物をしているかは別として、王族の専属護衛騎士なのだから給金はたんまり貰っているはず。それならば高級街にいてもおかしくはないだろう。そしてそんな彼に連れられている私がここにいても不自然ではないはずだ。
それに、ターゲットであるミック公爵令息はよくこの通りで令嬢とデートしていると聞いた。デート相手が彼をそそのかし偽の情報を教えた相手かはわからないが、探す価値はあるはず。
「いいわね、探偵らしくなってきたじゃない!」
「聞き込みすらせず通りに来ただけですけど」
「今から探すのよ!」
何故か普段より一段と不貞腐れているオスキャルに首を捻りつつ、私たちはまずミック公爵令息のいそうな〝女性が喜びそうな店〟を探し始めたのだった。
最初に覗いたのは可愛い雑貨の置いてある店。とは言ってもあつらっている宝石類は上質なものらしく、値段は全然可愛くはないのだが。
並ぶ商品の中で、小さな藍色の宝石が埋め込まれている髪飾りが目に留まる。
(この色、オスキャルの瞳と同じ……)
「それが気になるんですか?」
じっと見ていることに気付いたのか、私と違いちゃんと店内の商品ではなく客を確認していたオスキャルが私の視線の先を辿りながらそう聞いてきた。
「オスキャルの瞳と同じ色だと思っただけよ」
「それは、先日のように俺を窮地に追い込む小道具として、ですか?」
この間の全身オスキャルカラーにした時のことを言っているのだろう。そのことに思い当たった私は思わず苦笑した。
「そんなわけないでしょ。あれはゴテゴテして普段使うものじゃないから成立したのよ」
普段使いのものは気付かない人は気付かない。だからこそ、彼をからかう目的があるのであればゴテゴテとした大振りの、いかにも! という宝飾品であるべきだろう。
「えっ!」
私のその説明を聞いたオスキャルが小さく驚きの声をあげる。
やはり今日は無理にでも休ませるべきだったかしら。ずっと様子がおかしい。いや、ある意味いつも通りなので問題はないのかもしれないが。
「そ、それ、髪飾りなんですけどまさか欲しい、とか……?」
しどろもどろになりながらそう口にしたオスキャルをますます訝しみつつ、もう一度髪飾りへと視線を落とす。藍色の宝石の付いたその髪飾りは全体的にシンプルで、夜会などの華やかなパーティーには向かないが普段使いにするならばいいだろう。それにシンプルなデザインであれば応用も利く。その髪飾りに合わせて花なども髪に挿せばちょっとしたお茶会なんかでも使えるかもしれない。
「使いやすそうだし買ってもいいかもしれないわね」
「え、エヴァ様が俺の色の髪飾りを、普段使い用に、ですか!?」
「何よ、ダメなの?」
「全然ダメではありませんが!」
「そう……?」
勢いよくそう断言され、一体何が彼をそんなにも興奮させているのかとますます首を捻りつつ、折角来たのだからとその髪飾りを手に取るが、ふとあることに気が付いた。
今の私は平民設定なのだ。髪飾りひとつとはいえ、ここは高級店。平民の私が簡単に買える値段ではない。そしてここにいるのはオスキャルのみ、一度彼に立て替えて貰うしかないだろう。
(仕方ないわね、お金はあとで返しましょう)
「オスキャル、悪いんだけど私にプレゼントしてくれないかしら」
「お、俺にお金を払わせてくださるんですか!?」
「その言い方だと払いたいみたいなんだけど……」
プレゼントを主君から買わされそうになっているにも関わらず、何故か嬉しそうにするオスキャル。本当に大丈夫なのだろうか。
「もちろん後で返すから」
「えっ、髪飾りをですか!?」
「え。髪飾り、オスキャルも欲しいの?」
「いりませんけど!?」
「本当にどうしちゃったの、熱でもあるんじゃない?」
返すのは立替えて貰ったお金の方よ、なんて説明しつつ流石にそろそろ心配になった私は背伸びしてオスキャルの額に手のひらを当てた。
「やっぱり少し熱いみたいよ?」
「そ、それはエヴァ様のせいですが!?」
「ちょっと何で私の――というか、また様付けになってるわよ。今は恋人なんだから呼び捨てなさい」
「うぐっ、え、エヴァ……、の髪飾り買ってきますので!」
「あっ、オスキャル!?」
こういう店では店主をこの場に呼んで購入するのが正解なはずだが、私から髪飾りを奪ったオスキャルがそのまま店主の方へと駆けていく。その焦ったような様子を見て冷静な判断ができないほど疲れているのだと判断し、私は自国へと戻ったら彼にボーナスと休暇をあげようと心に誓ったのだった。