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2.アマティ公爵領に帰る前に

 リベリオの学園進級の日まで一家は王都のタウンハウスにいた。数日前にはアウローラの誕生日のお茶会が開かれたばかりだったし、リベリオの進級を見届けてアマティ公爵領に帰るつもりだったのだ。


 学園に向かうリベリオをハグすると、ダリオが羨ましがってリベリオに抱き着いている。


(お兄ちゃんのは婚約者のハグ! だーたんのは兄弟のハグ! ちょっと違うけど、かわいいリベたんとだーたんが抱き合っているのは尊い! これは素晴らしい光景だ!)


 心の中で拝みつつ、帰ってきたリベリオにもハグをして、ダリオとリベリオが抱き締め合うのも心の中で拝む。


「エドアルドおにいさまとリベリオおにいさまだけ、ずるいよ」

「ぼくはリベリオの婚約者」

「こんやく……けっこんのやくそく……それならしかたないか。エドアルドおにいさまにいちばんはゆずってあげる」


 五歳児なりに理解を示してくれて、リベリオの一番はエドアルドに譲ってくれるというダリオの気持ちも嬉しい。

 エドアルドもダリオを抱き締めた。


 その後でリビングで家族で憩いの時間を持ったのだが、リベリオは自分が戦いの才能がないことを嘆いている様子だった。


(リベたんは戦わなくていい! リベたんにはひとを癒すという崇高な能力があるのだから、無理に戦うことはないよ! リベたんはお兄ちゃんが守る!)


 心に誓えば、ダリオもアウローラもジャンルカも、レーナまでもリベリオを守ると言っている。病弱だったリベリオがこんなに健康に生きていてくれているだけでエドアルドは素晴らしいと思っているし、リベリオが苦手なことはエドアルドがすればいいのだ。それが夫夫ふうふというものではないだろうか。

 そのことはうまく言えなかったがリベリオに気持ちは伝わったようだった。


 それから、リベリオは嬉しいことを言ってくれた。

 王都とアマティ公爵領は隣接しているので移動時間はそれほどかからない。週末のたびにアマティ公爵領に帰ってきてくれるというリベリオに、エドアルドの心の中でパレードが始まる。


(リベたんが週末には帰ってきてくれる! 週末には生リベたんと会うことができる! 学園の長期休みまで離れているだなんて、お兄ちゃん寂しすぎて無理だったけど、リベたんもだったんだね! 二人の思いは同じ! リベたん、結婚しよう! あ、結婚するんだった!)


 思わず心の中でプロポーズをしてしまうエドアルドに、リベリオは更にかわいいことを言う。

 平日は毎日夕食後、お風呂に入った後で通信してくれるというのだ。


(ま、待って! それって、湯上りのほかほかのリベたんが立体映像で映るってことでしょう!? しかもパジャマ姿!? 一度はリベたんと一緒に寝たこともあるけど、あれはリベたんが危険だったかもしれなかったからで、リベたんのパジャマ姿を毎日拝めるだなんて、これはなんというご褒美なの!? 神様ありがとう! あぁ! 鼻血出そう!)


 これまでの暮らしでも何度もリベリオの前で鼻血が出そうになったことはあったが、いつも鼻の粘膜が堪えてくれていた。普通に話しているのに、いきなり鼻血を吹いたらリベリオを心配させるし、不審者になってしまう。エドアルドは必死に鼻を押さえて我慢していた。


 鼻血を堪えるのに必死で、リベリオが先見の目について言ったときに、「いや、違う」としか言えなくて、上手く否定できなかったのはいつものことだった。

 リビングでの家族の憩いの時間が終わると、エドアルドはリベリオに部屋に呼ばれた。

 ウキウキして心の中でスキップしながらリベリオの部屋に行くと、リベリオはエドアルドにソファを勧めて自分はエドアルドの横に座った。

 三人掛けのソファだが、体の大きなエドアルドと男性として成長してきたリベリオが座るとちょうどいい広さになる。


「エドアルドお義兄様……じゃなかった、エドアルド、わたし、ビアンカ殿下に『天使のよう』って言われたんだ」

「リベたんは天使」

「エドアルド!?」


 反射的に答えてしまってから、エドアルドはどう弁解するべきか考える。


(いつもリベたんは天使だと思ってるから口から出ちゃったけど、十五歳の男の子が天使って言われるのは嫌かもしれないよね! でも、リベたんは天使なんだもん! ビアンカったら、リベたんを「天使みたい」なんて言って! ぼくの方がずっと長くリベたんのことを天使だと思っていたんだからね!)


