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第十二話 幽霊姫に届いた手紙

「ドレス! 絶対弁解してくださいよ!?」

 ジェスチャーではダメだと思ったのだろう。たまらずといった様子でオスキャルがそう小声で叫ぶが、小声で叫ぶだなんて器用だな、と思った私は彼のその言葉には頷かずダメ押しでもう一度にこりと微笑んだ。全身オスキャルカラーなんてことは知らん。今朝の自分の行いをオスキャルこそ顧みなさい。

 ……まぁ、オスキャル悪くないけども。


「王国の太陽にご挨拶いたします」

 呻き声を無視して中に入った私は、執務室の扉が閉まったのを確認してから頭を下げた。

「よいよい、かしこまる必要はないぞ、エヴァ」

「はい、お父様! おはようございます」

「おはよう。うん、オスキャルとは……その、仲良くやっているようで安心したよ」

「それほどでも」

 全身オスキャルカラーの私の姿に一瞬目を見開いた父だが、まだ僅かに漏れ聞こえるオスキャルの呻き声で大体の真相は察したらしく、苦笑はしたもののそれ以上突っ込んで聞かれはしなかった。チッ、つまらない。


 そのことを若干残念に思いつつも、父に促されるままソファへと腰掛けると、向かいのソファに父も座る。そして横に控えていた、私を呼びに来てくれた側近が私の前に一枚の封筒を置いた。


 王族への手紙はよほどのことが無い限り一度開封し、危険が無いかを確認する決まりがあるため、目の前に置かれたその封筒も開封済みではあった。が。

(見たことがない封蝋ね)

 大事な手紙には家門ごとに作られていたり、個人を特定できるような特別にデザインされた印章を使うことが多いが、この家紋の印章は見たことがなかった。

 これでも一応王族ではあるため、国内貴族の家紋は大体頭に入っているし、主要人物の個人の印章も全てとは言わないが覚えている。だが、いくら簡略化されたデザインになっているとはいえ、この手紙に押されているデザインには心当たりがなかったのだ。


 そのことを疑問に思いながらも中の手紙を確認する。その手紙は、なんと婚約の申込だった。


「しかもハッケルトって言ったら隣国、エトホーフトの公爵家じゃない!」

「おぉ、良く知っていて偉いなエヴァ」

「オスキャルがサボらせてくれな……じゃなくて、私も王家の一員ですから」

 思わず本音がポロリしかかったものの寸前で堪え、にこりと微笑む。相変わらず私に激甘な父はポロリしてしまった部分はスルーしてくれた。


「当然断る。当然断るつもりなのだが……一応エヴァの意見も聞いておかねばと思ってな」

「ありがとうございます、お父様」

 王族の結婚は政略的なものが多い。相手が国外の貴族であれば尚のこと、数々の打算や家門への利益を考慮されたものだろう。

 もちろん恋愛結婚が絶対にあり得ないとは言わない。今のこの平和な世の中では現実的ではないが、戦争での活躍に対する褒賞として騎士が王女を望んだ――なんていう物語はとてもロマンチックだと城下町の間で話題になっており、私もその本を読んだことがあった。


(でも、私、誰にも会ってないのよね)


 公務もサボらずしっかりこなしているふたりの姉のどちらかにこの申込が入ったのなら、どこかで見かけた姉に一目惚れして……なんて展開だってあり得ただろうが、私は忘れ去られた亡霊の『幽霊姫』なのだ。外で遊んでいる姿を万一見られていたのだとしても、その令嬢が王女だとは繋がらないだろう。


 それに、気になることがもうひとつ。

「この、『妖精姫』ってなんでしょうか?」

 手紙の文章の至る所に、幽霊姫ではなく〝妖精姫〟と書かれていたのである。

 不思議に思い何度も宛名と見比べてみるが、そこにはちゃんと私の名前が記載されており、しかし本文には幽霊姫ではなく妖精姫。ぶっちゃけ妖精なんて呼ばれたことなどない。

 けれど父は、怪訝な顔になっているだろう私に真顔で答えた。

「エヴァのことだろう。エヴァは私の可愛い妖精さんだからな」

 ――訂正。いたわ、私を妖精と呼ぶ人間。父。


「私も私が両親や兄、姉たちに似てとても、とーっても可愛いのは自覚しておりますが、この家門の紋章に心当たりがありません。体調を崩しがちでなかなか公務を行えない私です、それなのに一体どこで私を妖精だと判断したのでしょう? 噂で聞いたというのならば、妖精ではなく幽霊と書いていたはずだと思うのですが……」

 しゅん、と俯きながら精一杯全力で弱々しく振舞うと、すぐに父が心配して立ち上がろうとする。そんな父を大丈夫だと笑って制止した。この演技をやりすぎて医師を呼ばれたら面倒だからだ。


「あぁ。私も、どうして姉を抜いて末娘のエヴァに、と気になってね。だがお前の反応を見る限り心当たりはなさそうだから、これはこちらで断っておこう」

「お待ちください!」

 その隣国の公爵子息からの婚約申込書を回収しようとする父を慌てて遮る。そして回収されてしまわないように机の上に戻していた手紙をパッと掴み背中とソファの間に隠した。

「エヴァ?」

「私、一度どんな方なのか会ってみたく思います!」

「エ、エヴァ!?」

 私の発言を聞いた父が愕然とした表情になるが、それどころではない。

(だって気になるもの、どうして私が幽霊姫から妖精姫になったのか!)


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