「どんな願いでも本当に叶うのかしら」
「さぁ。というかエヴァ様は叶えたい願いがあるというより、絶対叶うのかどうかを確かめたいんでしょう?」
「あら、流石私の護衛騎士ね。よくわかっているじゃない」
王城の裏口からこっそり……ではなく、オスキャルを連れ堂々と正門から出た私たちは、幽霊姫と揶揄されるほど顔を知られていないことをいいことに変装もほどほどにして王都を抜けた。そのまま西の外れまで進み、小さな川を越えた先の森の奥が魔女の住処らしい。漠然と西、としか知らなかった私に代わり、しっかりと調べてくれていたオスキャルのお陰で迷わず辿りつけそうだった。
(興味なさそうにしていたクセに、やっぱりオスキャルも魔女の秘薬が気になってるんじゃない)
最年少ソードマスターとはいえ、私の三歳年上であるオスキャルは現在二十二歳。まだまだ若い彼だが、ソードマスターになるため過酷な訓練をこなし青春の全てを剣に捧げてきたのだ。ならば彼が魔女の秘薬に願うことも自ずとわかるというものだろう。
「ズバリ、恋人が欲しいのね?」
「ごふッ」
「その反応……正解と見たわ」
「なんの話をしてるんですか!?」
私に言い当てられて恥ずかしいのか、藍色の瞳を見開いたオスキャルが焦ったように声を上げる。そんな彼を宥めるように、私はポンと肩を叩いた。
ソードマスターなんて立っているだけで色んな令嬢から声をかけられるだろうが、彼のこの様子を見る限り女性には慣れていないとよくわかる。
(お兄様はいつも余裕な笑みを浮かべながら歯が浮きそうなセリフをいつも垂れ流しているもの)
それに比べ、私のからかいひとつで動揺してしまうなんて、まさに青春を訓練に捧げた代償なのだろう。そんな時間を取り戻すべく今から可愛い恋人と青春を謳歌したいのだ、間違いない。多分。
だがいくら魔女の秘薬を使ったとしても人間を生成するのは流石に禁忌だ。彼の主君としてそこは見逃せないので、私は折衷案を提示することにした。
「せめて生身の人間ではなく人形を頼むのよ」
「は? に、人形?」
「大丈夫よ、貴方が求める高性能なオプションを決める時は席を外してあげるわ。聞き耳は立てるけど」
「高性能なオプションって、俺にどんな人形を……というか、どんな用途の人形を買わせようとしているんですか!? というか席外しても内容は聞くのかよッ」
「安心しなさい。オスキャルがどれだけ胸やお尻のサイズにこだわりを持っていても私は貴方を嫌いになったりしないから。ちょっとしか」
「やっぱりそういう夜の用途なのか!? 嫌だ、聞きたくない! というか少しは嫌いになるのか……いや、嫌いになるということは現在好かれて……?」
混乱したかのようにブツブツと小さく何かを呟くオスキャルに苦笑してしまう。
現在進行形でからかわれていることに気付いていない彼のこういうところが、年上なのに可愛く見えるのだ。
「ま、なんでも願いを叶えられるとは言っても秘薬はあくまでも薬だもの。何かを作ったり、人形に命を宿したりはできないだろうからオスキャルの恋人作りは叶わないかもしれないわね」
「すみません、今俺の心が砕け散ったんですけど、秘薬で治療は可能ですか」
「大変ね。メンタルを強めて貰いましょう」
そんな話をしながら到着した魔女の家は、森の奥にあるというのにどこか都会的な洗練された建物だった。白い壁に飾り枠の可愛い窓。二階には大きなベランダがあり、机と椅子も置かれているようで、まさに貴族の邸宅といった風貌だ。柱にも模様が刻まれ、ところどころに透かしタイルが埋められた壁は見ているだけで美しい。
「木でできた小屋みたいなイメージだったのに、貴族の、特に若い令嬢が好みそうなデザインなのね」
「あら。偏見なんて良くないわよ?」
「「!」」
建物を眺めていた私たちの背後から突然声をかけられ、思わず肩をビクリと跳ねさせてしまう。オスキャルはというと、気付けば声のした方向から庇うように私の前に立っていた。手は帯剣している剣の柄に触れており、いつでも斬りかかれそうである。
緊張が私たちの間に走ったが、そんな空気をものともせずザッザッと足音を鳴らしながら現れたのは、ある意味この家が似合いそうな美しい、そしてどこか妖艶な女性だった。
「貴女が、魔女?」
てっきり絵本で見たような黒いローブのお婆さん姿なのかと思っていた私は、つい疑いの眼差しを向けてしまう。そんな私の視線に気付いたのだろう。
「それは総称。そうね、ローザと呼んでくれるかしら? 私の髪は薔薇のように赤いから」
くす、と笑みを溢しながらそう言ったローザが手をパチンと叩くと、一輪の薔薇がどこかから現れ、そしてパッと花開いた。
「嘘、手品みたいだわ!」
「手品だもの」
「手品なの!?」
驚く私の髪にそっとその薔薇を挿してくれた魔女・ローザは、その姿以上に妖艶な笑みを浮かべて私の頬をそっと指先でなぞるように撫でる。
「何もないところから花を出すなんて、手品に決まっているでしょう? 子猫ちゃん」
「こ、子猫ちゃん……!」
フッと笑う彼女に思わずごくりと唾を呑んだ。一瞬彼女の雰囲気に流されそうになるが、気にするべき点はそこではない。
(なるほど。花を出した方法は手品、ということね)
その含みのある言い方からして、花を〝開かせた〟部分は魔力で行ったということなのだろう。流石魔女と呼ばれる一族だ。教え方もオスキャルと違いスマートである。
「入って。貴女の悩みを聞いてあげるわ」
「えぇ。ありがとう」
そう言って家の中へと入るローザを追いかけて、胸を高鳴らせた私とどこかまだ警戒の表情を浮かべるオスキャルも家の中へと入ったのだった。