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第21話 王太子妃、再び

「いらっしゃい、ヴェルヴェディア公爵令嬢!」


 大げさともいえるほどの歓迎を受け、ナディスやターシャは、王家主催のお茶会にやってきた。

 この日のナディスは、メイドにお願いして髪を緩く巻いてもらい、ハーフアップにしているところに控えめながらも質の良い宝飾品のような髪飾りを付けている。

 しかし、そんなナディスを不満そうに見つめている令嬢たちがいた。

 現在の王太子妃候補たちである。


「(まぁ……)」


 そして、ナディスの視界に入ってきた見慣れた顔。


「(あら、そう。お前が今、ここにいるの……)」


 ロベリアが、ミハエルの隣に堂々と座っているではないか。

 つまり、今回はナディスが最初に断ったことによって、ロベリアが候補に繰り上がった、ということ。前回はそもそもナディスが『王太子妃になりたい!』と駄々をこねたこと、それに加えて、ナディスがとっても優秀だったことによって別に他の王太子妃候補は不要である、と周囲が判断したことによって、他に上がっていたはずの候補が候補でなくなったのだ。


「(……ふーん)」


 ナディスは心底楽しそうに笑うが、あくまで表面的には薄ら微笑みを浮かべているだけという器用な芸当を披露している。

 そして、ナディスはそっとツテヴウェに声をかけた。


<ツテヴウェ>

<へーへー>

<面白いやつがいたわ。何かあったら守ってね>

<あいよ>


 ツテヴウェに一応了承を得てから、ナディスは座っている王太子妃候補たちに、丁寧にカーテシーをしてみせた。


「初めまして、ヴェルヴェディア公爵家長女、ナディスと申します」

「……」

「おい、お前たち。返事ができぬのか? 出来ないなら、何でここにいるんだ」


 挨拶をしない、という最大の悪手を行ってしまったせいで、彼女らはミハエルから思いきり睨まれている。

 ロベリアをはじめ、他の二人も気まずそうにしているのだが、ロベリアは必死にミハエルへと反論をしたのだ。


「わたくしたちがいるのに、どうして殿下は他の令嬢を!」

「わたくしが呼びましたが、何か問題でもあるのかしら」


 ひやりとした空気がそこに充満し、はっとしたように王妃の方を見た王太子妃候補たちは真っ青になった。

 王家からの要請でやってきた、ということはどういうことなのかを今理解したとしても、時すでに遅し、というやつではある。だが、ナディスがにっこりと微笑んでこう告げたことで場の空気は一変する。


「王妃殿下、そんなにお怒りにならなくともよろしいかと存じます。それと……」

「ま、まぁ、なぁに?」

「……わたくし、ヴェルヴェディア公爵家当主とならなければなりませんので、王太子妃候補の任は……とても難しいかもしれませんので、辞退いたしたく、ここに来ましたの」

「……は?」


 王妃の顔がみるみるうちに真っ赤になっていくが、ナディスもターシャも優雅に微笑んでいるだけ。

 そもそも、ここに来たことについて、王太子妃候補を断るためというのが最大の理由。しかし、王妃はこんなことでくじけるような人物ではない。

 王家、という後ろ盾をフル活用することで公爵家をミハエルの後ろ盾にする、と決めているキャロライン。


「……ナディス嬢、夫人、どういうこと?」

「王妃殿下、申し上げた通りです。ナディスは我が公爵家の正当なる跡取り。さすがに王太子妃候補になさるのは……当家にとっての大損害ですもの」

「あら、それでは公爵家当主の勉強と王太子妃の勉強を両立させてはいかが?」

「は……?」


 思いもよらない王妃の言葉に、さすがにナディスもターシャも目を丸くした。


「まぁまぁ……自信がないの? ナディス嬢はとぉっても優秀だと聞いていたわ。……であれば、王太子妃候補のお勉強と公爵家跡取りのお勉強を両立なんか、できてしまうのではないかしら、と思ったのだけれど……できないの?」

