ナディスとミハエルが自己紹介をしあっている様子は、周りの貴族たちがじっと見ていた。そして皆が確信する。
ミハエルは、とても見目麗しい。
ナディスも幼いが故に一目ぼれをしやすい、否、『王子様』という存在に憧れたことによってああやってしどろもどろになったのでは、と皆がひそひそと口々に囁き合う。
「どうやら……」
「ヴェルヴェディア公爵家のお嬢様とて、やはり王子様、というものには弱かった、というわけか」
「これでヴェルヴェディア公爵家の地位は更に盤石なモノとなったようだ」
あちこちで囁き合う声が聞こえる中、ナディスは自己紹介をした後、恥ずかしくてささっとガイアスの背後に隠れてしまった。
「おや」
「何だ、どうしたというんだ」
「あら……ふふ、可愛らしいこと」
王妃やガイアスに見守られている中で、ナディスはぎゅうぎゅうと父に抱きついて離れない。
余程照れくさかったのだろうか、と皆が微笑ましくなっている中で、恥ずかしさがMAXになったらしいナディスはガイアスの服をくいくいと引っ張る。はしたない、と叱られたとしても、ナディスは恥ずかしくてたまらなくて帰りたくなっていた。
「お、お父様……!」
「はは、どうしたんだ。そんなに顔を真っ赤にして」
そのやり取りだけは可愛らしいのだが、今、この瞬間にキャロラインの中ではナディスが将来の王子妃となることが確定したようだった。
家柄、そしてナディスの優秀さは良く知っている。更にいえば、こっそりと調査を入れているからナディスがどういう令嬢なのかも何となくは把握していた。
後は婚約式を盛大にしてしまえば問題なくことは進むだろうし、何ならナディス本人から『婚約したい』と言わせることが出来れば万々歳。
「ナディス嬢、良ければまた遊びに来て下さる? 王宮の庭園はとっても美しいの。是非貴女にもお見せしたいわ」
王妃からの言葉に、ナディスはハッと我に返る。
いけない、ここは王宮なのだ。そして、今のこの場は決して心のままに振る舞ったりしては『家』に傷がついてしまうのだ、と己に言い聞かせた。
まだ六歳ながらに、ナディスは己の役割をきちんと理解していた。だからこそ、恥ずかしがっている場合ではないのだと気持を切り替えることを優先した。
「大変失礼いたしました。王妃様のお誘い、心から嬉しく存じます」
きちんと腰を折って、深々と礼をしてから微笑みを顔に張り付けたナディスを見て、王妃はにこりと微笑んだ。
この子は並大抵の教育を受けていない。一見してヴェルヴェディア公爵は娘に甘いような雰囲気ではあるのだが、ここまでガイアスはナディスのことを一度も手助けしていない。
まだ六歳であるというのに、徹底して大貴族としての心づもりを身につけさせているのは、公爵家に生まれたものの宿命とでもいうべき教育方針だと、王妃キャロラインはただただ満足することしかできなかった。
「そう。ではまた、後日ナディス嬢に招待状を送るから是非いらしてね」
「はい、お待ちしております」
「王妃様のお心遣い、大変嬉しく存じます」
嬉しそうに微笑んでいる王妃を見て、隣に座っている国王も満足そうにしている。噂として流れていた、第一王子ミハエルの妃を探しているというのはあながち間違いでもない。
いずれは王太子になるであろうミハエルの後見探しと妃探し、両方を兼ねているため噂は半分正解だった、ということになる。
国王夫妻にとって、ナディスがミハエルのことを予想外に気に入ったことで、両方を兼ね備えた存在を引き当てたことは予想外の大収穫だったわけだが。
「ヴェルヴェディア公爵よ、ナディス嬢は大変優秀な令嬢であると判断した。是非、これからも様々なことに励むように」
「陛下の御言葉、ありがたく頂戴いたします。さぁ、ナディス」
「ありがとう存じます」
ナディスの顔に、もう先ほどの恋に恋する少女の欠片など存在しない。
ヴェルヴェディア公爵令嬢として、微笑みを浮かべて国王ウッディに対してお礼を言ってから、体幹がぶれることもなくきっちり背筋を伸ばして立っている。
「(僅か六歳でここまで……。将来有望なご令嬢だ)」
そんなナディスを見て、国王夫妻は確信する。
ヴェルヴェディア公爵家がミハエルの後見となりつつ、ナディスがいずれ王太子になったミハエルの妃、つまり王太子妃になれば国の行く末は間違いなく安泰だ、と。
「ナディスとか言ったか。母上がお前を招待してくださるのだから、欠席など許さんからな」
「も、勿論でございますわ!」
あら、と王妃が呟くが、こんなものは子供故の可愛さとしてみなして良いだろうと判断する。
好きな人に声をかけられて嬉しくない女の子はいないし、大貴族の令嬢とはいえ別にこれくらいは許容範囲。パーティーの場だとしても、まぁこれくらいは……と皆許すくらいの話だ。ナディスの評判を落とさんがために悪く言う人もあるかもしれないが、『ならばお前の娘、あるいは息子は同年齢で完璧に振る舞えるのか』と問うことだろう。
「必ず参加しろ、良いな!」
