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第十四話 これが伏兵ってやつですか

 何かを訴えるようにジッと目を見つめながらそんなことを言われるが、オスキャルの言いたいことが理解できずぽかんとしてしまう。そんな私にますます項垂れてしまったオスキャルはぽつりと零すように口を開いた。


「危機感が足りません」

「あら。ソードマスターの護衛騎士が側にいるのにこれ以上どう警備を強化するのよ」

「俺とふたりきりなんですよ」

「そりゃ十人ほどしかいないソードマスターの護衛がいるなら他に護衛騎士はいらないでしょう。オスキャルさえいれば私に他はいらないわ」

「ンンッ、護衛、護衛ですね、わかってます。ただ、エヴァ様には権力がありますが、俺には腕力があるんです」

「筋力もね」

「そういう意味じゃなくて……、ですから、俺がこの部屋に足を踏み入れる時は基本的にエヴァ様が脱走してもう部屋にはいないんですってさっき言いましたよね!?」


 そこまで言われてやっとオスキャルが言いたいことを理解した。

(なるほど。女性とふたりきりという状況が恥ずかしいんだわ)

 考えてみれば、彼は西の魔女・ローザに恋人人形を願おうとしていたのだ。女性慣れしていないのは明白。そんなオスキャルだ、主君とはいえ女性との密室ふたりきりはハードルが高いのだろう。やっと彼の言いたいことを全て理解した私が彼に向って大きく頷いた。


「大丈夫、何もしないわ。怖くないわよ」

「だからそういう意味じゃないいんですってばぁ!」

 しかし、どうしてかオスキャルが不服そうな顔を向ける。


(じゃあどんな意味なのよ)

 煮え切らずハッキリ説明しない彼を怪訝に思いながらも、私はあのまま貰って来た手紙を不満気なオスキャルの顔前に出し強制的に話題を変えた。わたしが彼をちゃんと理解するには、彼が私の護衛騎士になってからの三年ではまだ早いらしい。

(まぁ、出会った頃から数えると十二年もたってるんだけどね)


「手紙ですか」

 ふと私が僅かな感傷に浸っている間に、どうやらオスキャルは気持ちを切り替えたようだった。

「それが今日の用事だったみたい」

 仕事モードになったオスキャルが真剣な表情で私から手紙を受け取る。そして封蝋をじっと見つめた。


「ハッケルト公爵家のものですね。しかも長男のミック公爵令息の個人のものですか」

 がっつり勉強させられている私ですらわからなかったのに、あっさりと言い当てたオスキャルに唖然とする。


「え、知ってるの?」

「女性に興味がありすぎるって有名なんですよ。エヴァ様にちょっかいかけられたらたまったもんじゃないんで、危険人物は大体頭に入れてます」

「あら、護衛の鏡ね」

「だからそういう意味じゃ――いえ! そういう意味ですけど! 護衛としてですけど!?」

「はぁ?」


 突然焦ったような声を出したオスキャル。そんな彼はゴホンとわざとらしい咳払いをし、もう一度手紙へと視線を向けた。


「で、その公爵令息は何と?」

「中も見ていいわよ、機密文書でもないし。ただ私への婚約の申込みってだけ」

「あぁ。婚約の……婚約ぅッ!?」

 中身を知って愕然としたオスキャルの顔色がまたどんどん悪くなるが、私は構わず中を見るように促す。重要なのは私への呼称なのだ、これは見て貰う方が早いだろう。


「し、親愛なる……妖精姫?」

「そうなの。私、どうやら幽霊姫じゃなく妖精姫だったらしいわ」

 ふふん、と少し得意気に胸を張ってそう口にする。てっきりオスキャルからはいつものような「何バカなことを言っているんですか」なんてツッコミが飛んでくると思ったのだが、意外にも彼は私の顔を見つめた。


「確かに。公務をサボりまくって露出が少ないせいで幽霊姫だなんて言われてますが、口さえ開かなければ紛れもなく妖精ですね……」

「えっ」

 まさか父以外にも私を妖精だと判断する人間がこの世にいるとは。まさかの伏兵、ここにあり。


 そのことに驚いて呆然としていると、すぐにハッとしたオスキャルが手を握ったままの封筒ごと顔の前で振る。

「顔がって話で! 普段のエヴァ様は妖精というより、その、傭兵って感じです!」

「絶対違うでしょ。というかそれは言葉の音だけで言ったでしょう」

「じゃあ脱獄犯、脱獄犯です!」

「傭兵よりはある意味近くなったけど、仮にも王女相手に本当に命知らずね……?」

 何に動揺しているのかは知らないが、慌てふたふためいているオスキャルに若干引きつつ、私は両手を腰に当てた。


「まぁいいわ。というわけで行くわよ、隣国!」

「……、は?」

「行くわよッ! 隣国ッ!」

「勢いをつけろと言ったわけではないのですが」

「行くのよ、隣国ゥゥ! 私がどうして幽霊から妖精になったのか、確かめに!」

「え、えぇえーっ!?」


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