「!」
(ミック公爵令息って……彼が!?)
さらりと告げた名前に思わずその令息とオスキャルの顔を交互に見る。そんな私を見てオスキャルが意味深に頷いたのを見て、私は彼が今回の目的の人物だとわざわざ教えに来てくれたのだと確信した。そのサポートに感謝を表すようにオスキャルの背中をポンと叩いて私も大きく頷く。
「言いたいことはわかったわ。ミック公爵令息の介抱は私に任せて。情報を探るわ」
「わかってないなぁ!? 俺、最初に彼の女癖の悪さ説明しましたよねぇ!?」
「ね、ねぇキミたち、その会話はボクの前でしてもいいやつなのかな……」
相変わらず戸惑っているミック公爵令息を無視し、今度は私がふたりの間へと割り込む。そしてガシッと彼の腕を掴み大丈夫という意味を込めてオスキャルへと親指を立てた。
「じゃ、オスキャルは戻っていいわよ」
「くっ、せめて俺の目が届く範囲でしてくださいよ……!」
何故か悔しそうな表情のオスキャルが、渋々といった様子で素振りをしている他の令息たちの元へ戻る姿を見送った私は改めてミック公爵令息の方へと振り返る。
「はじめまして。ずっと貴方が格好いいと思っていて。だから話しみたいと思っていたの」
「いや、情報探りたいからだよね、それ……。 はじめまして、とずっと、も既に矛盾してるしさぁ……」
そしてそのまま苦笑するミック公爵令息を連れ、最初に騎士団長から促された安全なスペースへと向かったのだった。
(まず何から聞くか、よね)
けれど平民設定の私が突然『隣国の幽霊姫って、ここでは妖精姫って呼ばれてるんですか』なんて聞いたらあまりにも怪しいだろう。国にそう広まっているのか、それとも彼だけが言っているのかも今はまだわかっていないのだ。変に突っ込んで聞くと私の正体がバレる可能性もある。ここは慎重に、遠回しに聞くべきだろう。
「あの、リンディ国の幽霊姫についてどう思われます?」
遠回しにそう質問を投げる。これならば素晴らしく自然だろう。……何故か遠くでオスキャルが頭を抱えたように見えたが、それはきっと気のせいだ。
「リンディ国の、幽霊姫?」
どんな回答が来るのかドキドキしながら待っていた私だが、返ってきたのは怪訝な反応。その反応に思わず首を傾げてしまう。
「えーっと、ご存知ないかしら。幽霊姫と呼ばれている末の王女様なんだけど」
「あはは、幽霊なんて呼ばれる女性はこの世にいないよ」
「えっ」
まるで至極当然という風に笑ってそう答えたミック公爵令息は、そのまま話を続けた。
「女の子は全員可愛いんだ、幽霊だなんて言ってはいけないよ。ボクは虜、ボクにも虜。わかったかな?」
「と、虜……」
(濃いわね)
唖然としながら彼のその言葉を繰り返す。さっきはヘトヘトになっていて余裕がなかったらしいが、どうやらコレが彼の通常らしかった。
「幽霊と呼ばないことは理解したわ。でも会ったこともない相手を妖精と呼ぶなんてことはないわよね?」
「女性は皆妖精だよ」
くすりと笑うミック公爵令息に、先日こういう人見たなぁ、なんて赤い髪の魔女を思い出しながら遠い目をする。もしこれが彼の本心ならば、幽霊姫と書くことを許さず彼が勝手に妖精姫へ書き換えただけの可能性も出てきた――というか、その可能性が高いだろう。彼の顔が整っていることと、少々キザだが女性に優しい点を鑑みれば、オスキャルと違い人気もありそうだ。
(なら、あとはどうして私だったのか、ってところだけね)
そんなことを考えながら、半分以上興味を失ってしまった私は帰りにお土産何を買おうか、なんて思いつつ訓練をつけているオスキャルの方を横目で見た時だった。
「それに、誰も見たことがないから妖精と呼ばれている、と聞いたからね」
ポツリと溢すように告げられたその言葉にギシリと固まる。
(呼ばれていると、『聞いた』?)
その言い方だとまるで誰かが私のことを妖精なのだと彼に教えたみたいではないか。しかもご丁寧にそれっぽい理由も作って、だ。
その事実に気付きドキリと心臓が跳ねる。
――あぁ、これは間違いない。ここまで来た意味はあったのだ。
「陰謀だわ……!」
「え?」
「誰かが私を妖精に仕立て上げて売り込んだのよっ」
誰かとは誰だ。目的はなんだ。貶めるのではなく、あえて評判をいいものへすり替える理由は何がある?
「ちょ、エヴァリン嬢!?」
「ありがとう。私、急激に楽しくなってきたわ!」
「そ、それは良かった、のかな……?」
突然テンションの上がった私にタジタジとしたミック公爵令息を無視し、私は事件の真相へ少し近付いたことに心を躍らせたのだった。