最後の材料の生息範囲、頭上。
頭上ってなんだ。明確にどこどこの上、みたいに書いてくれていないと、生息図にも記されていないのに探しようがない。幸か不幸かこの森自体はそこまで広くないのでしらみつぶしに探すことは出来るが、とにかく時間がかかるだろう。
なんとか探す範囲をもう少し絞れないものかと頭を悩ます。見落としがないかを端まで確認するが、これといった収穫がない。
「本当にそうなんです、俺は、俺こそが俺を一番好きで」
「だーっ、もうわかったってば! 考えてるんだから同じことをゴチャゴチャ言わないでくれるかしら!?」
図解書とにらめっこする私の背後で相変わらずごちゃごちゃと恋を拗らせているオスキャル。流石にそろそろ苛立ちを覚えた私が文句を言いながらオスキャルの方へと視線を向ける。てっきりうっとりとしながら自身への愛を語っているのかと思ったのに、何故かオスキャルの表情が想像よりずっと暗くて驚いた。
「ちょ、ちょっと!? オスキャルどうしたのよ、泣きそうじゃない!」
「は? 俺が、ですか?」
不思議そうにそう口にするが、表情は翳り顔色も悪い。辛いという感情を滲ませているオスキャルに、私は慌てて図解書を片付け駆け寄った。
「大丈夫なの!?」
色を失った彼の頬に手を伸ばすが、触れる寸前で顔を逸らされ避けられてしまう。
(あ、そうよね。好きな人がいるのに他の女になんか触られたくはないわよね)
そう納得したものの、どうしてか私の胸の奥がモヤッとした。
オスキャルへと伸ばした手を下げながら、この状況を考える。てっきり自分の愛が薬に作られたものではなく真実なのだと証明すべく解毒薬を求めているのかと思ったが、この表情を見るに違いそうだ。とすれば、解毒薬の材料集めを手伝ってくれているのは私が彼の主君だからで、本当は解毒薬なんて作りたくないのだろう。
彼が誰に恋をしていたとしても関係なく、私は彼の主君なのだ。主君である私がそれを望んでいれば、彼は騎士としてそれに従わなくてはならない。自分の想いなんて関係なく、だ。
(そんなに嫌なのかしら)
そりゃそうだ。恋している相手と離れ離れになるかもしれない、その恋した想いが消えてしまうかもしれない。そんな薬を自らの手で準備しようとしているのだ、辛くないはずはない。
これは魔女の秘薬の効果で、解毒薬を飲み元に戻った方がいい――なんて私の考えは、本当に正解なのだろうか。それこそ私のエゴなのではないかという不安が過る。だって彼は、今こんなにも苦しそうなのだ。
「……やめても、いいのよ」
「は?」
「オスキャルがどうしてもって言うなら、解毒薬の材料集めはやめてもいいわ。いつか貴方が飲みたいときに改めて作ってもいいんだし」
ローザがここにいる限り、入手しようと思えば解毒薬はいつでも手に入るだろう。オスキャルの気持ちを薬で作り出したのだと考えれば酷いことだが、ローザが言っていたように悪いことばかりではない。自分を何より好きだということは、自分の命を大事にすることにも繋がり、生存率も上がるからだ。
「私は私の都合で解毒薬を欲しいと思ったの。でもそれはオスキャルの気持ちを踏みにじってまでではないわ」
「ッ、ですが!」
「だから無理しなくてもいいって言ってるの」
――ドシン
「無理とかじゃなくて、俺は、俺が言いたいのは」
「大好きな自分を忘れる必要なんてないもの、貴方の一番は貴方であるのはいいことだし」
「全然いいことじゃないですよ! 俺は、俺が本当に優先したいのはっ、命がけで守りたいのはっ」
――ドシン、ドシン……
「いいえ、オスキャルは仕事だからって私のために命まで投げ出す必要はない。貴方は貴方を最優先して」
――ドシン、ドシン、ドシン
「って、何!? うるさい……わ、ね?」
ぎゃいぎゃいと騒いでいたからだろうか。遠くから何かの音がしていることは気付いていたし、どんどん聞こえる間隔が狭まっていることにも気付いていた。けれどオスキャルとの話に夢中になっていたせいで後回しにしていた私は、流石に無視出来ない近さになってから音の方を見上げ、呆然としながら口を間抜けにもポカンと開ける。
見上げた視線の先には、水に濡れた石のように濃いグレーの巨大な塊がそこにいたのだ。上部には指で開けたような小さな穴が開いており、おそらくそれが目なのだろう。
「ゴーレム!?」
「お下がりください!」
「待って!」
ローザの魔力で作られた守護の泥人形。ここまで全く遭遇しなかったのは、私たちを盗人と認識しなかったのだと安心していたが、たまたま遭遇していなかっただけらしい。私を庇うように前に出たオスキャルが剣を抜く。ゴーレムへ向かい走ろうとする彼を、私は反射的に制止した。
「っ、くそ」
私の制止を聞き動きを止めたオスキャルは、ゴーレムの攻撃を避けるように後ろへ二歩飛び下がり私を片手で抱える。
「ひゃっ」
「我慢してください、安全な場所まで下がりますよ!」
そして流石ソードマスターだと実感するような速度でその場から離れた。