 ノンブレスで一気に心の中で言ってからエドアルドは気付く。


(もしかして、ビアンカはリベリオが好きなんじゃないの!? リベリオが学園に入学したころも、一緒に昼食を食べようとしてたし! それにビアンカはぼくと似てるところがある! リベたんに夢中になってもおかしくはない!)


 この国の王女として色んな縁談は持ち込まれているようだが、ビアンカがそれを断り続けているのも、リベリオが原因だったらどうすればいいのだろう。国王陛下はエドアルドとリベリオの婚約を認めてくれたし、王女と言えどもビアンカが入り込む隙はないのだが、リベリオの気持ちはどうなのだろう。


(こんな大きくてごついお兄ちゃんより、華奢でかわいいビアンカの方がリベたんは好き!? どうしよう! お兄ちゃん、どう頑張っても華奢でかわいくはなれない! リベたんが女の子の方がいいって言うなら、お兄ちゃんは……! ダメ! 無理! リベたんを誰かに譲るなんて考えられない! ごめんね、リベたん! 必ず幸せにするから、ぼくと結婚して! リベたん以外と結婚するなんてぼくには考えられない!)


 ビアンカでなくても、リベリオは天使のようにかわいく美しいのだから、狙っている令嬢はたくさんいるはずだ。令嬢だけではないかもしれない。狙っている子息もいるかもしれない。

 それを考えてリベリオには魔法のかかった指輪を付けさせているのだが、それだけでは心配になってくる。


「リベリオ、好き」

「え、エド、アルド、わたしも、好き」


 横に座っている華奢な体を抱き締めて耳元で囁くと、リベリオも応えてくれる。その「好き」が家族としてなのか、恋人としてなのか、婚約者としての義務なのか、エドアルドには分からないが、リベリオを手放すことは全く考えられなかった。


(それにしても、「エド」っていい響きー! なにそれ! リベたんがお兄ちゃんのことを「エド」って呼んでくれないかな? 愛称で呼ばれるなんて、恋人同士みたいで興奮するー! リベたん、お兄ちゃんのこと「エド」って呼ばない?)


 妙なところに反応してしまうのも、エドアルドの悪い癖なのだが、そう考えだすとリベリオに「エド」と呼んでほしくてたまらなくなる。


「リベリオ、ぼくのことは『エド』と」

「え、エド?」

「そう呼んでほしい」


 欲望のままに口にすると、リベリオが耳まで薔薇色に染めながら小さく呟く。


「え、エド」

「嬉しい」

「こんな風に二人きりで話す時間が、これからも持てるようにしたいんだ」

「努力する」

「平日の夜は毎日通信で話そうね」

「話そう」


 以前のように心の中だけで完結するわけでなく、短い言葉だがエドアルドもリベリオと会話ができるようになってきていた。

 十二歳のときに読んだ亡き母、カメーリアの日記で、表情が動かないのはカメーリアの遺伝でどうしようもないことだと悟って、膝から崩れ落ちたのだが、喋るのは年々滑らかになっていく気がする。

 更に慣れてくれば、リベリオがエドアルドに先見の目の能力があるなんて誤解も解けるようになるのかもしれない。

 そのときが来るのが待ち遠しいが、今はまだエドアルドはリベリオに短い単語で話すくらいしかできなかった。


(口下手も亡き母上の遺伝みたいだもんなぁ。父上は母上を誤解していたみたいだし。ぼくとリベリオも誤解したまま結婚するのだろうか。できれば誤解は解いて結婚したいな)


