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3.指輪の活用法

 翌日にはエドアルドたちはアマティ公爵領に帰ってしまった。

 朝食後に馬車に乗り込むエドアルドにリベリオはハグをして送り出した。リベリオも学園に行かなければいけなかったので、制服姿だった。エドアルドとハグをすると、ダリオも順番で並んでいて、かわいい弟のことも抱き締める。

 ダリオを抱き締めながらリベリオは考えてしまった。


 エドアルドへのハグは婚約者に対するもので、愛情を込めたものなのだが、そこにダリオが混ざってくるのでリベリオの気持ちは通じていないのではないだろうか。同じようにエドアルドもダリオが混ざってくるので、リベリオを家族としてしか愛していないのではないだろうか。

 気付いてしまうと寂しくなる。


 リベリオの「好き」は恋愛感情を伴ったものなのに、エドアルドの「好き」が家族に対するものだったとしたら、リベリオは虚しくなってしまう。

 自分のことを「エド」と呼ばせたり、二人きりになると抱き締めてきたりするのも、全部家族としての親愛の情なのだろうか。


 政略結婚なのだからエドアルドはリベリオを愛する義務などないのだと分かっているが、愛してほしいと願う気持ちは止めることができない。

 どうすれば愛されていると実感することができるのだろうか。

 一緒の時間をもっと持ちたかったのにエドアルドはアマティ公爵領に帰ってしまった。


 学園に行ってもリベリオの憂いは晴れず、ビアンカとジェレミアとのお茶の時間に大きなため息をついてしまった。

 学園に入学してきたばかりのジェレミアは今日が初のお茶会だ。黒髪に青い目を見ていると、エドアルドと似ていてエドアルドのことを思い出してしまう。

 感情を表情に乗せられないエドアルドだが、その感情が揺らぐと青い目が紫色を帯びる。青い目に通る動脈に血が通って、青に赤が混じって紫色を帯びるのだと分かっているが、同じ青い目のジェレミアやビアンカ、アルマンドにその傾向を見たことはなかった。エドアルドだけの特徴なのだろう。


「大きなため息ですわね。わたくしとジェレミアだけのお茶会は退屈ですか?」

「そ、そんな! 違います!」


 苦笑するビアンカに首を振れば、ジェレミアがリベリオの顔を覗き込んでくる。


「リベリオ様は寂しいのでしょう? わたしも分かります。アルマンド兄上が王太子としての教育を受けるようになって、忙しくてほとんど会えなくなりました。わたしは兄弟だし、同じ王宮に住んでいますが、リベリオ様はエドアルド兄上がアマティ公爵領に帰ってしまったのでしょう。寂しいと思います」


 聡明なジェレミアはそこまで見抜いていたのだ。

 優しい声をかけられてリベリオは小さく頷く。


「エドアルドお義兄様とは毎日通信でお話をする約束をしましたし、週末にはアマティ公爵領に帰ることも許されましたが、距離があるのはどうしても寂しくて」

「三年間も離れていなければいけないのでしたら、寂しくもなりますよね」


 同情的なジェレミアに、リベリオは素直にその通りだと言う。


「それだけでなくて、家族とも離れています。これまでずっとエドアルドお義兄様とタウンハウスで暮らしていたのに、一人きりになるのは初めてなのです」


 弱音かもしれないが、ジェレミアとビアンカの前ならば吐いてしまっていいかとリベリオが全部素直に口に出すと、ビアンカが何か思いついたようで紅茶のカップをソーサーに置いた。


「移転の魔法を使ってはどうですか?」

「移転の魔法を?」

「とても難しい魔法だと聞いていますが、魔法具の手助けがあれば魔力さえ使えば発動できる魔法ですわ。移転の魔法を使えば平日に毎日アマティ公爵領に帰るのは難しいかもしれませんが、週末には一瞬でアマティ公爵領に帰れますわ」


 移転の魔法はその名の通り、ひとやものを空間を歪めて移動させて、長距離を一瞬で繋いでしまう魔法だ。

 癒しの魔法しか使えないリベリオには移転の魔法は使えないし、移転の魔法自体非常に習得が難しいと言われている。


「魔法具を使えば……」


 それでも、魔法具の補助があればエドアルドの元に一瞬で飛んで行けると理解すると、リベリオは自分の左手の薬指にはまっている指輪を撫でた。紫がかった青い魔石が埋め込まれている指輪について、魔法具店の店員は言っていなかっただろうか。


――この指輪にはいくつかの魔法をかけさせていただきました。魔石の力でお互いに呼び合う性質を持っており、どちらかが呼べばもう片方のいる場所に転移することができます。それに、想い合うお二人を邪魔するものが近寄れないようにもなっております。通信の魔法もかけてありますので、魔法を展開するとお互いの立体映像が現れて、通信することができます。


