入学式前日、合格者に対して届けられたクラス分けの紙。
大体は掲示されているものを自分で確認して、各々のクラスに行けばいいのだが、何せ貴族の通う学園が故に、生徒数が半端なく多い。だから、当日の混雑緩和のために先にこうしてクラス分けが書かれたものが送られてくる。
「まあ、そうよね」
ナディスは今回もSクラス。
そして、他の面々はどうだったんだろう、とふと気になったので日向で堂々と昼寝をしているツテヴウェの腹部を、わし、と問答無用で掴んだ。
<なに!>
「起きて頂戴ツテヴウェ」
<起きた! 起きました!>
「普通に話してくれて大丈夫なのだけれど」
ナディスのとてつもなく冷静な言葉に、はっと我に返るツテヴウェ。
猫の姿とはいえ、いきなり腹部を鷲掴みにされて、飛び起きない人がいるとはあまり思えない。ツテヴウェは悪魔なので、それに該当するのかどうかは定かではないのだが。
<何だよいきなり>
「ねぇ、わたくし以外のクラスってどうなっていて?」
<へ?>
「ロベリア嬢とミハエル殿下」
<あー、気になる?>
「絡まれたくないんだもの」
よっこいせ、という人間くさすぎる掛け声をあげてからツテヴウェは起き上がり、前足を器用に持ち上げてからぱっと空中に映像を投影してみせた。
「あら、便利ね」
<こっち、ロベリアな>
「……まぁ」
音声までは聞こえてこないが、何やら激しく八つ当たりをしているらしきロベリアの姿と。それを受け止めつつオロオロしている乳母らしき人の姿が見えている。
「……ええと……」
ロベリアが投げ捨てた用紙を、目を凝らして見てみれば『Bクラス』の文字がある。
「馬鹿ね」
フン、とナディスはロベリアのことを鼻で笑う。
確か前回もクラスそのものは覚えていないけれど、ロベリアの姿をSクラスで見たことはない。つまり勉強不足でSクラスに今回も入れなかったということだ。
「ツテヴウェ、殿下は?」
<こっちこっち>
またもや器用に前足でミハエルが映し出されている方をナディスに教え、ナディスはそちらを見てみる。
なお、こちらについては最初からSではないらしい。
「前回はわたくしと一緒に勉強していたからでしょうね。殿下は今回Aクラス……と」
<へー>
「学園に入学してから、殿下はクラス落ちしたけれど」
<ミハエルってやつ、馬鹿なんじゃねぇのか?>
「だからロベリアと仲良しこよししてたんでしょうね。馬鹿馬鹿しい」
はぁ、とため息を吐いたロベリアはお知らせの用紙をもって、るんるんと両親のところへと向かったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「何で!?」
クラス分けの結果を見て、ロベリアは開口一番怒鳴り声をあげた。
あれだけ勉強を頑張ったのに、結果がBクラスだなんて、と落胆するが結果がすべてだ。
「一生懸命、勉強したのに……!」
悔しくて、涙がぼろぼろと零れてくる、
こんなはずではなかったのだ。
とても優秀な王太子妃だ、と褒めてほしくて、必死に勉強を頑張って、前日に説いた過去問の手ごたえとしてはAクラスは確実だったと思っていたのに。
「よりによって、ナディス嬢はSクラスだなんて……!」
自分と同じ量の王太子妃教育を受けているにも関わらず、飄々とSクラスに入ってしまうだなんて、一体どれだけ勉強したというのだろうか。
ナディスに聞いてみたいが、そんなことよりも両親になんと報告をすればいいのだろうか、とロベリアは顔色が悪くなる。ただでさえ、最近は王家からヴェルヴェディア公爵家に対してロベリアの他にも王太子妃候補が欲しい、と打診をしたと聞いているから父がぴりぴりしているというのに、また機嫌が悪くなってしまう……と、ぐっと拳を握る。
「お嬢様、どんな結果であれお嬢様は頑張ったではありませんか!」
「頑張っても結果が伴わなかったら意味がないの!」
「で、ですが……」
「お父様に言われているの! 今度はナディスになんか負けるな、って!」
「勝負事ではございませんよ!?」
「うるさいなぁ!!」
