側妃候補として集められた令嬢たちは、お茶会のたびにナディスにしてやられていた。
礼儀作法が完璧なのは言うまでもないのだが、話題の豊富さや知らないことに対しての知識欲の強さ。次のお茶会までには知らなかったことについての知識をきちんと仕入れ、教えた人よりも詳しくなっているという厄介な状況。
「何なんですの……!」
一人の令嬢が、ギリギリと悔しそうに歯ぎしりする。お前ひとりで何かあったときに対応できないから、側妃が求められているというのに、と内心では大変憤っているものの、これをナディスに直接ぶつけられたら、どれだけすっきりすることだろうか。
「でも……あの人、王太子妃教育で忙しいから、こっちが何か言うならお茶会の場じゃないと……」
「……やるしかないわね。そういえば、次のお茶会って……」
「王妃様はご公務で不参加よ!」
ハッとした令嬢たちは皆、顔を見合わせて頷き合う。ナディスに何かを言うならば、というか直訴するならば次のお茶会が一番のチャンスなのでは……と意見が一致した。
お茶会のホストはナディス。使用人たちはいるけれど、お茶会の時には少し離れた位置で控えてくれているから、会話の内容もうまくいけば聞かれずに済むのでは? と思っている。
「……やりましょうか。確かにナディス様は王太子妃筆頭候補ですけれど、あまりにも差をつけにこられては、側妃という立場がなくなってしまうもの!」
「そうですわ!」
わっと盛り上がる令嬢たちは、まだ気づいていない。
こうなることこそがナディスの狙いそのものであり、更に付け加えて言うならばナディス自身がわざわざ『蹴落とすチャンス』と作り上げたのだ。
そのためならば、王妃の公務の予定だって把握するし、ミハエルの勉強時間だって把握する。国王はお茶会をわざわざ覗きに来ないから、王妃の予定さえ把握してしまってから少しだけ調整してお茶会を開けば、あらびっくり、というわけだ。
「(さて、側妃候補たちはそろそろ仕掛けてくれる頃かしら)」
側妃候補たちが話していたちょうどその頃、ナディスはそんなことを思ってヴェルヴェディア公爵家の中庭でゆっくりお茶をしていた。
普段、王宮で王太子妃候補として勉強を頑張っているから、一日、何もないお休みの日を王妃がくれたのだ。
翌日はナディスがホストをつとめるお茶会の日だから、ナディスはターシャにお茶会の何たるかをずっと聞いていた。
「お母さま、では席の配置にも気を配らないといけない、っていうことですわよね?」
「ええ、そうよ」
「それはきっと大丈夫ですわ、……とはいえ、お母さまであってもお茶会の席次をお見せすることはできませんし……」
「仕方ないわ、あなた主催のお茶会は、もう王室行事も同然。しかと、励みなさい」
「はい!」
あくまで可愛らしく、そして可憐にナディスは返事をする。
この顔すら、ナディスが計算しつくしたものであるなんて、ターシャは予想もしていない。いつの間にかしっかりしているわ、と感激こそすれ、まさかこの後、お茶会で側妃候補たちを思いきり蹴落とそうと考えているだなんて、思ってすらいないし、思えなかった。
「お母さま、お帰りの際の手土産は焼き菓子でいいのかしら」
「そうね、何か日持ちのするお菓子でいいんじゃなくて? 王宮のパティシエの作ったものなら皆さま喜ぶわ」
「わかりました!」
その日の母娘のお茶会は、何事もなく、表面上は見事に終了した。
そして翌日、ナディスは王太子妃教育のために早朝から王宮へと向かった。午後からお茶会なのだから、王宮で身支度も整えなければいけないから、普段よりも行動はとても早かった。
「では、行ってまいります」
「いってらっしゃい、ナディス。候補の皆さま方とは仲良くするのですよ」
「勿論ですわ!」
馬車が走り出して、ナディスの顔から笑みが消える。
「……ええ、『仲良く』しますわ。わたくし、とっても寛大ですもの」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「本日は、お招きいただきまして、ありがとうございます」
ナディスも側妃候補たちも、待ちに待ったお茶会の時間に、あっという間になってしまった。
