「ナディス、一緒にランチをどうだ?」
「ミハエル様、そのような者誘わずとも……!」
うわ、面倒。
ナディスの顔面にはでかでかとそう書かれているが、どうやらこの二人はそれを読み取ることはできないようだ。何が悲しくて会いたくもない、何なら同じ場所の空気も吸いたくないほどに嫌いすぎてどうでもいいような、相手をする価値すらない馬鹿どもに時間を割かないといけないというのだろうか。
神様、わたくし何かやらかしたのでしょうか。
ここまで心の中で呟いたところで、離れた屋敷にいるはずのツテヴウェの爆笑する声が聞こえてきた。
<あっはっはっはっはっは!!!! 何かしたからお前死んだんだっつの!!>
「(ツテヴウェ、家に帰ったら耳の毛引っこ抜いてやろうかしら)」
<やめて!?>
笑い声が止まったものの、ナディスは本日のランチが乗せられているプレートを持ったまま、微動だにできないでいた。
早く同じクラスの友人たちとランチをしたいのに、この二人組がひたすらに絡んでくるから先に進めない。友人たちは離れた席に座って、心配そうにこちらを見つめている。
「……あの、お二方」
「何だ!?」
声をかけた途端にミハエルはパッと顔を輝かせて、ばっとナディスの方を向いてくる。
お前がそういうことをするから、お前の婚約者の機嫌が急降下しておりますが、と言ってやりたいことを必死に堪えて、無表情のままで淡々と言葉を紡いだ。
「大変失礼かと存じますが」
「ナディスが言うことだ、失礼なんかなわけないだろう!」
ああ、この馬鹿みたいな台詞に騙されたんだ。ナディスはとても冷静にそう思って、またゆっくりと口を開いた。
「わたくしが所属しておりますSクラスは、昼休みのタイミングが他のクラスとは異なっております」
「……うん?」
「なので、殿下やロベリア様と共に食事をとることは遠慮いたします」
「な、なんで」
「今言いました通りですが」
「じ、時間が少ないにしても、少しだけでも共に……!」
「何故でしょうか」
「何故、って」
あまりに淡々としているナディスを見て、ロベリアもさすがに戸惑っているらしい。
この国の王太子たるミハエルと一緒に食事をとりたくない、とはっきり宣言できる令嬢など、きっとナディス以外にはいないだろうとも言えるのだが、ここまではっきりと宣言されるとは思っていなかったのだ。
「交流が持てんではないか!」
「どうしてそんな必要がございます?」
「……へ?」
ああ、まだミハエルがナディスと婚約解消したとは知らされていないのか。
はたまた、婚約解消したと知らされつつも、単純にナディスのことを諦めていないのか。
「わたくしと殿下の婚約は、先日解消されております故、これ以上の交流など不要ではございませんこと? それに、わたくしはクラスメイトとランチを楽しみたいので、失礼いたしますわね」
「え、あ、ちょ、ナディス!?」
それでは、とさっさとナディスはクラスメイトのところに歩いて行ってしまう。
え、あ、と情けない声を出しているミハエルは完全無視もいいところ。ナディスにとっては新しくできたクラスメイトや、仲良くしてくれている友人たちとのお喋りの方が、よっぽど楽しいのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「すごいわね」
「何が?」
「殿下よ、殿下」
「あぁ……」
前回とは異なり、ナディスは自分が信用できると思っている相手と会話をしたり、交流しようと決めた。
前回は、ヴェルヴェディア公爵家に利益のある家門の令嬢との付き合いを優先していたが、結果的に最悪な未来しか待っていなかった。
<ナディス>
<何?>
<ロベリアがそっち行ってるぜ>
「……」
さて、どうしてくれようか、とナディスが少しだけ考えて、おもちゃを見つけた子供のように笑って、ツテヴウェにお願いをする。
<ツテヴウェ、自動防御魔法をお願いできる?>
<カウンターは?>
<勿論、付与してちょうだい>
ナディスにだけしか分からない程度に魔力反応がふわ、と感じられた。
ちょうど次の瞬間、かつこつ、という靴音とともに誰かが近づいてきている気配がして、そちらを見れば何かを振りかぶったロベリアと視線が合う。きゃあ、という悲鳴が聞こえた途端、ナディスにかけられた防御魔法が反応した。
「え――?」
驚いたのはナディスではなく、ロベリア。
「あら……ロベリア様、わたくしに何か御用でして?」
ぽた、ぽた、とロベリアの顔から、髪から、しずくが垂れている。
本来であれば、それはナディスにかけられていたであろう水だったが、ツテヴウェの防御魔法によってナディス自身はけろりとしている。
「ナディス嬢、大丈夫!?」
「ええ、わたくしは平気よ。それよりも……ねぇ」
その言葉で、Sクラスの女子生徒の視線が、ロベリアにばっと向けられた。
そこにいるのは、国内でも高位貴族の令嬢たち。きっと、ロベリアが自分で支持を獲得しなければいけない家の令嬢たちなのだが、今何があったのか、何をどうしたらこうなったのかは分からないけれど、間違いなくこれだけははっきりしている。
ナディスは、何一つ悪くない。
むしろ、ロベリアがナディスに何かをしようと試みた結果、反動を食らって今の状態になっていることが明白になっているだけなのだから。
「ロベリア様、何をなさっておりましたの……?」
不信感を露わにした一人の女子生徒の問いかけに、ロベリアははっと我に返るけれど、手に持っている空のグラスと、ロベリアの顔を濡らしている雫を見れば、問いかけなくても良いのだが。
クス、とナディスが笑ってからゆっくりと立ち上がる。
「ロベリア様、わたくしに何か文句でもおありでしょうか?」
「……っ!」
「けれど、わたくしはロベリア様に何一つ不満はございません。あえて申し上げるのであれば……そうですわね……。必要な時以外、関わらないでいただけませんでしょうか」
あまりにその通りの台詞に、クスクスとあちこちから笑い声が聞こえてくる。
自分が一体何をしているのか、ここでようやくロベリアが理解したのか、慌ててやってきたミハエルに腕を掴まれて無理やり引き離されてしまったのだが、ナディスをはじめとしたSクラスの面々は愉快そうに笑ってそれを見送った。
「……ナディス様、苦労しますわね」
「本当よ。わたくし、お父さまにお願いして新しい婚約のお話を取り付けようとしているところなのに、あんな人たちに構っている暇はないのですから」
「まぁ、一体どちらのお家かしら!」
「うふふ、内緒ですわ」
微笑ましい光景なのだが、話している内容はそこそこに政治的な内容も含まれているではないか。
何せ、ナディスはあのヴェルヴェディア公爵家の令嬢。
本来であれば、一番王太子妃に相応しいとされているのだが、現状ナディスがそれを望んでいない上に、ヴェルヴェディア公爵家は既に動き始めているのだから。
「ナディス様、もし良きご縁に巡り合えた時は是非ともお知らせくださいませね!」
「勿論」
にこ、と微笑んだナディスを中心に、Sクラスの面々は穏やかに笑いながら談笑する。
残念ながら、その場所に座っているのは高位貴族や、選ばれたごく一部の生徒たちだけ。群がりたい他の生徒は、悲しきかな昼休みが終了してしまったことで、渋々ながら各々のクラスに戻っていく、という選択肢しか取れなかった。
もっと、あの人たちの会話を聞いていたい、そう思いながら一般棟のクラスの生徒たちは午後の授業を受けて、どうにかしてSクラスにいるナディスに接触をはかろうと思ってみても、既に正門ではなく裏門に馬車を呼びつけていた面々はとっくに帰宅していたということを、翌日知ることになってしまったのだった。