その日、王国中が震撼した。
ヴェルヴェディア公爵家令嬢、ナディスの処刑を行う、と王太子ミハエルが大々的に宣言したのだ。
ナディスの優秀さについては、国王夫妻が認め、最近は外交の場にも連れていくほどに気に入っているというもの。これは既に『ナディスは王太子妃である』と宣言しているようなもの。
そんなナディスを、ミハエルは処刑する、と宣言した。
「そんな……何かの間違いではないのか!」
勿論、ヴェルヴェディア公爵は烈火のごとく怒り狂って抗議したが、ここでガイアスはふと気付く。
「……まて、どうして国王夫妻はこんな馬鹿みたいなことを承認した?」
ナディスをあれだけ気に入っている国王夫妻は、ナディスをみすみす処刑させるような真似はしない。
「ターシャ……まさか……」
「あなた、国王夫妻は……」
夫妻の顔色はさぁっと青くなる。
よりによって、どうしてこのタイミングであの王太子はクソみたいなことをやらかしたんだ、と思ったが、国王夫妻がたまたま外交で他国に出向いている今、処刑宣言をしたのだ。
もしも、国王夫妻がいれば、こんなこと許すはずなんかない。
むしろ切り捨てられるのは、ミハエルの方だ。
ヴェルヴェディア公爵家の親戚も、分家も、総出でミハエルに対して抗議をした。
しかし、彼から返ってきたのはあまりにもあっさりしたものだった。
「……ああ、ナディスはこの国の大貴族として、みっともない真似をしたからな。見せしめだ」
「何ですって……?」
この青二才風情が、とターシャは叫びたいのを必死に堪えて、ギリギリとミハエルを睨みつけた。
さすがに公爵夫人の迫力にはたじろいだにか、ミハエルはぎくりと体を震わせて、顔色を悪くしながらどうにか反論する。
「……フン、子が子なら、親も親だ! あの女は、わたしの愛するロベリアに対して殺意まで向けたんだぞ!?」
「は……?」
それがどうした、とターシャは汚物でも見るかのような眼差しでミハエルを睨みつけた。だが、彼は必死に反論を重ねてくる。
「いいか、俺の! 俺の恋人なんだぞ!? ロベリアを侮辱するのは、俺を侮辱するも同義だ!」
いつしか外行きようの『わたし』という一人称はどこへやら、という口調になったミハエルは唾を飛ばしながら叫び続けた。
「大体、あの女は鬱陶しいんだよ! 何なんだ、人を愛しているとかほざきながら束縛までしてきて! 気持ち悪いんだよ!」
まるで駄々っ子だ、とターシャもガイアスも、冷めた目で見ている。
とはいえ、ナディスの凶行については親としてまず謝罪をするべきか、とも思うのだが、王太子の婚約者として当たり前の行動を取っただけだ、と言ってしまえばそれまでになってしまう。
もし学園で何かやらかしていたとしても、その理由が先に持って来れれば、大して問題はない。いいや、問題なくしてしまえる。だから、せてめナディスの処刑を遅らせねば、と思っていたガイアスの願いむなしく、ミハエルはニタリと気味の悪い笑みを浮かべてさらに言葉を続けた。
「だから、今日の朝一番で処刑するように手配してやった! 父上から印章を預かっていたからな、大臣たちさえどうにかしてしまえば俺はあの女から解放される、というわけだ! あっはははははは!!」
「何と……! どこまで卑怯な……!」
ガイアスは悔しそうにしているが、ターシャは冷静なままでぽつりと告げた。
「……あなた、構いませんわ。……この王子殿下は、誰が、誰の婚約者だから王太子になれたのか……その恩義すら忘れているようだもの」
「……ああ、そうだな……」
静かに告げられた言葉に、ミハエルから『あ』と間抜けな声が漏れた。
今更気付いたのか、と呆れたターシャだったが、時すでに遅し、というわけなのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……」
