「ナディス、入学試験の結果はどうだった?」
「はいお父様、首席合格でした」
ある朝食の席で、ガイアスはナディスへと問いかける。
貴族の子供であれば皆通うことが義務付けられている、王立学園の入学試験が先日行われたのだ。
六歳で王太子妃筆頭候補となったナディスは、一年間、みっちりと王太子妃教育が行われ、同時に王立学園の入学に向けても試験勉強を行っていた。同時進行はとても大変なことであるうが、泣き言を一度も言わず、それが当然であるとでも言わんばかりにナディスはきっちりとこなした。
ミハエルはナディスに比べてほんの少しだけ成績が低かったが、共に合格だったこともあり、ナディスはとても喜んだ。
最初のクラス分けでも二人が一緒になれたことがナディスの上機嫌の原因の一つだろう。
「殿下ともクラスが同じなので、共に切磋琢磨して頑張りたいと思います!」
「うん、いい心がけだ。なぁターシャ」
「ええ、本当に。社交界デビューもまだですけれど、ナディスは既に王妃様からの寵愛を受けている素晴らしいレディーだと評判なのですから」
嬉しそうな父母を見ていると、ナディスも嬉しくなる。
一番嬉しいのは、ミハエルから『同じクラスなのを嬉しく思う。ナディス、これからも改めてよろしく頼むぞ』という手紙が送られてきたことだろう。それを見たナディスは目をキラキラと輝かせ、ナディスつきの侍女に『ねぇみて! 殿下からこんなにも素敵なお手紙が届いたのよ!』と少し興奮気味に話していた、と両親は報告を受けている。
あの婚約は間違いなどではなかった。
側妃候補との軽い諍いがあったとき、ナディスは徹底的に彼女たちのプライドをへし折って、自分へと膝まづかせたと報告を受けているが、公爵令嬢として、王太子妃筆頭候補として、彼女のプライドが成しえたことだろう、とガイアスもターシャも納得した。
「ナディスはこれから学園で、交友関係も広げなければいけないね」
「交友関係……そうですわね!」
親同士の関係上、仲良くしている令嬢はいるけれど、彼女たちはあくまでも親同士からの繋がり、というところを最優先にしているから、少しだけ壁があることはナディスdあって気付いている。
「殿下と……そして、学園でできるお友達と……楽しく過ごしたいですわ」
「ナディス、お勉強もあるのだからね」
「はぁい」
ガイアスの注意に、ほんの少しだけ頬を膨らませたナディスだったが、滅多に見せない子供らしく可愛らしいその顔に、ターシャは思わずクスクスと笑ってしまったのだった。
――だが、ここから、少しづつナディスの感覚が捻じれていくこととなることに、公爵夫妻も、ナディス自身だって、気が付いていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
貴族の子供なら、十歳になったら皆、王立学園の入学試験を受けることが定められている。入学時の成績によって、クラス分けがされるようになっており、上からSクラス、Aクラス……と続く。
もっとも下のクラスはDクラスだが、成績によって決まるのでこればかりは努力でどうにかしないといけない。
最優秀クラスとされているSクラスは、入試で満点を取る、あるいは、王族が入学したときに用意されている、と言われているが、ナディスやミハエルは、ここに在籍することになるのだ。
公爵令嬢に続いて、他にも高位貴族の令嬢子息が在籍することになるのだが、ナディスはここで己の考えが、ほんの少しだけ甘かったことを認識する。
「ミハエル殿下~!」
「ミハエル様、是非とも当家のお茶会にお越しくださいませ!」
「いやですわ、当家の夜会に!」
ミハエルに群がる、側妃候補としても選出されていない他家令嬢の面々。
既にナディスが王太子妃筆頭候補というのは、国中にお触れが出されているために周知の事実なのであるが、側妃に関しては目に留まれば可能性がある。
彼女たちは、それに賭けたのだろう。だが、これを許すナディスではなかった。