 リベリオと結婚するまでにあと三年。

 リベリオが学園から卒業したら、エドアルドはリベリオと結婚できる。


 四年生になったリベリオは結婚への道に一歩近づいた。

 これまで六年一緒にいるのだ。残り三年も問題なく過ぎていくだろう。


「エドを部屋に呼んだのは、気を付けてほしいって言いたかったからなんだ」


 自分では戦う術がないと悩んでいるリベリオなのに、エドアルドを心配してくれている。


(なんて、リベたんは心優しく健気なんだろう! こんなリベたんと結婚出来るだなんて、お兄ちゃんは世界一の幸せ者です! 天使のリベたんには結婚式には羽根を付けてもらおうか? いや、それは露骨で派手すぎるな。タキシードの背中に純白の羽根の刺繍をしてもらうのもいいかもしれない)


 リベリオは真剣に心配してくれているのに、エドアルドは浮かれ切って結婚式の衣装のことまで考えてしまっている。浮かれて脳内で踊り出しそうになっているエドアルドに、リベリオが声を抑えて告げる。


「アマティ公爵家は狙われているでしょう?」


(そうだった! 結婚式の衣装のことを考えている場合ではなかった! アマティ公爵家は狙われているんだ! リベたんを誰かが攫おうとしてくるかもしれない!)


 それに関しては若干心当たりがないわけではなかったが、憶測の段階なのでリベリオに伝えることはできない。


「リベリオ、気を付けて」

「気を付けるのはエドもだよ? エドはアマティ公爵になるんだからね!」


 戦う術を持っていないリベリオと、剣術も魔法も首席で学園を卒業したエドアルドのどちらが危険かといえば、リベリオに決まっているのに、リベリオはエドアルドのことを考えてくれる。


「ぼくは平気」

「そうは思ってる。エドには属性魔法もあるし、剣術もある。それでも離れていると心配なんだ」


 なんて優しいリベリオ。

 エドアルドが心の中で手を組み、祈りのポーズになる。


(尊い! リベたんはどうしてそんなに尊いの? 優しさと尊さの塊なんだけど! この尊さを永久に失わせたくない! リベたんを傷付けるものがいたら、ぼくは許さない! 出会った最初から変わらないこのリベたんの尊さ、守りたい!)


「さいしょ……」


 心の声が口から少し漏れていたようだ。

 エドアルドの言葉を聞いてリベリオが蜂蜜色の目を見開く。


「宰相? エド、もしかして、宰相が黒幕なの!?」

「それは……」


 疑ってはいるけれど全く確証のないことを言い当てられてエドアルドの心臓が跳ねる。

 宰相のボニート・フレゴリ侯爵のことはエドアルドも黒幕ではないかと思っていたけれど、証拠が全くない。それに、今言おうとしたのは「最初」であって、「宰相」ではなかった。


「先見の目で見えたんだね。分かった。宰相には気を付ける。先見の目があっても証拠がないと追い詰められないだろうから、宰相が黒幕だってことを証明しなければいけないね!」


 そんなこと一言も言ってない。


(リベたん、違うんだ! 怪しいとは思ってるけど、先見の目とかじゃないし! どうしてこれだけはリベたんに伝わらないんだろう! 動け、ぼくの口! リベたんに先見の目のことを伝えるんだ)


「違う」

「そうだよね。今はそう言うしかないよね。証拠がないんだもの。証拠を集めないといけないね。義父上にはこのことは?」

「話さないで」

「報告した方がいいと思うんだけど、エドがそう言うなら話さない」


 これ以上誤解を広めたくなかったし、魔物の大発生のときのような大事にしたくなかったのでエドアルドが必死に言えば、リベリオはジャンルカに相談することだけは控えてくれた。


(せっかくのリベたんとの二人きりの部屋なのに、色っぽいことは何もないし。いや、期待してなかったわけじゃない。期待するでしょ? 部屋に来てなんて言われたら!)


 煩悩と戦いつつ、エドアルドはリベリオの部屋を出たのだった。


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