「またですか、エヴァ様!」
今日も今日とて、脱走を図った私を捕まえたのは濃い茶色の髪に藍色の瞳を持った護衛騎士のオスキャルだ。
「いいじゃない、ちょっとくらい! 今日の勉強は終わらせたもの」
「だったら明日の予習でもなんでもしてください。俺の仕事はエヴァ様の護衛であって、エヴァ様の捜索隊ではないいんですよ!?」
ガルルルと怒りを露にする子犬のように吠えられ思わず肩をすくめてしまう。
確かに彼の言っていることは間違いない。オスキャルはあくまでも私を守る護衛騎士なのであって、そんな彼を撒くという行為は彼の仕事を増やしていると言っても過言ではないだろう。だが、仕方ない。だって。
「気になっちゃったのよ」
そう、気になっちゃったのだから。
「……う。何が、ですか」
王族特有の紫の瞳を数秒間かっぴらいて乾かし、涙を強制的に滲ませた私は、人為的に潤んだ瞳でオスキャルを見上げる。少し小首を傾げるのもポイントだ。この角度がオスキャルに効く。
「お伽噺の世界だと思っていた、魔女が! なんと今このリンディ国にいるのよ!」
この世界には魔力という力がある。平民にはほぼなく、貴族ならば半々。そして王族なら必ず持っている力。
(末姫の私を除いて、ね)
だが、例え魔力を持っていたとしても全員が使いこなせるというわけではない。
魔力を使うには過酷な訓練を乗り越え、それでもなお使いこなせるようになるのは極一部なのだ。
そんな魔力だが、悠々と使いこなせる一族がいる。それが魔女の一族だった。
魔力を使いこなす魔女という存在は、その強さゆえ一か所に長居しないという。人生で巡り合えれば奇跡とすら言われ、まさにお伽噺の中の存在。そんな一族のひとりが現在我が国に滞在中だと、偶然侍女たちの噂話で聞いてしまったのである。
「しかもわりと王都から近いところに住んでいたのよ!? そんなの、会いに行くしかないじゃない!」
「西の魔女様ですね。というか結構前から住まれてますよ。エヴァ様が知らないのは公務をサボったからでしょう」
「う、うぐぐ……」
しれっと痛いところを突いてくるオスキャルを精一杯睨むが効果なし。逆に呆れ顔を向けられるが、そんな顔に怯んでいる場合ではない。巡り合えれば奇跡とすら言われる魔女だ、なんとしても会ってみたいが、もちろん目的はそれだけではない。
「オスキャルだって気になるでしょう? 魔女の秘薬」
「あー、願いを叶える奇跡の薬、ですか」
魔女だけが生成できるという特別な薬、その名を〝魔女の秘薬〟という。そのままの名前ではあるが、効果が絶対だと言われれば実際に試してみたくなるに決まっているだろう。
だが興味津々な私に対し、オスキャルは渋い顔でこちらを見たままだ。なんとかして彼を説得しなくては、私は私のこの好奇心を満たせない。
(仕方ないわね)
ふぅ、と小さく息を吐いた私はさっきとは反対にスッと睫毛を伏せる。
「……もしかしたら、私にも魔力が宿るかも、しれないじゃない……」
「ッ!」
しゅん、とした顔を作り俯きながらそう告げると、オスキャルが息を呑んだ。これはあともう一息だとそう確信した私は、ダメ押しでオスキャルの袖をあざとく引く。
「魔力を自在に操れる魔女の薬なら、それも夢ではないと思うの。お願い、オスキャル」
心の中で『きゅるん』という効果音を奏でながらじっと見つめると、うぅん、と唸りながら上下左右をせわしなく順番に見たオスキャルが大きなため息を吐いた。
「――わかりました。その代わり、絶対俺から離れないでくださいよ」
「シャァッ!」
「エヴァ様?」
「あっ。えぇっと、ふふ、絶対オスキャルから離れないわ! ずっと一緒よ」
「くっ、かわ……じゃなくて、はい。ず、ずっと一緒です」
(本当は自分の魔力なんかに興味はないんだけど)
正直、途中で失ったならともかく私の場合は生まれた時から魔力を持たなかったのだ。魔力があるありがたみを実感したことがない分、今更欲しいとも思わない。
確かに魔力があれば、全身に纏って寒さや暑さを軽減したりとかなんか色々出来るらしいけれど、物語の中のように空を飛べたり火の玉を出したりできるわけでもないし、そもそも訓練しなくては使えないのだ。
それに使いこなせていない人間が魔力を纏っても中途半端で、暑すぎる部位があれば逆に冷えすぎている部位もあり結局は防寒具に頼ることになるという。
オスキャルのように私が騎士ならば話は変わっただろうが、私自身が今から魔力を手に入れたいかと聞かれれば、正直否だった。
(でも魔女の秘薬は別よ!)
巡り会えるのが奇跡という魔女しか作れない希少性、しかもなんでも願いが叶うなんて効果まであるならば絶対欲しい。絶対飲んでみたい。もし無事に手に入れることができたら、オスキャルには悪いが絶対に『魔力が欲しい』なんてつまらない願いはしないだろう。できればもっと、笑い転げるようなそんな願いを叶えたい。そのことを心の中で謝罪しながら、私は彼の手をぎゅっと握った。
「……はぁ。結局いつもこうなるんだよなぁ」
「行くわよ! 魔女の森!」
諦めたような声を漏らすオスキャルに堂々と宣言すると、口ではそんなことを言ったオスキャルだが、眉尻を下げて笑ってくれる。なんだかんだで優しい彼に、私も口角が緩んだのだった。