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第27話 恋心は届かない


 セントヘレナ学園の入学式、当日。


 貴族たちが主に通う学園ということもあって、あちこちで煌びやかなドレス姿が(ただし全て親)披露されている。

 家の格を見せつけたいのか何なのか、我が子が舐められないようにするためなのか、鼻息荒く歩いている母親や見栄大会を開催している父親などがいる一方で、一体何のための式なのか、とため息を吐いている高位貴族も少なからずいた。

 なお、お互いをけん制し合っているのは主に下位貴族ばかりなため、高位貴族は見ていられないと言わんばかりに、高位貴族は高位貴族でのグループを作ってしまっている。


「全く……馬鹿馬鹿しい争いだこと」

「お母さま、そんなこと言ってはいけませんわ」


 Sクラスの生徒しか着用を許されない、特別な色の制服を身にまとったナディスと、ヴェルヴェディア公爵夫人ターシャは、悠々と歩いている。


「お母さま、お父さまは?」

「お仕事だから来れない、って泣きわめいてうるさいから執務室の椅子に縛り付けてきたわ」


<むごいもんだぜ>


 聞こえてきたツテヴウェの、ガイアスを心底心配する声音にナディスは思わず吹き出しそうになってしまったが、そこは必死に堪えておいた。


「お母さま、姿を撮影できる魔道具で撮影してさしあげてくれる?」

「撮影係を連れてきたから大丈夫よ」

「準備がよろしいのね、お母さま」


 あらまぁ、と何となく感心しているナディスと、どや顔のターシャという不思議な光景に、周囲の貴族はどよめいている。

 しかし、あのヴェルヴェディア公爵家の夫人と令嬢が揃っているならば、挨拶しないという選択肢はない、と色めき立った下位貴族は我先にと挨拶に行こうとしたが、ヴェルヴェディア公爵家と交流のある侯爵家やら伯爵家がしれっと談笑しているから、挨拶に行けないというもどかしさをかんじるだけになってしまった。


「くそ……!」

「ヴェルヴェディア公爵令嬢は王太子妃候補にもなったのだろう!?」

「どうにかして繋がりを……!」


 下位貴族の情報は、どうやら少し遅いようだ。

 既に王太子妃候補になって、少しの間ロベリアと競争して、結果としてナディスが『もういい』とさじを投げた、とでも言うべきなのだろうか。

 王太子妃候補は、また、ロベリア一人になっているのだから。


「情報があれだけ遅いと、我が家と付き合ったところで……ねぇ」

「ええ、本当に」


 ころころと笑うターシャはご機嫌そのものであるが、ヴェルヴェディア家二人を憤怒の形相で睨んできているクレベリン侯爵夫妻とロベリアをちらりと視界の端に捕えたターシャとナーサディアは、分かっていてスルーすることを貫き通すと決めた。

 あんな小物、相手にしてやる必要なんかない。

 だから、さっさと入学式の会場である講堂に向かわねば、とナディスとターシャがまた揃って歩き出した矢先のことだった。


「ナディス!」

「……げ」

「ナディス、言葉遣い」

「ごめんなさい、お母さま」


 ついうっかり、と真顔で呟いたナディスだったが、ロベリアを差し置いてでも一番会いたくない人に出会ったことで心底嫌そうな声が出てしまう。


「良かった、ナディス!」

「……あの、殿下……」


 頬が引きつりそうになりながらも、ナディスは微笑みを浮かべてどうにか笑顔を浮かべる。

 というか、どうしてこの馬鹿は自分のことを名前で呼んでいるのか、意味が分からない、とナディスは内心頭を抱えた。


「ナディス、Sクラスへの編入おめでとう!」

「いや、編入といいますか……」

「俺もすぐに追いつくから、待っていてくれるか? そんなに時間はかからないと思うんだ!」


 以前のナディスならば、『勿論ですわミハエル様! ミハエル様が同じクラスに来てくださるだなんて、わたくし、心から嬉しく思います!!』と感激しながら言っていたかもしれない。

 ところが、今のナディスは悲しいことにミハエルへの感情は欠片もない。

 むしろ大嫌い、というか生きていても死んでいても、特に差支えがないから関わらないようにしていたし、早々に王太子妃候補からもおりた。それなのにどうしてこの馬鹿はナディスのことを追いかけてきているのだろうか、とナディスがミハエルから距離を取ろうとした瞬間、すい、とターシャが二人の間に割って入る。


