「ゴーレムがいるって言っていたわね」
魔女の秘薬を狙った盗人というのは常にいるらしく、そういった人たちから自身と薬草を守るために、ローザ自身の魔力から作り上げたゴーレムを放しているのだという。
単純な指示を組み込めるらしく、純粋なお客には反応せずあくまでも悪意を持った相手や、材料を盗もうとしている相手にだけ攻撃をしかける仕組みらしい。
(この場合の私はゴーレムにとって盗人になるのかしら)
材料を狙っているのは間違いないが、ローザから指示でもある。決して盗人ではないと言い切れるものの、それをゴーレムがどう認識するかは話が別だった。
「もし私に魔力があれば、ローザみたいに自身の護衛を作れたのかしら」
ゴーレムとゴーレムが戦う姿が見たいわけではないが、そういった自衛の手段があるのは悪くない。そう考えると、魔力を持たないことが少々残念に思えるが、その代わり私にはオスキャルがいるから。だからこそ彼を取り戻すために、今私がここに来たのだ。
念のためゴーレムと遭遇しないよう周りを注視しながら森の中を進む。
ローザが渡してくれた図解書には細かく採れる場所の説明もあったので迷ったりはせずに済みそうだったが、言い知れぬ不安が私の中に巣食っていた。ひとりで出掛けることが不安なのだろうか? 脱走を試みた時はあんなにひとりで出掛けたかったのに。
けれど、いつもオスキャルが見つけてくれていた。オスキャルが私の護衛騎士になってから、私はひとりで外に出たことがないから今ひとりでいることを不安に感じているのだろう。
魔女の家から一番近く、かつ至るところにあるという最初の材料、染まりキノコ。染まりキノコの染まりとは、そのままの意味で色が染まる──の、ではなく幻覚作用があるらしい。心を染める、という方の意味なのだろう。
「幻覚作用があるのに解毒薬の材料だなんて、本当によくわからないわ」
だが毒から薬が作られるという話も聞いたことがあるし、他でもないローザが言っているのだから間違ってはいないのだろうが。
そして今問題なのはその染まりキノコの使い方ではない。採り方だ。
真っ白で手のひらサイズの染まりキノコだが、なんと木の上の方にあるのだ。正確にはキノコではなく木に寄生している動物らしいのだが、詳しいことは図解書を見てもよくわからない。わかるのは、木を登って採らなくてはいけないということである。
「過酷なところにあるのね……」
思わずため息を吐いてしまう。ひとつめの材料から早々に断念したくなるが、それでもオスキャルのためなのだから仕方ない。
(それに、あの時私が飲もうとさえしていなければ、オスキャルも飲まなかったはずだもの)
フンス、と気合いを入れた私がとりあえず木の幹に足をかける。幸いだったのが、木の上の方にあるとはいえ幹に近いところにキノコが生っていることだった。つまりあそこまで登りさえすれば採れる。
こちとら最年少ソードマスターを相手取り何度も脱走を試みた女なのだ、木登りをしたことはないとはいえお転婆と体力には少々自信がある。懸念点としてはオスキャル相手に一度も脱走が成功しなかった点だが、相手が相手なのでこの場合は誤差だろう。
そんなことを考えながら一歩、また一歩と登り進め、現実逃避のお陰か無事に染まりキノコまで到達した――はず、だった。
指先には確かにキノコに触れた感覚があったが、うっかり落ちないように木の幹にちゃんとしがみついていたはずの腕が、どうしてか離れ宙を抱いていた。意味が分からない。
「まさか、幻覚作用?」
ポツリとそんな言葉が私の口から零れる。このキノコは一般的なキノコとは違い木に寄生している動物だ、自身の意思を持って相手に幻覚をかけることが可能なのかもしれない。
ぐらりと視界が反転する。あぁ、落ちる。頭から真っ逆さまに転落する自分をどこか他人事のように感じた。
(落ちる時にスローモーションになるって本当だったのね)
痛いかしら。私、どこまで登っていた? 流石にこの高さじゃ死なないわよね? それとも見えている高さも幻覚で見せられているものだったりする?
ギュッと両目を瞑り、来るであろう衝撃に備える。
「エヴァ様!」
けれど、そんな私に聞こえて来たのは私の名前を叫ぶ声だった。