和やかな雰囲気で始まったお茶会だが、皆が何かを探るように目がほんの少しだけ泳いでいる。気が付かないナディスではないが、あえて向こうから言わせようと、微笑んだままでお茶やケーキの用意を侍女にお願いしている。
「ナディス様、ご準備整いました」
「ありがとう、いつも皆さまには助けられてばかりね」
「……っ、そんな……! 恐れ多いことでございます!」
感動したらしい侍女たちは、涙を薄ら目に溜めて、お礼を言ってからすっと下がった。そのタイミングで、ナディスがすっとテーブルの上を指し示す。
「皆さま、どうぞ」
「ありがとうございます」
「いただきますわ」
ナディスの許可が得られたことで、皆、思い思いに食べ始める。
侍女たちはその様子を見て、すっと下がっていく。きっとナディスが『お喋りを楽しみたいから、下がっていてね』と前もって指示していたのだろう、と参加者たちは予想する。その通りなのだが、令嬢たちはここぞとばかりに臨戦態勢に入る。
――これが、ナディスの罠だとも知らずに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……そういえば、ナディス様。王太子妃教育は順調なのでしょうか?」
「ええ。それがどうかいたしましたの?」
「いえ……ただちょっと、気になりまして」
「あら、何が?」
ナディスも、ナディスに話しかけた令嬢も、微笑みを浮かべているが、とてつもない圧を感じる。
息をすることさえ、もしかしたら困難なのではないか、と思うほどにナディスは遠慮せずにその場の全員をけん制にかかった。
「(今ですわ……!)」
よし、とうなずいた令嬢は、周りの他の令嬢に目配せをしてナディスに再び視線を戻した。そして、こう続けていく。
「もしかしたら、何かお体の調子が悪いのでは……と思いましたの。だって……側妃候補として……」
そこまで言って、その令嬢はニヤリと維持の悪い微笑みを浮かべ、ゆっくりと周りを見渡す。
「これだけの人数が集められているのです。もしかして、ナディス様はお体に……その、ねぇ?」
「ええ、本当に」
「何があるやら分かりませんわ」
あはは、うふふ、くすくす。
ナディスを嘲笑する令嬢たちがほとんどの中で、いたたまれなさそうにしている令嬢も数人いる。彼女たちは、弱い者いじめはやめた方がいい、とでも言いたげな目をしているが、それも含めて何もかもが、ナディスの癇に障った。
人を欠陥品のように言うだけならまだしも、まさかこんなことを言いまくるなんて……嗚呼、何て。
「馬鹿ですわね、貴女方」
嘲笑されている中、何のダメージも受けていないナディスを見て、そしてナディスの言葉に嘲笑をしている令嬢たちは顔が引きつっていた。
どうしてこんなにも冷静なのだろうか、と考えているとナディスが微笑みを張り付けて、ゆっくりと口を開く。
「たかがそれくらいのことで、わたくしを貶められると思っているだなんて……本当に……愚かですこと」
「な……!?」
「だって、貴女たちって……どこまでいっても『側妃候補』であって、『王太子妃候補』ではないんですもの」
ころころと鈴を転がすような可愛らしい声でひとしきり笑ってから、ナディスは手にしていたティーカップをゆっくりソーサーに置いた。
「皆さまこそ、もう少しお考えになったらいがか?」
ゆっくりと、ナディスは全員を見渡す。
そして、こう続けた。
「先ほどお言葉をいただいたそこの貴女だけでは、とてもじゃないれど足りなかったのね。……側妃候補って」
「は……?」
「うふふ、ごめんなさいね。でも……」
にこ、と微笑んだままで、ナディスは彼女たちにとどめを刺すため、更に言葉を続けていった。
「王太子妃よりも役割は少ないはずなのに……どうして、貴女方はそんなにも自信満々でいられるのでしょう……」
完全に馬鹿にした口調と、声音。これを受け取った令嬢はテーブルを思いき叩いたのだが、それが何だ、とナディスは悠然と構えている。
「……いい加減にしなさいよね……」
「まぁ、怖い」
ちっとも怖くなさそうな口調で、ナディスは微笑みを張り付けたままで動かないのだ。睨まれながらも、ナディスは可愛らしくこう続けた。
「最初に喧嘩を吹っかけてきたの……だぁれ?」