処刑上に運ばれたナディスは、まるで罪人のような扱いを受けていた。
それもこれも、全てミハエルの指図。
その対応をしている兵士たちは困惑しているが、それは当たり前だろう。
あれだけ国王夫妻に可愛がられ、ミハエルに対して尽くしまくっていたナディスを、どうしてこんなにも簡単に処刑できるというのか。
処刑場が民衆に見られる位置でなくて良かった、と兵士の中の誰かが呟いた。
せめて、ナディスの尊厳を守れたのならば、それでいいと思っている兵士が多い中、『いつかこうなるとは思っていた』とナディスを指さして嘲笑う者もいた。
ロープでがちがちに手首を固く結ばれ、思いきり引いて連れてこられたナディスを見ていたロベリアとミハエルは、思ったような罪人扱いをされている姿を見て、クスクスと笑っていた。
しかも、それをヴェルヴェディア公爵夫妻にまで見せつける、というクズっぷりを発揮してしまったことにより、ナディスの怒りが一気に爆発することとなったのだ。
「…………」
何かを呟いているナディスを見て、ロベリアはわざわざ指をさして嘲笑いながら声高らかに告げた内容は、何をどう聞いてもナディスを貶しているという内容そのもの。
「あら、罪人が何か言っておりますわ!!」
「そうだなロベリア!」
あっはっはっは、と笑う二人を、ナディスはひたりと見据える。
「……ちょっと……」
罪人扱いされているにも関わらず、ナディスの目の奥にある怒りは凄まじく燃え滾っていた。
「な、何よ!!」
「何だ貴様、その目は! お前は罪人であることを理解しているのか!?」
「……罪人、ですって?」
もう、ナディスの口調にはミハエルへの愛情も何もかも、感じられなかった。それどころか、ミハエルを王子とも見ていないような怒り狂った雰囲気しか感じられなかったことで、ミハエルは無意識に怯え、一歩、後ずさった。
「……もう、いい。お前たちなぞ……全て、何もかも、壊れてしまえ」
まるで壊れた人形のように、ナディスは高笑いをする。
「な……」
「貴様……!」
「わたくしのおかげで王太子だったのに、わたくしを殺せばどうなるかなんて、お分かりにならないなんて……愚かにもほどがあるわ」
クス、と笑うナディスは、もうミハエルへの恋心は木っ端みじんになってしまっているから、何を言ってもいいのだと言わんばかりにミハエルへの恨み言をつらつらと叫び始めた。
「学園での成績はふるわない、婚約者がいるにも関わらず他の女にうつつを抜かす、人の行動に対して文句ばかり言う、……挙げればキリがございませんわね!」
いらないものを捨ててしまったナディスは、これほどまでにはっきりしているのか、というくらいに罵詈雑言を遠慮なく重ねていく。目の前で浮気相手を『こちらが本当の婚約者だ』と言わんばかりの行動をされて、許せるほどに彼女の心は広くない。
「な、なに、を、貴様!」
「……まぁ、何ともみっともない。情けないお姿をこのように披露なさるだなんて……」
にぃ、とナディスは笑う。いいや、『嗤った』。
そして、捕えられたままでミハエルとロベリアのことを見据えたままで更に続けた。
「我が公爵家の力を借りねば、王太子となれるか危うかったのに、まぁまぁ……とても偉そうにふんぞりがえっておりますこと。ですが……もう構わないわ。お父さま、お母さま、此度のことはわたくしの浅はかさが招きました。しかし、彼らを決して許してはなりません! ……何もかも、全てをかけてでも、この王家を見放してくださいまし! そして、わたくしは誓います! この愚か者共を、末代まで呪って、幸せになどしてやりなど、しないわ!」
怒りだけがこもったその言葉は、ミハエルの怒りも引き連れてやってきた。
だから、ナディスは自身に振り下ろされる刃に気が付かなかったのだが、それでも。
彼女は、最後の瞬間まで、ミハエルとロベリアからは決して、目を離さなかったのだ。