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第十六話 バレなきゃ別にいいじゃない

 ソードマスターであるオスキャルは、結婚相手に自国の令嬢を選ばなくてはならないとの決まりがあった。

 ひとりで小隊を簡単に蹴散らせる強大な力を持ったソードマスターが結婚を理由に他国へ拠点を変えることがあってはならないからだ。


(ソードマスターが嫁いで国を出たら大変だもの)

 もちろん嫁ぐ以外にも、例えば伴侶の祖国と我がリンディ国が敵対してしまったとしたら、状況によってソードマスターが敵になるかもしれないのだ。それも、ひとりではなく仲間として他のソードマスターを説得し、一緒に出て行ってしまったら? そして彼ら全員が敵にまわったら? 考えうるパターンは多い。

 ひとつの出来事で簡単に軍事力のパワーバランスが崩れる危険があるのである。


 だがこれらは国を守るために決められたというだけではない。どの時代、どの世界にも誰かを騙す人間というのは必ず存在する。ソードマスターという圧倒的な力を持つ彼らは単純に目立つのだ。それは同時に標的になりやすいということでもあった。


 戦力を削りたくて暗殺を狙われたとしても武力で彼らに勝つのは至難の業だ。ならば色仕掛け、というのは残念ながらある意味もっとも手っ取り早く、より成功率が高かった。


(実際に色仕掛けへ乗った結果、殺されたって事例も過去にあるって聞いたしね)


 妻が一般人ゆえに逆に油断したのか、それとも自身が謀られただけでそこに愛がないことを実感し失望したのか。

あっさりとソードマスターが殺されたという事件があり、その事件をきっかけにこの『結婚相手は自国の人間でなくてはならない』という制約が作られたのである。少なくとも自国の相手ならば、戦力を削る目的も戦力を他国に流そうとする理由もないからだ。もちろん物事に絶対なんてものはないけれど、それでも可能性をグッと低くすることが可能なのである。


「どうせオスキャルはこの国で恋人探しなんて出来ないんだから構わないでしょう?」

「俺のメンツはどうでもいいんですか」

「なによ。私と恋人同士はそんなに嫌なの」

「エヴァ様だからより拒否しているんですけど」

「ちょっと。どういう意味よ」

「いえ。どうせ説明しても伝わらないんでいいです」


 失礼なことを言い放ち遠い目をするオスキャルをムスッと睨む。そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。

 じとっと半眼になった私と、そんな私の方を頑なに見ないようにと顔を背けているオスキャル。こそこそと話していた私たちだが、そんな私たちの話を遮るようにパンパンと手を叩く音がその場に響いた。エトホーフト国の騎士団長である。彼はソードマスターでこそないものの、それに近い力を持ち騎士団長にまで成り上がった実力者だ。


「えー、リンディ国より合同訓練としてソードマスターであるオスキャル・スワルドン伯爵令息と騎士の皆さんが来てくださっている。あと、えぇっと」

「はじめまして、私はオスキャルの恋人のエヴァリンです」

「ごふっ」

 にこりと、そして堂々と本名を少し弄っただけの偽名を名乗った私に、オスキャルが思い切り吹き出す。


「ちょっと、他にもっと違うのなかったんですか」

「どうせ私の顔なんて誰も知らないんだから、本名を掠っていてもバレないわよ」

 こそこそとそんな会話をする私たちだが、そんな私たちに注目が集まっていることに気付き慌てて前を向いた。訝しげな表情を向けられ焦ってしまう。


(やっぱり国同士の合同訓練に恋人と一緒はおかしかったかしら!?)


 完璧だとさっきまでは自信満々だったのに、この視線を一身に受け、さっきまでオスキャルが全力で拒否していた理由はこれかと思い至る。せめて婚約者と名乗ればよかった、ただの恋人ではやはり無理があったのかもしれない。

 今更後悔しても後の祭りだが、しかし婚約者を名乗りその噂が自国まで流れればオスキャルの今後の恋人探しに影響が出ると思ったのだ。恋人とは別れればいいが、婚約者と婚約破棄するという醜聞は令嬢側ほどではなくても多少はダメージが入る。それにいい感じの令嬢ができたとしても、『婚約破棄するような男性』だなんて思われたらオスキャルの恋路に影が射すだろう。


 だが、私の計画は始まったばかりどころかまだ始まってすらいないのだ。それにもう恋人と名乗ってしまった、今更他の役になりきることも出来ず、だからといってここで怪しまれる訳にもいかない。ならば。

 一瞬迷った私だが、勢いをつけて口を開く。女は度胸が肝心、ハッタリなんてかましたもん勝ちである。


「今回は、彼の! 護衛として来ましたの!」

「は、はぁ!?」


 一番最初に私の言葉に疑問の声を上げたオスキャルの足を思い切り踏んで無理やり黙らせる。

 この間はオーラを纏って私のその攻撃を跳ね返してきたオスキャルだったが、今回はその余裕すらなかったのか思い切り彼の足の甲に私のヒールが刺さり、目を剥いていた。ごめん、力加減間違えたかも。


 しかし彼が黙ったのをいいことに私は更に言い訳という名の言葉を重ねる。

「皆様もご存知の通り、ソードマスターである彼は他国で恋人を作ることができません。ですが彼はとても魅力的です、エトホーフト国の令嬢を虜にするかもしれませんので、おこがましいことは重々承知ですが一緒に参りましたの」


 多少どころではない無理やり論理ではあるが、実際にソードマスターという肩書だけで近寄ってくる人間は多いからか、一応は筋が通ていると判断されたらしくオスキャル以外からは疑問の声が上がらなかった。私が彼を強制的に黙らせているのを見たからかもしれないが。


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