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第三話 魔女の秘薬は『絶対』

 外観と同じく部屋の中もシンプルながらに洗練された作りとなっており、外壁と同じく白い内壁のところどころに埋められた透かしタイルが美しい。また、室内には光を反射しキラキラと輝くそのタイルの他にも、至る所に鏡が埋められていて少し特徴的な作りをしていた。


「早速だけど、教えて欲しいの。魔女の秘薬がなんでも願いを叶えてくれるっていうのは本当かしら」

「ふふ。どうかしら、お望みならば試してみてはどう?」

「えっ」


 そんな言葉と共にコトリと置かれた小さな小瓶に目が奪われる。瓶の色が濃いので中の液体の色はわからないが、この中の液体こそが魔女の秘薬なのだろう。

 出し惜しみされるかと思っていただけに、こんなにあっさりと目の前に置かれ私は愕然とした。


「でも勘違いしないでね。願いが叶うかは貴女の使い方次第。それにすべての願いを叶えるものではないの」


 すぐそばで説明してくれているローザの声が遠く感じる。


(これが魔女の秘薬……!)


 好奇心で痛いくらいに心臓が跳ねる。この秘薬を飲めばどんな願いも叶うのだ。

 どんなとはどんな? 私が今飲んだらどうなるの? 何が起こるの?

 全てが気になって仕方ない。そんな気持ちが働いたのか、まるでその小瓶に吸い寄せられるように自然と手が瓶へと伸びる。


「だって私の作る魔女の秘薬は、恋の魔法。つまり――」

「エヴァ様、いけません!」

「あっ」

「くそ、わけがわからないものを貴女に飲ませるくらいならっ」


 知りたい気持ちが溢れた私の手が小瓶に触れるその直前、一瞬早くオスキャルが小瓶を奪う。そして何かを決意したようにギュッと両目を瞑り、一気に小瓶の中身を呷った。


「……あら」

「ぐぅっ」


 飲んだ瞬間、ビクリと体を大きく揺らしたオスキャルが喉を押さえふらりとする。

 カランカランと音を立てて床に空の小瓶が転がった。


「オスキャル!」

「大丈夫、です、エヴァ……様……」


 そんな私を片手で制した彼は、何かに耐えるようにじっとし、そしておもむろに壁に埋められている鏡へと近づいた。薬を飲んだ影響が見た目に出ていないか確認しようと思ったのだろう。

 それが間違いだとも知らずに。


「――!」


 鏡で自身の姿を見たオスキャルは、一瞬完全にフリーズしたかと思ったら、一歩、また一歩と鏡へと近づく。段々と速度を上げながら一心不乱に鏡へ向かう彼の姿はどこか取りつかれたかのような異様さを漂わせた。そして鏡に触れたオスキャルは、何故かそのまま鏡の埋まった壁へと頬擦りし始め、私を呆然とさせる。


「オ、ス……キャル?」

「あぁ、あぁ、会いたかった、なんて素晴らしいんだ」

「あらあら、まぁまぁ。面白いことになったわね」

「ど、どういうこと? オスキャルに何が起こったの!?」


 うっとりと鏡を見つめ続けるオスキャルに戦々恐々としながらローザへと詰め寄ると、相変わらずクスクスと笑みを溢しながら私の方へと視線を向けた。


「説明は最後まで聞きなさい。私の秘薬は『恋の秘薬』よ。恋愛の願いなら何でも叶える奇跡の薬。どれだけ望みのない相手だったとしても、この薬を使えば誰もが貴女に夢中になる――」

「夢中に、なる?」

「――そう。つまりは、惚れ薬ね」

「惚れ薬!?」


 ローザの説明を聞き愕然としながら視線を再びオスキャルへと向ける。相変わらず彼がうっとりと鏡に擦り寄っていた。


「ま、まさか今のオスキャルは……」

「えぇ。惚れてしまったの。鏡に映った自分自身に!」

「あぁ、この濃い茶髪が光を反射し淡く透ける様はまるで麗しいティータイムの紅茶のようだ……っ」

「あはっ、ふ、くふっ、お、オスキャル、あ、貴方最高に面白いわ、魔女の秘薬で叶えたかった願いを叶えてくれてありがとう……!?」


 この平和でかつ異常な光景に笑いが込み上げてしまう。もちろんこれが何かしら命の危機に瀕するようなものならば笑ってなどいられないが、魔女の秘薬が惚れ薬ならば、しかも惚れた相手が自分自身ならば何も危険はないだろう。彼が社会的に死ぬ可能性は否定できないが、ここには一か所に長く定住しないというお伽噺のような存在の魔女と、誰しもに忘れられた亡霊、幽霊姫である私しかいないのだからそれも問題にはならないはずだ。


「た、大変だッ」

「こ、今度はどうしたの、オスキャル?」


 くふ、くふふと溢れる笑いを必死に耐えながら、何かにハッとしたオスキャルに問う。だが彼は私の声など聞こえていないかのようにスルーし、今の今まで擦り寄っていた鏡から、別の鏡が埋められた壁へと駆け出した。


「こっちには流し目が美しい俺が映っている! あぁ、その藍色の瞳が俺を惹きつけてやまない、なんなんだこの胸の高鳴りは……!?」

「あーっ、もうだめ、あは、あははははっ、こんな、こんなことって、あははっ、ヒーッヒッヒッ」

「子猫ちゃんは笑い方が少々下品ね。レディならもっと美しく笑わないと、ンフフッ、私みたいに……!」

「ローザだって結局笑ってるじゃない、面白がっているならお互い様よ」


 若干笑いすぎて呼吸困難に陥りかけた私を嗜めるローザに反論する。だが互いに顔は笑っており、自身の顔にうっとりする男と、ひとしきり笑う女ふたりという最低な空間が出来上がってしまった。これは兄たちが見たら完全に説教コースだ。惚れ薬の効果が切れたら、素直にオスキャルへ謝って、一緒に甘いケーキを食べに行こう。


(きっと羞恥心と笑った私への怒りでムスッとしながら食べることになるだろうけど)


 それでもなんだかんだで彼は付き合ってくれる。全部エヴァ様の奢りですよ、なんて言いながら容赦なく沢山のケーキを注文する彼が目に浮かび、私からは別の笑いも込み上げた。護衛騎士の機嫌を取る主人というデコボコな構図がどこか歪で私たちらしい。そうやって過ごす時間もきっと格別に楽しい君との日常だから。


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