「はい、かしこまりましたミハエル王子殿下」
だが、ナディスはすぐさま国王夫妻や他の招待客の前だということを思い出して、すぐさま対応の修正を行った。
完璧なカーテシーを披露し、貴族令嬢らしい微笑みを浮かべているナディスを誰が否定などできようか。
「ふふ、可愛らしいご令嬢で、しかもとても聡明だなんて……我が国の未来は明るいわね」
「王妃様にそこまで褒めていただき、当家の誉れでございます」
「まぁまぁお上手だこと」
ほほほ、と笑う王妃の様子、そして王妃の隣で満足そうに笑っている国王、ふん、と偉そうではあるが自信満々なミハエルを見ていると、この後に挨拶する貴族にとっては不幸なことだ、と誰かが嘆息した。
あのように完璧な対応を披露され、しかも国王一家の満足度も相当高い上に、次回の約束までいつの間にか取り付けられている。
ああ、ミハエル王子の妃選びはあのナディスが一歩どころか先頭まっしぐらなのだ、と嫌でも見せつけられた。
「(おい……勝ち目なんかないだろう……)」
誰かがそう呟く。
その呟きを聞いて、かつ、自分の娘を連れてきている貴族たちは、まるで『うちの娘はナディスには叶わないのでもう今回は遠慮したい』とでも言わんばかりに引きつり笑いを浮かべている。
だが、主催は国王夫妻であり、判断するのも国王夫妻。
勝手に自分たちが判断して、娘をミハエルに引き合わせないなんてあってはならないことだ、と言外に聞こえるように王妃はじぃ、と会場全体をゆっくり見渡していく。
「ナディス嬢、また会いましょうね」
「はい王妃様、わたくし、とっても楽しみです!」
微笑んでまたカーテシーを披露し、ナディスはちらりとガイアスを見上げる。
よくできました、と微笑んでくれている父を見て、ナディスはどこかほっとしたように微笑む。
それは家族にだけ見せるもので、対外的に見せる微笑みとは種類が異なっているものだが、たまたま国王夫妻には見えておらず、会場の、ヴェルヴェディア公爵親子の近くにいた人たちだけが見ることができたもの。
ナディスの見目は大変麗しいため、その微笑みに打ちぬかれた令息もいたようだが、きっと勝ち目はない。ナディスの心はもう既に、ミハエルに囚われているのだから。
「それでは陛下、わたしたちはこれにて失礼いたします。ナディス、行こうか」
「はいお父様。国王陛下、王妃様、そしてミハエル王子殿下、またお会いできる日を心待ちにしております」
うんうん、と頷いている国王夫妻とミハエルに背を向けガイアスとナディスは悠々と歩いて会場を後にした。
馬車が待機しているところまで案内係と王宮に使える護衛騎士に守られて歩き、ヴェルヴェディア公爵家の家紋のついた馬車に乗り込んで、合図をすれば御者によってゆっくりと馬車は走りだす。
走り出して少しして、ガイアスと向かい合わせに座っていたナディスがふるふると震えだす。おや、と思っているとナディスが顔を覆って思いきり叫んだ。
「王子様ですわ!!!!!!!!!!」
「うん、お父様は予想出来ていたけれど落ち着こうね、ナディス」
「だってお父様、まさしく王子様ですわ!! わたくしの理想そのものでしたもの!!」
うん知ってる、とガイアスは内心呟いた。
そして、これが国王夫妻の前で出なくて良かった、と心の底から思う。
さすがにこれを見られると、王子の妃としていかがなものかと言われかねなかったが、普段の厳しすぎる教育が良かったおかげか、どうにか鋼のメンタルでおさえこんでいたようだった。
だが、もう馬車に乗ってしまえば、勝手知ったる何とやら。
ヴェルヴェディア侯爵家の御者は、ナディスのこの性格をきちんと把握しているから、馬車の中で叫ばれようとも別に動じたりはしない。
「どうしましょう、王妃様や陛下、ミハエル様にご招待されてしまったわ!」
「そうだね、失礼がないようにしないといけないよ?」
「分かっております。ねぇお父様、お母様もちゃんとご一緒できるようにしてね! だってご夫妻がそう仰っていたわ!」
「分かっているから落ち着きなさい、ナディス」
「……うぅ……だって……」
今回の出会いは、ナディスにとって最高だった、ということだろうかとガイアスは予想する。
まさかナディスがここまで衝撃を受ける程に、ミハエルがナディスの好みばっちりだと予想できただろうか。
王家に気に入られることは大変嬉しいのだが、ガイアスにはただ一つ心配なことがある。
このナディスの性格、ということだ。
「(あんなにもミハエル殿下がナディスの好みだとは思わなかったな……。暴走しなければ良いのだが……)」
小さくため息を吐いたガイアスだが、既に次回の約束がある以上、貴族として逃げるわけにはいなかい。
しかも次回は妻であるターシャも同席するように、とのことだから本格的に色々な話が進んでいってしまうかもしれないことを思いながら、向かいの座席でミハエルがどれだけ素敵だったのかを語るナディスを宥めつつ、帰り道を楽しんだのであった。