「……そういうわけではございませんが……」


 ナディスは思う。

 別にそれくらい、簡単ですけど、と。

 それを望むならば、別にこなしてみせても良い。しかし、それをやったことによって、果たして他の王太子妃候補のプライド……いいや、王太子妃候補となった『家』の面目は見事にぐちゃぐちゃに踏み荒らされてしまうことになるのだが、王妃はそれでも良いのだと、公式の場で言ってしまっているようなものだ。


「……お母さま」

「ナディス、なぁに?」

「では、やってみますわ」

「そう? 無理をしてはダメよ?」


 これに驚いたのは、他の王太子妃候補たちや王妃、ミハエルなのである。

 王太子妃としての勉強は既に終えているし、頭にも入っていることに加えて勉強内容もしっかり覚えている。別に今更王太子妃候補としての勉強をしたところで何になるというのか。


「ちょっと待ちなさいよ! だって……」

「何でしょうか」


 ナディスの発言を聞いた候補たちは、信じられないといった顔を向けている。


「王太子妃候補の勉強がそんなに簡単なわけないでしょう!?」

「ええ、ですから試してみましょうか、と申しております」

「ふざけるんじゃないわよ! あなた、どういうつもり!? こちらを馬鹿にするのもいい加減にしていただきたいわ!!」


 一人の候補がそう叫んで勢いよく立ち上がり、カップを鷲掴みにしたかと思えば、ナディスに対して紅茶を思いきり振りかぶってかけたのだ。


 しかし。


「(無駄よ)」


 ふ、とナディスが微笑むと、熱い紅茶がナディスにかかる前にぴたりと動きを止めて、その方向を反転させた。


「え……」


 行動に移した王太子妃候補が信じられない、という顔をしたのだが、もう遅かった。

 結構な高さの温度の紅茶が、その王太子妃候補の顔へと思いきりかかってしまった。熱い! と悲鳴を上げる候補は、慌てて冷やそうと魔法を発動させようとするのだが、熱さでパニックを起こしているためにいつまでも回復魔法は発動しない。


「うあ……っ、あう、……熱い!」

「あらあら……」


 困ったような顔のナディスは、指をぱちん、と鳴らしてからあっという間に回復魔法を発動させてから、その令嬢の火傷をあっという間に治療してしまう。

 そして、痛みもなくなってポカンとしている令嬢のところに歩いて行って、すっとハンカチを差し出した。


「ドレスについている紅茶は、これで拭いてくださいな」

「あ……」


 はい、と小さな声で呟いた令嬢は、ポカンとしている。

 まだ今の状況を理解していないのか、あれ、あれ、と呟きながら自分の顔をぺたぺたと触れてみている。そして、触れても痛みが全くないことに気付いて、慌ててナディスのことを見つめた。


「お気を付けてね」


 ナディスはそれだけ告げると、急ぎ足で母であるターシャの元に駆け寄って、温かな母の手をきゅっと握ってから見上げた。


「お母さま、帰りましょう」

「そうね、ナディス。王妃殿下、目的は達成されたことでしょうし、わたくしたちは帰りますわね」

「え? え、えぇ……」


 王妃やミハエルですらもポカンとしている状況の中、悠々とナディスとターシャはその場を後にした。

 歩いている二人はとても堂々としているから、どちらが招待した側なのか分からないレベルとなっている。


「(さて、これから思う存分一緒に遊べるわね、……ロベリア嬢)」


 歩きながら、ナディスは母に見えないようにしてほくそ笑む。

 これからのことを考えると楽しみで仕方ないのだが、分かりやすく顔に出すわけにはいかないし、とはいえもう今から楽しみで仕方ない。

 前回、あれだけナディスのことをミハエルと一緒に散々馬鹿にしてくれたのだから、こっちだってやってもいいでしょう……? と、聞こえないだろうが、内心でロベリアへと告げる。

 勿論、ミハエルに対しても棘のある言葉を心の内で告げる。


「(さぁ殿下、わたくしは王太子妃の勉強を表面上は行いますけれど……あなたの愛したロベリア嬢は、果たしてどれほど優秀でいられ続けるのか、楽しみですわね)」


 ナディスがそんなことを思っているとは知らず、身のこなしがとても優雅なナディスの背中を、熱のこもった眼差しでミハエルは見守り続けたのだった。


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