ズザザッと地面を滑る音がし、地面に叩きつけられる衝撃ではなく何かにきつく包まれる衝撃が私を襲う。痛みはなかったが苦しいくらい全身が締め付けられ、驚き目を開いた私の視界に飛び込んで来たのは他でもないオスキャルだった。
「オスキャル……?」
「何やってんですか!? 俺が間に合わなかったらどうするんですか!」
どうやら地面に激突する寸前で私を抱き留めてくれたらしい。息苦しく感じるくらい私の体が締め付けられていたのは、オスキャルが私の体を力いっぱい抱き締めていたからだった。そこには惚れ薬でおかしくなってしまった彼ではなく、私の怪我を案じ、最優先で助けてくれる護衛騎士の姿。その姿に、薬の効果なんて関係なく彼は彼なのだとそう気付かされる。
「怪我はありませんね?」
「えぇ。よかったわ、染まりキノコは無事よ」
「はぁ? キノコより自分の無事を喜んでください」
キノコに触れた感覚すらも幻覚だったらどうしようかと思ったが、どうやら無事にキノコを入手出来ていたようだ。そのことに喜んでいるとムスッとした顔を向けられる。
あぁ、いつものオスキャルだ。主君に対して平然とそんな顔を向ける彼が、変に取り繕い上辺だけニコニコと近付く人たちとは違って心地いい。
普段と何も変わらないそんな彼を見て嬉しくなった私の目を、ジッとオスキャルが見つめる。
「ッ、?」
徐々に顔が近付き、ドキリと心臓が跳ねる。いつもと同じはずの彼の様子がいつもとは違い、戸惑った私の背中にじわりと汗が滲んだ、その時だった。
「――あぁ、エヴァ様の瞳に映る俺、格好いい……」
「……」
「身体能力が高い俺も格好良かった。主君のピンチに駆けつける俺、ヒーローすぎてこの胸の高鳴りが押さえられない! ドキドキしすぎて体が熱い!」
「私の心は冷える一方よ」
どうやら私の瞳に映った自分の姿にうっとりと見惚れていたらしい。その事実に気付きげんなりした私は、抱き締めている彼の腕の中からサッと立ち上がり、腰に付けていた革袋に染まりキノコを片付ける。どうしてだろう。てっきり私を見つめていると勘違いしたからだろうか? なんだか虚しいような腹立たしいような感情でお腹の奥が熱い。
チラッとオスキャルの方に視線を戻すと、そんな私とは対照にまだ私の瞳に映った自分の姿が恋しいのか未練がましく私の瞳をジッと見つめていた。
そんな彼に脱力し、つい笑ってしまう。早く彼を元に戻してあげなくては、元へ戻った時に彼が羞恥心で死んでしまうかもしれない。
(材料集めに出た時はあんなに不安だったのに)
ひとりで出掛けることが不安なのかと思っていたが、どうやら〝オスキャル〟がいないことが不安だったらしい。
「ほら。次の材料を採りに行くわよ!」
フンッと鼻を鳴らしてそう告げると、渋々立ち上がったオスキャルが私の斜め前に立つ。どんな襲撃にも対応できるようにという護衛特有の配置だとはわかっていたが、私はそんな彼の隣に無理やり並んで歩き出したのだった。
オスキャルが合流してくれたお陰で材料集めは順調だ。ローザに渡された図解書に載っているもののうち、十五個が既に集まっている。
岩の中や土の中といった私では採るのが難しい場所にある材料はオスキャルが平然と剣を使い採ってくれたし、浅い湖の中心にあるという果物のような材料は、残念ながら水面に映る自分の顔にうっとりとして進めないオスキャルを尻目にジャブジャブと私が採りに行ったりもした。
「ゴーレムのお陰で害をなす相手がいないってのも捗っている理由ね」
自分がゴーレムにとって盗人側かはまだ遭遇していないのでわからないが、私以外に採取している人も、そして私に害をなそうとしている人も入ってこれないというのはありがたい。材料集めに集中できたお陰で、いつの間にか残りはあとひとつだけになっていたのだが、その最後のひとつが見つからなかった。
「図解の通りなら可愛い花、なんだけど……」
花弁が七色のグラデーションになっているその花は、花自体が僅かな魔力を持っているらしく暗闇で発光するとも書かれている。いっそ暗くなるまで待てば見つけやすくなるかもしれないが、流石にそんな時間まで外に出歩いているのはまずかった。
「場所はどこにあるって書いてあるんですか?」
「うーん、それが、これだけは明確に書かれてないのよねぇ」
私の持つ図解書をオスキャルが覗き込む。自分の姿が目に入らない状態の彼はいつも通りの彼だ。
(惚れ薬の効果が消えないと聞いた時はどうしようかと思ったけれど)
こうやっていると何も気にならない。
「そうね。もういっそ解けなくてもいいかもしれないわね」
「諦めないで貰えますか!?」
「仕方ないでしょ! こんだけ探しても見つからないんだもの。というかいいの? 薬が完成したら失恋よ」
私の主張にオスキャルが唖然とする。自分に恋しているのに自分の想いと決別するような解毒薬を彼が欲しがっているというのは少し意外だった。
「失恋って……。俺は真実の愛を見つけたんです、この想いは解毒薬を飲んでも変わりません」
「あぁ。自信があるからこその証明ってやつなのね」
堂々と言い切るオスキャルを適当に流し、再び図解書に視線を落とす。
「信じてませんね!? 俺はこんなに俺だけが好きなんですよ!」
「ハイハイ。それよりこの生息範囲、やっぱりおかしいわよね。透かしキノコみたいに色んな場所にあるなら生息図が全体的に塗りつぶされてるはずなのに、これはどこも塗られてないのよ。でもローザはこの森に全部あるって言っていたし」
「それより俺です、俺は誰よりも俺のことを愛してて……」
「図解書にも、生息範囲こそ書いてないものの頭上、というよくわからない書き方はされてるのよね」
「エヴァ様ぁ」
どことなく情けない声を出すオスキャルを無視し、私は見つからない最後のひとつを求めてひたすら首を傾げたのだった。