その知らせは、国王ならびに王妃を歓喜させた。
まさか、あのヴェルヴェディア公爵家が第一王子のミハエルの後見人を申し出ただけではなく、ミハエルが王太子に立太子できるよう全力でサポートすると約束してくれたのだ。
「きっとあの時の……」
「ああ、ヴェルヴェディア公爵令嬢がミハエルに一目ぼれしたのか」
「そうですわ」
王妃は大層ご機嫌に頷いてみせる。
やはりナディスはミハエルに一目ぼれをした、そしてナディスはきっとこうおねだりしたのだろう。『ミハエルと婚約したい』と。
それを聞いたヴェルヴェディア公爵が一人娘可愛さに、いいや、公爵夫人は反対したのかもしれないけれど、お願いを聞き入れたということだろうと推測した。
実際はそうではないのだが、別に知る必要はないし外部にあの親子のやり取りが漏れることだってない。
「ふふ、早速ナディス嬢と……いいえ、公爵家をご招待しなければいけないわね」
そう言った王妃はご機嫌なまま公爵家に対して招待状を作成すべくレターセットを取り出し、国王は秘密裏に開催されるお茶会の準備をするべく使用人を呼び出すベルをリリン、と鳴らした。
「お呼びですか」
国王夫妻の執務室に入ってきた侍女頭と複数人の侍女は深くお辞儀をする。
「ヴェルヴェディア公爵家を招待する。彼らの好みに合うような茶葉、茶菓子を準備せよ。ああ、公爵には甘いものは控えめに。公爵令嬢の好みを特に掴めるようにな」
「かしこまりました」
「ミハエルの好きなものもしかと用意するように」
「殿下のお好きなものも……でしょうか」
「そうだ、公爵令嬢にミハエルの好みを理解してもらわなければならん」
将来の王太子妃なのだから、と付け加えれば納得したように侍女頭は頷いた。そして執務室から出て行くと王妃が思わずクスリと笑う。
「キャロライン、どうしたのだ」
「いいえ、陛下がしかと公爵令嬢をこちらに惹きつけようとしていらっしゃるのが、何だか面白くて」
「何を言う、そなたもそうであろう」
「……否定はいたしませんわ。ヴェルヴェディア公爵家の力があれば、ミハエルの王太子への立太子は間違いないものとなる、それから、そもそも論ではございますがナディス嬢はとんでもなく優秀ですわ」
「ほう」
「陛下もご覧になったでしょう? 家のため、という言葉の意味を六歳にしてしかと理解している令嬢がどこにおりまして?」
言われてみれば、と納得したようにウッディは頷く。
お茶会でのナディスの立ち居振る舞いと、対応能力の高さを考えれば、彼女が王太子妃となってミハエルを支えてくれれば未来は安泰だろう。
「わたくしの実家が……もっと力のある家門であれば、ミハエルのことも王太子にすぐできたかもしれないのに……」
「キャロライン……」
悔いても仕方のないことだってある。
だが、キャロラインは現国王がお忍びで街に出かけたときに双方一目ぼれをして、身分があまり高くないにも関わらず王太子妃候補となり、愛するウッディのためにと頑張りに頑張りを重ねて、王妃にまで昇りつめたのだ。
「でも、もうその心配もなくなりますわ。だって、あのヴェルヴェディア公爵家がミハエルの後見となるのですよ。誰にも邪魔などさせやしない……わたくしの子が、ええ、正妃の子が王となるのですから!」
キャロラインの悲願だったもの、まずはミハエルを王太子にして、相応しい家門の令嬢と婚約をさせてから国王になってもらうということ。
たまたまではあるものの、ナディスがミハエルに一目ぼれをしてくれたから、その夢が叶うということが確定した。こんなにも嬉しいことはないだろう。
正妃であるものの、キャロラインの生家が伯爵家であることに側妃たちはとんでもなく反発をした。正妃候補だった令嬢たちはこの国の重鎮の娘だったり、侯爵家の令嬢だったり、爵位が低いけれどとんでもないお金持ちだったりと、何かしら特出したものがあるのだが、キャロラインの家は至って『普通』の伯爵家。
爵位こそ高いものの、何かがあるわけでもなかったために彼女たちが側妃となったことで、相当な嫌味をあれこれと言われたものだ。
「キャロライン……今まで苦労をかけたな」
「良いのです。さぁ、お茶会が終わればミハエルは王太子として立太子し、ナディス嬢は王太子妃筆頭候補としての教育が始まる。忙しくなりますわね」
ふふ、と楽し気に笑うキャロラインを、ウッディは苦笑いを浮かべて見ていた。
実際、正妃となってからも苦労をさせたこともあるため、これでミハエルの地位も安泰となり、その生母であるキャロラインの地位までもが安泰となる。まさにいいことずくめの婚約だ、と嬉しくなって、その日の執務の残りに取り掛かったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「わぁ……」