乳母が心配してくれているのは理解しているけれど、その心配が今は果てしなく鬱陶しい。
何もかもがロベリアの精神を逆なでし、ナディスに勝てていないという事実だけを残酷に突き付けてくるのだから、本当にたちが悪い。
「……っ、もう……何なのよ……!」
うまくいかない。
王太子妃候補に選ばれたときは、本当に嬉しくて……そして憧れていた王子様と結ばれるんだ、と天にも昇る気持ちだったのを今でも鮮明に覚えている。
それなのに、ロベリアが抱いた特別な感情をナディスはあっさりと打ち砕きに来てしまったとしか思えないような行動ばかりしてくる。
わざとなのか、そうではないのかは一旦置いておくにしても、ロベリアの感情を踏みにじるだなんて、決してあってはならないのだ、とロベリアは自身に言い聞かせた。
「入学式で、一言言わないと気が済まないわ……」
「またそのような……」
「だって、本当に腹が立つんだもの! 何なのよもう!」
ロベリアは苛立った気持ちのまま、勢いに任せて父へとクラスの報告に向かった。
当たり前だが、『王太子候補たるもの、どうしてこんな下のクラスなのか恥を知れ!』と叱られたのは、言うまでもなかった、
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「へぇ……ナディス嬢がSクラスなのか!」
「殿下、喜んでいる場合ではございません」
ナディスのクラスを聞いて、うきうきとした様子でそう言ったミハエルを、従者がたしなめる。
「どうしてだ、将来の王太子妃が優秀だということではないのか?」
「……」
ああそうか、と従者はため息を吐いた。
まだ国王夫妻は知らないらしい、既にミハエルの妃候補としてナディスが外されかけていることを。
「殿下は……」
「俺はAクラスだ」
「歴代の王太子は、皆Sクラスなのですよ?」
「それが何だ、在学中にクラス上げの試験に合格すればSクラスになるではないか」
何を言っているんだ、という顔をしているミハエルだが、その試験が結構な難易度であることを彼はまだ知らないらしい。
どうして知っているのか、という話ではあるが、ミハエルのクラスを先に知った国王ウッディが『あの馬鹿が……! 王太子の勉強を全て捨てて必死に試験対策をしないとクラス上げには受からんぞ……!』と頭を抱えていたのだ。
それを知っている理由をよくよく聞いてみれば、ウッディ自身がやらかしてしまったことがあるから、だそうだ。
「……何はともあれ、殿下はこれから学園の勉強をしつつ、王太子の実務もこなしていくようになります。なお、王太子教育はまだ終わっておりませんので、そちらもしかと行っていただく必要がございます」
「…………は?」
何を言っているんだ、とでも言わんばかりのミハエルの顔を見て、従者は『ああやはり理解していなかった』と頭を抱えた。
これで王太子妃候補がナディスであれば、ミハエルの足りないものを諸々補ってくれていたかもしれないのだが、そのナディスはもう王太子妃に興味はないです、と言わんばかりにミハエルから手紙を貰ったとしても返事を送ってきていない。
ミハエルは、『きっとナディスが忙しいんだ』と言っているが、確かにナディスは忙しいだろう。
既に公爵家当主の勉強をしているとも聞くのだが、それ以前に王太子妃候補を下りる、という話が出たときにナディスからこう告げられた、と従者はこっそりと教えられた。
「王子様、っていうからもっともっと頭の良い人だと思っていたのに、大したことないんじゃない。わたくし、お父さまに劣る人なんかと結婚なんて死んでもごめんです!」
これを聞いた国王夫妻、宰相、各大臣は愕然としたが、ナディスの言うことは紛れもない事実でしかないから、反論もできるわけがなかった。
そうとは知らないミハエルは、学園でナディスに再び出会えることを楽しみにしているし、ナディスに対してどんな贈り物をしようかと考えている。頭の中はまるで恋する乙女だな、と従者は内心で毒吐きつつこっそりとため息を吐いた。