今日は二国の合同訓練の休暇日。しかし休暇日と言えど私の専属護衛騎士であるオスキャルは絶賛仕事中であり、そのため彼は休むことなく私の宿の部屋へと来ていた。もちろん部屋の中へと招いたのは私だ、本来の目的を達成するための相談をするために。
「いや、それミック公爵令息に誰に聞いたか教えて貰ったらいいだけの話では?」
だが、私の推理と新たに浮上した難問をオスキャルへ説明すると、呆れたようにそんなことを告げられる。
「それだと今までの推理が無駄になっちゃうじゃない」
そんな彼にフンッと鼻を鳴らした私がそう言うと、オスキャルがわざとらしくため息を吐いた。
「不満なんて聞かないわ。だって私と貴方は今から名探偵なんだから」
「ふたりとも探偵役なんですか? というかエヴァ様は迷探偵の方でしょう」
(随分不満そうね)
確かに彼は貴族令息へ訓練をつけながら、休日はこうやって私の護衛を務めている。
この国へ新人の近衛騎士たちも一緒に来てはいるが、彼らの仕事はあくまでも合同訓練に参加することでありオスキャルと違って私を護ることではない。これはソードマスターといえど流石に疲れが出てきたということなのだろうか。
「ねぇオスキャル。今日は私とここでゆっくりする?」
「は?」
私の提案に呆然とした表情になったオスキャルが間の抜けた声を漏らす。
「考えたら友好国とはいえここは他国。いつも以上に気を張って護衛してくれてるでしょう? しかもカモフラージュのためとはいえ他国の高位貴族の令息たちに訓練もつけなくちゃいけなくなってしまったわ。いくらオスキャルがソードマスターといえど、体力は無限じゃないし」
いや、むしろ精神の方が疲弊してしまっているかもしれない、と訓練をつけながらも私の方をチラッチラと見ていたことを思い出す。
彼が疲れているのなら、一日がっつり休暇を取るべきだろう。私は休暇すら与えず働かせ続けるような主君とは違うのだ、警備の関係上私と離れて休ませることはできないとしても、安全を確保した場所で一緒にゆっくりすることはできるはず。
「うん。そうね、今日はゆっくりしましょうか」
「え?」
「一日くらいゆっくりしても構わないわ。この部屋なら階下に近衛騎士も沢山泊まっているし安全よ」
「そりゃ俺もひとつ下の階に部屋を借りているのでしっていますが……。で、ですが、俺が休んでいる間に動かれると意味がないといいますか、そもそもエヴァ様をひとりにするわけには」
当然の戸惑いを見せたオスキャルに、大丈夫という意味を込めて大きく頷き彼の手をぎゅっと握る。そして部屋の奥、自身のベッドの方を指さした。
「わかってるわ。だから今日は私のベッドで寝転がって一緒にゆっくりしましょう」
「は、はぁっ!?」
「安心して、私のベッドは広いからふたりで寝転んでも余裕よ」
「そ、そういう問題じゃありませんけど! むしろ危険ですけど!?」
「流石にこの宿には近衛騎士も一緒に泊まっているし、高級宿だから侵入者が入る可能性は低いと思うわよ? それにオスキャルが隣にいれば問題はないわ」
「むしろそれが問題だと言っておりますが!?」
私の気遣いと現実を鑑みた提案を聞いたオスキャルが、何故か顔色を悪くしそう声をあげる。だが一体何が彼の不安をそこまで呷っているのかがわからず私は思わず困惑しながら首を傾げた。
私の表情を見てそのことを察したのだろう。オスキャルが再び早口で話し出す。
「というか主君のベッドにど、同衾なんて許されませんし!」
(なるほど、そんな心配をしていたのね)
ここは他国。確かに過保護な父や兄、姉たちに一緒に寝ているところを見られれば何か小言くらい言われるかもしれないが、ある意味その心配がない分ここならばたいした問題にはならないだろう。私は彼を安心させるように満面の笑みを向ける。
「バレなければいいじゃない。だから……ね? 一緒に寝ましょう」
「バレなければいい……? いやダメだ、むしろもっとダメだって!」
だが、そんな私とは対照に、一瞬考え込むような表情をしたオスキャルがすぐに激しく頭を左右に振って声を荒げた。――と思ったら、ガッと私の両肩を掴む。どうしたオスキャル、やはり疲れがピークなのか。
「外に出ましょう」
「それだと危険が」
「ここより余程安全です!」
「えぇ?」
ゆっくり休んだ方がいいわよ、という私の提案を目に見えないほどの早さで首を振ったオスキャルが拒否する。けれど、流石にそこまで拒否され続けると段々私も腹立たしくなってくるわけで。
「私と寝るのをそんなに嫌がらなくてもいいじゃない」
「いっ、嫌がってるって訳じゃ……!」
「嫌がってなきゃなんなのよ。広いし、それにふたりで寝れば温かいのに」
「その温もりがですね、困るといいますか」
「フンッ、いいわよ。もうオスキャルとは一生一緒に寝てあげないから! 腕枕も膝枕もさせてあげない!」
「腕枕と膝枕がある世界線に俺はいたのか……? いや、俺がする方か。それはそれで背徳的……じゃなくて!」
唇を尖らせて顔を背けた私の隣で自問自答するようにぶつぶつなにかを呟いたオスキャルが再び私と目が合うように移動し、顔を覗き込んできた。
「いいですか。そんな世界線に俺たちはいないんです。姫と騎士は一緒に寝ません」
そして諭すようにそう口にする。その時のオスキャルの目があまりにも真剣だったため、不機嫌になっていた私だがただ頷くしか出来なかった。