ヴェルヴェディア公爵家の元に王家からの招待状が届き、公爵夫妻とナディスは揃って王城へとやってきていた。
案内された先、王宮の中庭だが入れるのは国王夫妻とその家族のみ、という何とも特別な空間へと案内され、色とりどりの花が咲き誇る花壇や、綺麗に飾り付けられたテーブル、更には様々なお菓子や軽食の数々に思わずナディスは感嘆の声を上げた。
「まぁ……何て素敵な……」
「陛下から期待していてほしい、とは言われたが、まさかこんなにも、とは……」
公爵夫妻も感心したように周囲を見渡していたが、国王夫妻とミハエルがやって来たことで姿勢を正した。勿論ながら、ナディスもはしゃいでいた様子をすっと隠し、背筋を伸ばして国王一家に向き直る。
「公爵夫妻、そしてナディス嬢、いらっしゃい」
「すまないな、公爵も忙しいというのに」
「いいえ、陛下のお呼びとあればいつでも馳せ参じましょう」
ほほ、と笑っている王妃のすぐ隣にミハエルが立っている。
大人同士の話はつまらないとでも言わんばかりだったが、ナディスの姿を視界に入れれば表情がぱっと明るくなった。
「よく来たな、ナディス嬢」
「は、はい!」
「……ナディス、失礼のないように」
こほん、と咳ばらいをした母の言葉に、ナディスははっと我に返るが、どうしても好きなものは好きなのだ。
大人であってもその気持ちを抑えることはなかなか難しいというのに、どうして子供のナディスがそれを我慢できるというのだろうか。
「ミハエル様、本日はお招きいただきましてありがとうございます」
「母上が早めに招待をした、と聞いていたからな、今日の勉強を早々に俺も終えたのだ、お前を迎えるために」
「まぁ……わたくし、とっても嬉しいです!」
はしゃいでしまったナディスを見て、ターシャは溜息を吐くが、キャロラインがたしなめた。
「公爵夫人、微笑ましいことではないの」
「ですが王妃殿下……王子殿下の前だというのに……」
「ミハエルだって同じだわ。だからそこまで起こらないであげて頂戴?」
王妃にここまで言われては、許さないというわけにもいかない。
ターシャは渋々ながらも頷いて、そっとナディスの背を押した。さ、ご挨拶を、と促すとすっとカーテシーを披露し、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「国王陛下、王妃殿下、そしてミハエル王子殿下。本日はお招きいただきましてありがとうございます。ご招待いただき、わたくし、ナディス=フォン=ヴェルヴェディア、大変嬉しく存じます」
「良い、ナディス嬢。今日は非公式故に楽にせよ」
「……」
ナディスはウッディの言葉を聞いて、ちらりとガイアスを伺い見る。
そうすると、ガイアスは頷いてナディスの背をそっと押してくれた。
「ありがとうございます、陛下」
ナディスがお礼を言うと、うんうんとウッディは頷いた。それが合図だったかのように、ミハエルはたたっとナディスの元に駆け寄って来てくれて、ぐっと手を引いた。
「あ、あの!?」
「ナディス嬢、こちらへ!」
手を引かれるままにナディスはテーブルへと案内される。
そこに見えたのは、先ほどナディスが目を輝かせた数々のスイーツや軽食、飲み物の数々。勿論テーブルコーディネートも素晴らしく、どこを見てもナディスは目を輝かせた。
「わぁ……凄いです……!」
「そうだろう! 母上がとても頑張ってくれたのだ! さぁ、ここに座ると良い」
「あ、ありがとう……ござい、ます」
何とも微笑ましい二人のやり取りを見て、国王夫妻も公爵夫妻も微笑んでいる。きっと、この二人ならば大丈夫ではないか、という空気が漂っている。
そして、ミハエルはナディスに何が好きかを聞いて、ケーキを取り分けたり、ナディスもミハエルの好きなものを聞いて取り分けている。ああ、互いにこれはとても良い関係を築いていけるはずだ。
ターシャやガイアスが感じていた不安も、これはさほどないのかもしれない。
公爵家はナディスの言っていた通り、分家の優秀な子を養子に取ることでどうにかできるだろう、そう思った。
「ナディス嬢、こちらも食べるか?」
「殿下、そんなには食べられませんわ……」
ああ、きっと何もかもうまくいくに違いない。
大人たちはこの時、そう思っていた。これがとてつもない楽観視だった、ということに気付くのは、大分あろになってからではあるが、この時は誰も気付いていなかった。
当事者であるナディスだって、何も気付いていなかったのだ……。