「殿下」

「……あ、ヴェルヴェディア公爵夫人!」

「我が娘は、もう王太子妃候補ではございません。故に、名前で呼ばないでいただけないでしょうか」

「……え、ええと」

「ナディスの将来と、あなた様の道が交わることなど、決してありえない、ということをご理解くださいませね」

「そ、そんな言い方!」

「事実です」


<おーいナディス、王家から手紙来てるってよー>

<今学校なんだから見れるわけないでしょう!? このお馬鹿悪魔!>

<いやだってさー>


 母とミハエルの間に壮絶な火花がバチバチと散っているのが見える気がする……と思いながら、ナディスは遠慮なく母の後ろに隠れる。

 関わりたくないレベルでいけば、ミハエルに関してはロベリアを圧倒的に上回ってしまう。

 ミハエルはナディスと会話したいらしいが、ナディスはミハエルのこの行動そのものが気持ち悪いと感じているため、出来るだけ会話したくないし近寄りたくもないと思っている。


<ツテヴウェ!>

<へいへい>

<遠ざけなさい!>

<……物理的に?>

<……分かっていて聞いているなら、あなたのおなかの毛、むしりますわよ>

<へーい>


 めんどくさ、とツテヴウェがこっそり呟くのが聞こえていたため、ナディスは追加で『帰ったら尻尾掴んでひっぱりますからね!』と、心の会話で怒鳴りつける。

 うげ! という悲鳴ののちに、ミハエルの体がぐん、と持ち上がったかと思えば、素晴らしいコントロールでロベリアの元へと飛んで行った。


「…………何」


 とどめと言わんばかりにミハエルをもっと怒鳴りつけようとしたターシャだが、いきなり吹っ飛んで行ったミハエルを、見送ることしかできなかった上に、飛んで行った先で『きゃあ、ミハエル様!』ととんでもなく喜んでいるロベリアがいる。

 別にこれはこれでOKでは……? と考えるヴェルヴェディア家母娘は、互いに顔を見合わせて、うん、と頷き合ってからすぐにさっさと親しい貴族母娘と連れ立って、講堂へと歩いて行った。

 吹っ飛ばされたミハエルは、よくわからないままにロベリアの父にキャッチされ、心配されていたものの結局ナディスと会話をほぼすることが出来ずに落ち込んでいたのだが、クレベリン家だけはやたらと喜んでいたのは言うまでもない。


「(何だ……今の……)」


 クレベリン侯爵に抱きかかえられたまま、吹っ飛ばされたミハエルはおかしな感覚になってしまっていた。

 明らかに、通常の魔力反応とは異なったものが感じられたが、それが何なのかは分からないまま、吹っ飛ばされてしまったのだ。


「……す、すまない侯爵。あのままだったら俺は地面に叩きつけられていた……」

「いえ、殿下を守ることが出来て光栄の極みにございます」


 にこにこと上機嫌な様子で、ロベリアの父はそっとミハエルを地面におろした。

 慌ててミハエルがナディスを探したけれど、時すでに遅し、な状態だった。ナディスもターシャも、さっさと歩いて講堂に向かってしまっている。


「……あ!」


 後を追いかけてすぐにでも走っていきたかったミハエルだったが、ロベリアにぎゅっと手を握られてしまい、思うがまま歩いていくことはできなかったのだ。


「ろ、ロベリア……手、を」

「ミハエル様……、お嫌ですか……?」


 目をうるうるさせながら、わざとか弱そうに問いかければ、ミハエルは『嫌だ』なんて言えないのはわかっている。

 結果論ということになるが、ナディスがやり直しを行った前に、この二人は互いに惹かれ合っていた。であれば、出会うのが早ければ、必然的にべったりとしてしまうということがあるのでは……と、ここまでナディスやツテヴウェが考えた、とは言いにくいが、実際に二人はしっかりと両想いなのだから、別に何も問題だろう。


 だが、周囲の人にはそう見えていない。


『ミハエルが何故かロベリアではなく、王太子妃候補ではないナディスを追いかけた』という情報が、一気に駆け巡ってしまったことについて、当の本人たちはまだ知らないのだった。

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