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第九話 これが求めた解毒薬

「こっち! こっちよ!」


 声を張り上げながら手を叩きゴーレムへアピールする。そのつぶらすぎる目では私を本当に認識したかはわからなかったが、私の声を聞いたあとのゴーレムの一歩が明らかに私の方へと向いたのを確認し、私は再び方向転換してゴーレムから遠ざかった。


「オスキャル! 今よーっ!」


 ゴーレムの注意を私へと向ければオスキャルが空中で攻撃を加えられることはない。それに私は。


「あぁッ、もう!」


 苛立ったようなオスキャルの声を聞きながら、思わず口角が上がる。

 私は、オスキャルが花を摘んだあとで絶対私を助けてくれると信じているのだ。


 ドシン、ドシンとまっすぐ向かってくるゴーレムの足音がどんどん近付く。さっき簡単にゴーレムを撒いたのは、あくまでもオスキャルの能力があったからだったのだろう。


(動きが遅いとはいえ、流石に私よりは早いのね)


 想像以上に真後ろに迫る気配に焦りはしたが、怖くはなかった。


「これ壊して後で怒られたらエヴァ様が謝るんですよ!」

「あははっ、王族はそんなに簡単に頭は下げちゃダメって知らないの!?」

「悪いことをしたなら謝って、くだ、さぁいッ!」


 叫びながら背後ではザシュッという音と、そのすぐ後にガラガラと岩がその場で崩れ落ちるような音がした。その音を合図に足を止めて後ろを振り返ると、ストッと余裕そうに地面へ軽々着地したオスキャルがそこにいる。


「ゴーレムって泥で出来てるんでしょ? もうちょっと水っぽいのかと思ったんだけど」

「第一声がそれですか? あと、一応答えておくと泥団子だって固めて磨けば鉱物のようになるんですよ」

「何それ、作ったことないわ! 今度一緒に作りましょう」

「絶対嫌だぁぁッ!」


 嘆きながら天を仰いだオスキャルは、カチン、と小さな音をたてて剣を鞘へ納めた。そんな彼の右手には、私が望んだ、花弁が七色の花がキレイな状態で握られていたのだった。


「おかえりなさい」


 材料を全て持ち帰ると、ローザが玄関で出迎えてくれた。何故私たちの帰宅がわかったのかと首を傾げたが、ゴーレムへ流していた魔力が消えたことで察したらしい。勝手に守護者であるゴーレムを壊したことを怒られるかと思ったが、「壊れたらまた作ればいいから」とあっさり許され少し拍子抜けしたのは秘密である。


「どれくらいで解毒薬って出来るの?」


 そう聞きながら借りていた図解書と革袋を、集めた材料ごとローザに手渡すとニッと愉しげにローザが微笑む。そのまま私の質問には返事せず、受け取った材料の中から私が水中から採ったぶよぶよとした果実と、ゴーレムの頭上からオスキャルが手に入れてくれた七色の花弁の花をすり鉢へ放り込んだ。そしてそのふたつの材料を擦り潰してしまう。水分が多そうなぶよぶよとした果実のお陰か、行程やその黒ずんだ色合いはともかく一応は生搾りジュースのようなものが出来上がった。その出来上がった液体を、すり鉢ごとオスキャルの前へと差し出す。


「はい、解毒薬」

「「えっ」」


 一瞬で完成したその解毒薬を見て思わず私とオスキャルが顔を見合わせる。


(これを飲むの? って顔してるわね)


「えーっと、無理して飲まなくても、いいわよ?」

「いや、ここまで来たらまぁ飲みますけど」


 うっ、と一瞬眉をひそめたオスキャルだったが、そのまま勢いよく一気に呷る。ごくごくと喉が上下するのを眺めていると、飲み干したオスキャルがウッと呻いた。足元がふらつき、自身の喉を抑えて何かに耐えるように両目を瞑る。


「ローザ! 鏡を!」

「はいはい、どうぞ」


 ローザから手鏡を受け取った私が目を瞑ったままのオスキャルの眼前に鏡を向ける。そしてゆっくりとその藍色の瞳が開かれたかと思ったら、鏡の中の自分の顔を見たオスキャルがツツー、と涙を流した。


「くっ」

「ッ、し、失恋したの……?」

「黒歴史だぁぁぁ!!」


 ガタン、と大きな音を立ててオスキャルが床に倒れ込む。まるで土下座するような格好でうずくまったオスキャルを見て、私はまたもや笑いが込み上げてきた。


「ふ、ふふっ」

「最低です、ここで笑うのは最低です……いや、最初から貴女は最低な反応だった」

「ご、ごめんなさいね? でもその、違うのよ、嘆いてる貴方が面白いだなんて少ししか思ってないわ」

「少しは思ってるじゃないですかッ」

「あはははっ、本当にそんなことを思ってないってば!」


 グズグズとうずくまったまま抗議するオスキャルに溢れるまま笑いを零す。

(でも、本当に違うのよ)

 だって私は。


「オスキャルが元に戻ってくれたことが、嬉しいから笑っているんだもの」

「あらまぁ。子猫ちゃんはやっぱりいつもの彼が好きなのね」

「!」


 溢れる笑みのままそう告げると、私たちを傍観していたローザがふぅん、と紅い唇に指をあてながらそんなことを言う。


「まぁ、そうね。あの自分大好きなオスキャルも、なんだかんだでオスキャルなんだと思ったけど、やっぱりこっちのオスキャルの方が落ち着くのは確かだわ」

「なんだかんだでオスキャル、ね……。ま、〝本物〟に薬は勝てないって証明かしら」

「ちょ、魔女殿!」


 さっきまで地面にうずくまり嘆いていたオスキャルがギシッと固まった。そして慌てたように声を上げる。その様子に思わず首を傾げると、くすりと笑ったローザが私の横にスッと立った。


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