「またですか、エヴァ様!」
今日も今日とて脱走を図った私を捕まえたのは、つい先日魔女の秘薬という惚れ薬の効果で自分自身に惚れてデレッデレになるという黒歴史を披露したばかりの護衛騎士、オスキャルだ。
「どうしてバレたの!? 私のメイドになりきる作戦は完璧だったのに!」
「いや、手ぶらで出てきてただ歩くだけのメイドとかおりませんし。あと服を替えただけでその王族特有の髪と目の色もそのままですし」
変装を見破られ、あっさりとそう言い切るオスキャルをうぐぐ、と睨む。確かに髪色を隠そうとしなかったのは私だが、こういうのは案外堂々としていた方が気付かれないという心理をついたものだったのに!
「く、これがソードマスターの力ってこと?」
「いや、誰でも気付きますって」
そんな会話をしていると、父の側近が私たちの方に真っすぐ歩いてくるのが見えた。そしてそのまま私の前に立つ。
「姫様、こちらにいらしたのですか。陛下がお呼びです」
「えっ」
「ね? 誰でも気付くって言ったでしょう」
そして当然のように『末姫、エーヴァファリン・リンディ』へと話しかけられて愕然とした。ドヤ顔を向けてくるオスキャルに悔しさを覚えながら、私はその側近へと向き直る。
「わかりました、すぐに伺うと伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
私の言葉を聞いた側近が軽く頭を下げて戻ってくるのを見送ってから、不意打ちを狙って思い切りオスキャルの足を踏みつけた。ところが。
「いぃったい!」
「あらあらエヴァ様。お気をつけください」
思い切り踏んだ彼の足が、まるで鋼鉄のように硬くて逆にダメージが私へと返ってきたのである。
「オーラを纏うなんて卑怯よ!」
「不意打ちで足を踏みつけるご自身を顧みましょう」
そう至極全うな注意を受けた私は、じぃん、と痛む足を抱えながら涙で視界を滲ませつつもう一度オスキャルを睨んだのだった。
父とはいえ一国の王だ。流石にメイド服で会いに行くわけにもいかないので着替えることにしたのだが、せめてもの意趣返しに、とオスキャルの瞳と同じ藍色で全身を染め上げた。ドレスもわざわざ夜会に着ていくような豪華なものを選んでやった。
深い藍色のドレスに、サファイアのアクセサリー。このままふたりで夜会に出れば、私とオスキャルが恋人同士なのだと勘違いする者が出そうなレベルである。
(まぁ、夜会なんて面倒なもの絶対出ないけど!)
そしてこの作戦は大成功だったらしく、扉の外で待っていたオスキャルは、現れた私を見てポカンと口を開けてしまった。完全に放心状態だ。
「ふふん、どうかしら?」
「え、あ、いや、その……」
「私、オスキャルの瞳の色気に入っているの。だから全身オスキャルの瞳の色にしたわよ」
「お、俺の、色……っ?」
私の説明にじわりと顔を赤らめオロオロとしだす彼を見てくすりと笑う。こうしていると彼もただの二十二歳の青年なのだと実感させられた。何故か少し嬉しそうにも見えるオスキャルにわりと満足した私だったが、もちろん仕返しはこれで終わりではない。最後までキッチリと彼を地獄へ落とすべく、ポンッとオスキャルの肩に手を乗せる。
「じゃあ行きましょうか。父の元へ」
「あ、はい、行きましょう。陛下の……ちょ、ちょっと待ってくださいエヴァ様!? これはまずい、誤解される!」
「あら、大丈夫よ。ちゃーんと、『オスキャルは関係ないわ。でも私が彼の瞳の色を纏いたかったの』って説明してあげるから」
「やめてください、殺される!」
「そんな物騒なことにはならないわよ。……多分」
「一番信用ならない言葉が付け加えられたぁッ」
赤らめていた顔を一気に青ざめさせたオスキャルに吹き出しそうになりながら、父の執務室目指して歩く始めると、ソードマスターのくせに足をもつれさせながらオスキャルが追いかけてくる。
ほらみろ、ざまぁ成功だ。
「失礼いたします。エーヴァファリン、参りました」
父の執務室の扉の前に立っていた侍従にノックをして貰い、名乗りをあげる。侍従が私とオスキャルを高速で三度も見比べたので、この意趣返しが大成功だったと改めて実感しつつ、「あ、これ私にもダメージ入るやつ?」と明日以降に流れるだろう噂に気が付いた。
(けどまぁ、私、幽霊姫だもんね)
あまりいい意味のあだ名ではない、というか悪意満載のあだ名であるが、幽霊姫だからこそ今回の噂が流れたところで忘れられた亡霊が誰と恋仲であろうともみんな気にはしないだろう。もしろ何か言われるのはオスキャルの方だろうし、そう考えればこのあだ名も案外悪くないのかもしれない。
「入れ」
「はい」
そんなことを漠然と考えていると、中から声がしたので返事をしてから執務室の中へと足を踏み入れた。中には父の護衛が待機しているだろうし、側近もいるだろう。もちろん窓の外や城内も騎士たちが巡回し警備にあたってくれているので、残念ながらいくら私の専属護衛だとしてもオスキャルが付き添えるのはここまでだった。
行ってくる、という思いを込めてオスキャルの方を振り返ると、真剣な表情で私を見つめる彼と目が合った。私を案じていることが表情だけで伝わり、くすりと笑った私がしっかりと頷く。すると今度が慌てたように顔を左右に振ったので、もう一度大丈夫だという意味を込めてコクリと頷いた。