「皆さま、殿下が困っておいでですわ」
こほん、と一つ咳払いをして、ミハエルと女子生徒の間にすい、と入れば、その生徒たちからナディスが睨まれる。
「まぁ、ナディス嬢ったら!」
「心が狭いんですのねー!」
「今からこうでは、殿下がとぉっても苦労してしまいますわよ~?」
からかい、嘲りが込められた言葉と視線。
ここには男子生徒もいるのだが、彼らもクスクスとナディスの言動に笑っている。
「(……今年の高位貴族は、下品な輩が多いようね)」
「ナディス、僕なら大丈夫だよ。気を使ってくれてありがとう」
そっと肩に置かれた手の温かさに、ナディスはほっと息を吐いた。
「皆、いきなりこう詰められては……さすがの僕だって驚いてしまって、対応のやりようがないのだけれど?」
「……あ……っ」
「幾人も同時に殿下に話しかけられて、全てに対応をするなど……不可能ですもの。それをわたくし、このように馬鹿にされるなど……とっても驚きましたわ」
「!!」
ナディスの言うことも、ミハエルの言うことももっともだ。
いきなり複数人で取り囲み、わっと群がったりするなど、そもそも貴族としての品位がどうなのか。
王家と関係を強固にしたいのは理解できるが、この学園は将来へ向けての予行練習の場でもある。
数年後、彼らが迎えるデビュダントに備えて、マナーなどもしっかりと身に着けていく必要がある中で、初対面でここまでわっと群がるのはいかがなものか。
「……皆さまでしたら、先ほどのようにわっと押しかけられても、全て対応可能とでもいうのでしょうか?」
「そ、それは……」
「まぁまぁナディス、その辺で。……ナディスはとても素敵なレディで、王太子妃教育を素晴らしい速さと成績でこなしているんだ。だからこそ、皆のそういうことろを直したい、そう思ったんだと思うよ」
だからね、とミハエルは続けた。
「そんなナディスの心を無下にするような輩がいるのなら、『わたし』は、決して許さない」
はっきりと言い切り、ナディスをかばうようにしてすっと前に出たその姿勢に、クラスの生徒たちはようやくハッと理解する。
だが、一方でナディスは口元を抑えていた。見ようによっては感極まって泣くのを堪えているように見えるのだが、ナディスは絶叫したい気持ちと必死に戦っているのだ。
「(ミハエル様……!! ああ、ミハエル様、本当に素敵です!! さすがはわたくしの王子様ですわ!! 身を挺してわたくしをこんなにも大切にしてくれて、庇ってくださるなんて、何て素敵なんでしょう!!)」
二人の様子を見ていた生徒たちは、慌てて頭を下げて、ナディスにも申し訳なさそうに謝罪をしてきた。
「ご、ごめんなさい……ナディス嬢」
「わたくしたち、両親にも『殿下との繋がりを大切に』って言われていて……」
注意されれば、彼女たちはとても素直に謝れる、素敵な令嬢ばかりなのだ。
ナディスはその様子に、ホッとしたように肩の力を抜いて、先ほどまでの恋愛モードを瞬時に引っ込め、口から手を離してから優雅に微笑んだ。
「いいえ、皆さまのお気持ちも、わたくし推し量るべきでした。わたくしも……ごめんなさい」
「ナディス嬢……!」
自分の非をすぐ認めて、素直に謝るナディスに心を打たれたのか、皆揃ってほんわかとした雰囲気になる。
ミハエルも内心で『さすがは自分の妃候補だ』と誇らしげに微笑んでいるし、これからの学園生活が順風満帆に進んでいくと思っていたのだ。
「皆さま、改めてどうぞよろしくお願いいたしますわ」
「わたくしたちこそ!」
「殿下、ナディス嬢、よろしくお願いいたします」
皆がおっとりとした雰囲気を以て、クラスの面々はこれから結束も強くしていった。
そう、最初の初等科の内は何事もなく時間は過ぎていった。
――中等科に上がり、ナディスたちが十五歳になった時から、少しづつ、少しづつ、いろいろなものが……ねじ曲がっていくとも知らず、時は流れていくのであった。