 お互いに呼び合う性質を持っていて、どちらかが呼べばもう片方のいる場所に転移することができるということは、エドアルドに呼んでもらえばリベリオはエドアルドのいる場所に転移する魔法をかけられるという意味ではないだろうか。


「エドアルドお義兄様がこの指輪にお互いのいる場所に転移できる魔法をかけるように注文してくださっているのです。これは使えるでしょうか?」

「魔石の魔力が消耗するから、毎日は使えないでしょうが、魔石に魔力を注ぎながらだったら、毎週末くらいだったら使えるのではないですか?」


 指輪を見てくれてビアンカが教えてくれる。

 それだけでリベリオは目の前が明るくなってきた気がしていた。


 アマティ公爵領のお屋敷に行くには馬車と列車を乗り継いでいかなければいけなかったので、どうしても時間がかかってしまう。休みの前の日の学園から帰ってから出発してもアマティ公爵領のお屋敷に着くまでには夜になってしまうし、休みの最後の日には昼までにはアマティ公爵領を出なければいけない。

 少しでも長くエドアルドとの時間を持ちたいリベリオにとっては、この移動時間が長すぎることが悩みだった。


 それをこの指輪は一瞬で解決してくれる。


「ビアンカ殿下、教えてくださってありがとうございます。魔石に魔力を注ぎながら、週末だけ使えばアマティ公爵領への移動が楽になりそうです」

「リベリオ様は分かりやすいですわね。もう明るい顔になった」

「エドアルド兄上が本当にお好きなのですね」


 ビアンカとジェレミアに微笑ましく言われて、リベリオは赤くなる頬を押さえる。


「そ、そんなに分かりやすいですか?」

「エドアルドお兄様もリベリオ様に愛されていて幸せでしょうね」

「分かりやすい方がいいですよ。エドアルド兄上は分かりづらすぎるから」


 王家の姉弟に応援されて、リベリオはやっと気持ちが明るくなってきた。


 お茶会が終わると学園での時間も終わる。

 馬車で王都のタウンハウスに戻ると、リベリオは今日出された宿題を全て終わらせた。

 宿題が終わると、夕食の時間になって、食堂で一人、夕食を食べる。家族がいるときには広く感じられない食堂も、一人だとひどく寂しく感じられた。

 お風呂に入って寝る準備も終えて、リベリオは左手の薬指の指輪に魔力を込めた。


「エドアルドお義兄様、今、いいかな?」

『リベリオ』


 指輪に埋め込まれた魔石が光って、エドアルドの立体映像を映し出す。部屋の中に小さなエドアルドがいるような気持になって、リベリオは自然と笑顔になる。


「ビアンカ殿下とジェレミア殿下からいいことを聞いたんだ。聞いてくれる?」

『なにかな?』

「この指輪のことだよ。魔石の魔力が尽きてしまうから、毎日は無理だけど、毎週末だったらこの指輪の移転の魔法でエドのところに飛んでいける。つまり、王都からアマティ公爵領への移動時間を短縮できるってことなんだ」


 帰りは馬車と列車を乗り継がなければいけないが、行きだけでも時間を短縮できれば、休みの前の日の夕食から一緒にいられるかもしれない。

 その話をすればエドアルドはゆっくりと頷いていた。一日も離れていないのに、立体映像のエドアルドの姿が懐かしく愛おしく思われる。


『リベリオに会いたい』

「わたしもエドに会いたいよ……」


 大好き。


 その言葉をうまく口にできないリベリオに、エドアルドが小さく呟く。


『リベリオは、ビアンカのこと……』

「ビアンカ殿下のこと? ビアンカ殿下はわたしとエドが会える方法を考えてくれたんだよ。ありがたいよね」

『帰りも移転の魔法が使えるようにできないか、魔法具店に聞いてみる』

「帰りまで!? そうなると、エドと一緒の時間が増えて嬉しいなぁ」


 心のままに口に出せばエドアルドが胸を押さえている。


『ぼくが移転の魔法を習得すれば』

「エドはアマティ公爵領で執務があるし、アマティ公爵領の家族にも会いたいし……」


 エドアルドが移転の魔法を習得して一人でタウンハウスに来てくれれば二人きりの時間が過ごせるのだが、リベリオはそれは心臓がもたない気がしていた。エドアルドと九歳から二人きりで暮らしていたが、リベリオはエドアルドのことをはっきりと恋愛対象として意識している。

 今二人きりになってしまうと、挙動不審になってしまいそうだ。


「気持ちは嬉しいけど、無理をしないでね」

『リベリオ』

「エド」


 お互いの名前を呼び合って、なんとなく恥ずかしくなってしまって、リベリオは「お休みなさい」を言ってエドアルドとの通信を切った。

 エドアルドの低くてリベリオには甘く感じる声が、いつまでも耳の中に残るようだった。

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