私の言葉に情けない声をあげたオスキャル。そんな彼が何度もやめようと説得してくるのを全て無視して、私とオスキャルはとうとう隣国であるエトホーフト国へと足を踏み入れた。
「さぁ、行くわよダーリン!」
「その設定なんとかならなかったんですかね……」
「弟になりたかったってことかしら」
「俺の方が年上ですが」
「精神年齢の話よ」
「精神年齢なら実年齢よりずっと低いでしょうが!」
「あら。自身が幼いことをハッキリ自覚しているのね」
「エヴァ様の話ですけど!?」
愕然としているオスキャルからの文句を適当に流した私は、そのまま彼にそっと寄り添う。それも恋人同士のようにピッタリと、だ。
(だって今の私はオスキャルの恋人だからね!)
この設定にした理由にはもちろんわけがある。
留学、という体で隣国へ来る予定だったのだが、調べたい相手はもうとっくに成人した公爵令息。彼は貴族学院をとっくに卒業していたし、既に公爵家の嫡男としての仕事をしている相手の身辺に潜入する場所と理由が無かったのだ。
だが、もちろんこんなことで諦める私ではない。相手の近くに潜入できないのであれば、相手を呼び寄せればいい。幸いにも私の護衛騎士であるオスキャルは今回の隣国へも当然付いてきてくれることになっていた。どうせふたりとも一緒に行くのだ、〝私の目的で隣国へ行く〟のではなく〝オスキャルの目的で隣国へ行く〟のに変えても大差ない。
隣国へ行きたい私に彼が付きそうのではなく、隣国へ行きたいオスキャルに私が付きそう。幽霊姫である私の顔は知られていないのだ、護衛騎士に王女が引っ付いていても気付かれることはないだろう。そのための平民設定、そして恋人設定である。
(恋人という建前でもなくちゃ、国を跨いでまで付いて行かないもの)
「完璧だわ」
「いや、最悪ですって」
この完璧な計画、完璧な理由に絶対の自信を持っている私に対し、どこか辟易とした表情になりながらオスキャルがそんな返事をする。その彼の言葉に思わずムッとした。
「どこが最悪なのよ」
「全てですよ、全て! エヴァ様の言い分はわかりますよ、確かにこの作戦とこの設定なら、貴女は身分を隠し潜入できますもんね」
「でしょう? 言ったじゃない、完璧なの」
「じゃあ聞きますけど、俺はどうなんですか」
「どうって」
恨めしい顔つきになったオスキャルからそう聞かれ、首を傾げる。そんな私に大きなため息を吐いたオスキャルがまるで答え合わせするように口を開いた。
「今回、俺はどういう設定で隣国へ来ることになったんでしたっけ」
「簡単なことよ。ソードマスターの貴方は友好国であるこのエトホーフト国へ、騎士の合同訓練に参加するために来たという設定だわ。隣国の高位貴族の令息たちも呼んで訓練もつけながら、ね」
名目は親睦を深める合同訓練だが、ソードマスターの練習相手になれるような騎士はソードマスターしかおらず、ソードマスター同士が訓練とはいえ本気で打ち合ったら収拾がつかなくなる。
その為、一緒に隣国へと来た騎士たちは合同訓練を行い、オスキャルは高位貴族の令息たちを指導することになったのだ。
遠回しに騎士たちを訓練して欲しいという申し出がされたが、騎士同士で高めあうべきという主張を押し通しこの形に落ち着いたのである。
もちろんそれはオスキャルの近くで高位貴族の令息であり、私を妖精姫だと勘違いして婚約の申込みをしてきたミック・ハッケルト公爵令息を近くで観察するためだった。
「そうですよ! それです! 合同訓練って、わかってます? 訓練なんです、遊びじゃないんですよ。しかも教える側!」
「そうね」
一気にヒートアップしたオスキャルに同意するように私も頷き彼の言葉を肯定する。
合同訓練、と名がついているのだ。当然訓練しに来たのであって遊びではないと私だって当然理解していた。だが、何故か私が理解していることを知ったオスキャルの表情が絶望に染まる。
「遊びじゃないのに、恋人を連れて合同訓練っておかしいでしょう……!」
そしてやっとオスキャルの言わんとしていることを理解した。つまり彼は。
「本気で恋人探しに来たってことね!?」
「んなわけあるかッ!」
私の結論に間髪入れずにオスキャルがそう突っ込む。元気そうで安心だ。
(折角訓練で格好いい姿を披露するのに恋人役の私がいたら、可愛い令嬢たちにモテないと不満を持っているのかと思ったけれど)
どうやらそうではなかったらしい。
「でも、令嬢たちが自身の恋人の姿を見に訓練場へ行くことは多いと本で読んだわよ?」
「それ、自国内の話ですよね。あと、令嬢自らが来る場合ですよね。今回俺は仕事で行く他国に、俺の意思で、恋人を連れてくるような公私混同野郎に成り下がったわけですが」
「あら。ラブラブなのね、仕方ないわ」
「演技のくせに!」
いじけたように口をすぼめてそう呟いたオスキャルが、そのままガクリと項垂れる。
「絶対他に方法がありましたって……」
「大丈夫よ、これは演技。ただの演技」
「ウゥッ」
「この本当になんでもないただの演技は、隣国でだけだから。自国では変な噂は流れないから安心してね。この間のドレスの時だって結局噂にはならなかったじゃない。私と貴方はただの護衛対象とその護衛ってだけの間柄よ。それが公然の事実だからね」
「くっ、トドメか?」
「は?」
そんなオスキャルに、効果があるかは不明だが私は精一杯励ましたのだった。