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第十話 さぁ、帰りましょう

「解毒薬、必要ならもうワンセット採りに行ってもいいわよ?」

「いいえ、遠慮しておくわ。私が飲んだのは試作品でとっくに効果は切れているもの」

「え! 効果が切れてるの!?」

「私は『飲んだ』と言っただけで『本物』じゃないとは言ってないわよ?」

「あぁ……。なるほど、本物だったのね」


 含みを持たせたようなローザの言葉に苦笑する。つまり彼女は本物のナルシストだった、ということだろう。

 思えば集めた材料だって十六種類。そして解毒薬作りに使用されたのはその中の二種類だけだ。


(そういえば図解書を渡されて、材料だって言われたけど、全て解毒薬の材料だ、とは言われてなかったわ)


 あんなに苦労して採った染まりキノコも、結局解毒薬の材料としては出番なし。どうやら私は最初から最後まで彼女の手のひらで転がされていたのだ。流石、お伽噺の魔女様である。


「じゃあ魔女の秘薬の効果が絶対、っていうのも眉唾物ってことかぁ」


 決して口に出すつもりはなかったのだが、ついポロッと言ってしまった私が慌てて口を押さえる。チラッとローザの様子を窺うが、私のその失言を聞き流してくれたらしくただにこりと微笑まれただけだった。


「じゃあ、そろそろ私たちは帰るわ。お邪魔したわね」

「えぇ。面白いものを見せてくれてありがとう。またいつでも来てちょうだいな」


 玄関前まで見送りに来てくれたローザに手を振ってオスキャルと一緒に魔女の家を後にする。


「いい感じに疲労が溜まったわ。今ならどこででも寝れてしまいそうよ」

「俺はエヴァ様を送り届けるまでが仕事なんです。一秒でも早く王城に帰りますよ」

「相変わらず酷い言い様ね? でもまぁ、オスキャルは心のダメージで疲労困憊だろうから、今日は見逃してあげましょう」

「あぁあ! 今俺のダメージは倍増しましたけどぉッ!」


 私の顔をジロッと睨んだオスキャル。そんな彼の目をジッと見つめると、段々恥ずかしくなってきたのか暫く耐えていたオスキャルがフイッと思い切り顔を逸らした。


(オスキャルはこうでなくちゃね)


 また私の瞳に映った自分に見惚れて顔を近付けられたら堪らない。目が合っているのに彼が見ているのが私じゃないというのは、思った以上に私を虚しい気持ちにさせたのだ。


「……あら、なんでそんなこと思うのかしら」

「エヴァ様?」

「あ、いいえ。なんでもないわ」


 小さく呟き立ち止まった私を不思議そうにオスキャルが振り返る。そんな彼になんでもない、と首を振った私はすぐにまた歩き出した。


 ◇◇◇


「その感情が独占欲だって、子猫ちゃんは最後まで気付かなかったわね」


 薔薇のような赤い髪をバサリと右手で大きく払い、砕けてしまったゴーレムへ手をかざし魔力を流す。ガラガラと小石のようになっていたゴーレムは、魔力が流れた部位から形を取り戻しあっという間に元の巨大な泥人形へと変化した。


「黒歴史、なんて嘆いていたけれど、彼は気付いているのかしら。元のアナタがいいと危険を顧みず自ら材料集めに出るだなんて、特別だって言っているようなものなのに」


 そう言って今度は紅で彩った唇を三日月型にし、再び自動で動き始めたゴーレムに背を向ける。白い壁や飾り枠の窓、柱にも模様が描かれているまるで貴族の邸宅のようなその家の玄関へと向かった彼女は、フッとどこか可笑しそうに鼻で笑った。


「ほら。言ったでしょう? 魔女の秘薬は『絶対』だって」

 ――そんな言葉を残して。


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