足はそんなに速くないらしく、ゴーレムの姿がみるみるうちに小さくなる。そして完全に撒いたところでやっと地面へと下ろされた。
「どういうつもりですか?」
はぁ、と少し呆れ顔でため息を吐いたオスキャルにそう聞かれ、私は革袋から図解書を取り出した。
「やっぱりそうだわ」
「何がです?」
「最後の材料。この頭上って、ゴーレムの頭上みたい」
生息範囲が不明で、でもこの森で採れる最後の材料。それはどうやら移動するゴーレムの頭上に咲く花だったらしい。
「まぁ、ゴーレムって魔力を帯びた土の塊ですし、あり得なくはないですね」
私の話を聞いたオスキャルも頷いて同意してくれる。ゴーレムの頭上にしか咲かないのか、魔力を栄養源にして成長する花で、だからゴーレムの頭上に咲いたのかはわからないが、探し回ってやっと見つけた最後の材料だ。泥人形なのだからゴーレム自体は再び作れるのだろうが、花は他に咲いているのかも、どれくらいの期間で咲くのかもわからない以上万一にも傷つけるわけにはいかなかった。
「なんとかしてあの花、摘めないかしら?」
「危険です」
即答するオスキャルの表情は、最後の材料を手に入れて解毒薬を作りたくないというようなものではなく、純粋に私を心配するものだった。そして純粋に私を心配してくれるからこそ、その彼の中を占めているのが彼自身だという事実に胸が苦しくなる。
(だってオスキャルには、オスキャルが本当に愛した人と幸せになって欲しい。私の、分も)
いくら幽霊姫とはいえ、私はこのリンディ国の王女なのだ。いつか政略結婚をするだろう。その未来は変わらない。
この国の誰かとするのかもしれないし、どこか別の国へと嫁ぐかもしれない。それがいつかもわからないが、その時が来ればその相手を愛し従わなくてはならないのだ。好きな人と結ばれるようなことは起こらない。
だからだろうか。この状況を作り出したのは自分だというのに、ずっと彼を振り回しているのは自分だとわかっているのに、それでも彼には『薬で作られた想いじゃなく本当に愛する人』を見つけて欲しかった。
(さっきは解毒薬作り、やめてもいいだなんて言ったくせにね)
自分の気持ちが不確かで、矛盾した考えばかりが浮かんで消える。
こんな私に選ばれてしまった彼を幸せにしてくれる相手を見つけ、幸せな家庭を作って欲しいと思う。だがオスキャルがオスキャルを好きなら、他の人が入り込む隙はない。例え私が彼の前から消えたとしても――
「?」
一瞬過った言葉は形になる前に消えた。それがどうしてなのかはわからなかったけれど。
「……うん。やっぱり私は解毒薬、欲しいわ。最後の材料を見つけたのなら諦めたくない」
わからない疑問に全て蓋をした私は、そう答えを出した。その答えが正解かはわからないが、それでも矛盾する思考の中の、一番上にある感情だったからだ。これがエゴでも、もういいや。
「わかりました。でも、真正面からじゃ厳しいですね」
私のその言葉を静かに聞いたオスキャルがあっさりと頷いてくれる。そのことに安堵しつつ、私は再び口を開いた。
「ゴーレムの頭上の花を摘むのは、身体能力的に私では出来ないわ。だからオスキャルが摘んで」
「わかりました」
「でも、ひとりでタイミングを狙うのは難しいでしょ。だから私が囮になるわ」
「却下です」
「今のも頷く流れでしょ!?」
「ここで頷くやつ、護衛騎士クビですよ!」
またもぎゃいぎゃいと言い合いをしていると、遠くでゴーレムの足音が聞こえはじめる。どうやらやっと追いついてきたらしい。
「俺がなんとかするので、エヴァ様は安全なところで隠れていてください」
「絶対嫌! ひとりじゃ厳しいって言ってるじゃない!」
「それでも貴女が危ない目に合う可能性は確実に消しておきたいんですよッ」
オスキャルが叫ぶように告げた言葉にぽかんとする。この言葉は護衛騎士としてもので、職務を全うしたいからだ。騎士としてのプライドだってあるだろう。それでも、私の心をくすぐるには十分な言葉だった。
(オスキャルの心の一番上は今、オスキャルなのに)
それでも彼は、私を優先してくれようとしているのだ。そんな彼を、私は誰より信じてる。
「わかった。じゃあ、私はゴーレムからなるべく遠ざかるから、貴方はここで待ち伏せして花をお願い」
「はい」
「どんな方法でもいいわ。オスキャルなら絶対花を無事摘んでくれるって信じているから」
「わかりました」
そう言って頷き合った私たち。私がその場から走り出したのを見て、ゴーレムの頭上という高さを狙うためにオスキャルが木の上へと飛び上がった。オーラを纏って身体強化をしたのだろう、染まりキノコを得るために頑張って私が一歩ずつ登った高さをたった一飛びで超えたオスキャルが、ゴーレムの足音がする方へと体を向けた。
ゴーレムは気配を察知して動いているようだった。騒ぎの音に反応し現れたので、それは間違いないだろう。
(だからきっと、木からゴーレムへ飛び移る瞬間の音に反応してくるはずよ)
どんなに優れた人間でも空中で攻撃をされたら避けることはできない。いくら身体強化をしていても、あの大きさのゴーレムの攻撃をまともに食らえば無傷とはいかないだろう。だから。
「ごめんね、オスキャル」
私はそう小さく呟いて、ぐるりと方向転換をし、今度はゴーレムの方へまっすぐ走り出した。