秋になって、アウローラの誕生日のお茶会が終わるとリベリオは学園の四年生になった。
進級するときには家族は王都のタウンハウスにいてくれて、リベリオを祝ってくれた。
特にエドアルドが喜んでくれていたような気がする。
進級の日に学園に行くときにはハグをして送り出してくれた。
「エドアルドおにいさまとリベリオおにいさまだけずるいー!」
見送りに来たダリオが自分もハグをしたいと主張して、抱き締めたのもいい思い出だ。
四年生に進級してもビアンカが委員長に立候補して、リベリオは副委員長になった。
クラスは身分の順に分けられているので、クラスメイトの顔触れは変わらない。上位の貴族の方が貴族としての教育を厳しくされているので、ビアンカやエドアルドに絡んでくるものなどいない。四年生も順調に始まろうとしていた。
「今年の入学式にはジェレミアが一年生になります。ジェレミアをわたくしたちのお茶会に誘ってもよろしいですね?」
「もちろんです、ビアンカ殿下」
エドアルドとアルマンドが卒業する前には、アルマンドが主催になってエドアルドとリベリオとビアンカを招いてお茶会を開いてくれていた。お茶会の主催はビアンカに引き継がれて、今後はジェレミアが仲間に入ることになる。
お茶会を主催することも、参加することも貴族教育として必要なので、お茶会の時間までが学園での勉強時間とされていた。
「リベリオ様が入学されたときのことを思い出しますわ。わたくしと同じ年なのに、とてもかわいらしくて……失礼でしたらごめんなさい」
「いいえ、あのころはビアンカ殿下よりも身長が低かったですからね」
「リベリオ様は絵画から抜け出してきた天使のようでしたわ」
エドアルドと少し雰囲気の似ている青い目を細めてビアンカが言うのに、リベリオはちょっと恥ずかしく頬を押さえる。
「天使などと言われるのは恥ずかしいですね。わたしは男ですし」
「今でも身長は伸びられましたが、天使のようですわ」
「もう子どもではないつもりなのですがね」
並んで立つとリベリオの方がビアンカよりも頭半分大きい。エドアルドほど身長は伸びない気配だが、リベリオもそれなりに男らしくなってきていた。
それなのにすぐにまだあどけなさを残す丸みのある頬と、蜂蜜色の大きな目、ふわふわの蜂蜜色の髪が天使を連想させるようだ。
エドアルドに言われるのならば嬉しいが、ビアンカに言われると照れてしまう。
「そんなことは恥ずかしいので言わないでください。今年一年もよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
話題を逸らすと、ビアンカは優雅に一礼して学園から帰る馬車に乗り込んでいった。
リベリオも学園から帰る馬車に乗った。
馬車でアマティ家のタウンハウスに戻ると、エドアルドが出迎えてくれてハグしてくれる。ダリオも待ち構えていて、リベリオに抱き着いたので、抱き返した。
「リベリオおにいさま、けんじゅつをならいはじめたんだよ! すじがいいってせんせいはいってくれてる」
「ダリオはエドアルドお義兄様に似ているのかもしれないね」
「アウローラおねえさまににているとうれしいなぁ」
「アウローラも剣術では免許皆伝をもらっていたね」
エドアルドは学園で六年間首席を取っていたし、剣術でも一番、魔法でも一番の成績を修めていた。リベリオは座学の成績はいいのだが、剣術が全くできないし、魔法は癒しの魔法しか使えない。
火、水、土、風、全ての属性を持っているエドアルドに対して、リベリオは癒しにだけ特化しているので攻撃は全くできないのだ。
剣術では先生に免許皆伝をもらっているアウローラに敵わないどころか、相手と対戦するとなると怖くて目を開けていられなくて、全く役に立たない。
「わたしは臆病だからな」
「リベリオは繊細」
「エドアルドお義兄様」
「リベリオは無理に戦わなくていい」
ぼくが守るから。
落ち込みそうになるとエドアルドはいつもリベリオの心を救い上げようとしてくれる。
「わたくしもリベリオお兄様のことを守るわ!」
「アウローラはアルマンド殿下のところに嫁ぐのだから、わたしを守ってはいられないよ」
「王太子妃になったらなったで、守り方というものがあります」
権力を持てばそれなりにリベリオを守れるという十歳の妹にリベリオは空恐ろしくなってしまう。
「わたしも宰相になるのだから、リベリオを守る手段が増えるよ」
「義父上……」
「わたくしも宰相夫人になるのですから、リベリオを守れますわ」
「母上まで、わたしは守られなければいけない対象なのですか?」
少し拗ねて見せると、リビングのソファに座ったエドアルドがリベリオの手を引いて横に座らせながら囁く。
「リベリオが大事」
「そうだよ。わたしたちはみんな、リベリオを愛しているんだ」
「リベリオおにいさまはわたしのうしろにかくれていればいいよ」
「わたくし、リベリオお兄様のことが大好きなのよ」
「リベリオはずっと苦しい思いをしてきました。これからは幸せに生きてほしいのです」
エドアルドにも、ジャンルカにも、ダリオにも、アウローラにも、レーナにも言われて、リベリオは決してか弱いわけではないが、この家族の中ではまだ病弱だったころのリベリオの記憶が残っていて、守らなければいけない対象なのだろうと理解する。
「明日にはアマティ公爵領に戻らなければいけないが、リベリオは護衛をしっかりと付けて、守ってもらうのだよ」
ジャンルカの言葉にリベリオは一抹の寂しさを感じる。
明日からは王都のタウンハウスでリベリオだけの暮らしになる。
ジャンルカはエドアルドの教育のためにアマティ公爵領に戻るし、レーナもアウローラもダリオもアマティ公爵領に帰ってしまう。
冬休みに入ればリベリオもアマティ公爵領に帰れるのだが、それまでの日にちが長く感じられる。
「義父上、週末にアマティ公爵領に帰ってはいけませんか?」
「移動が大変ではないか?」
「わたしも家族と一緒に週末は過ごしたいのです」
週末には学園は二日間休みになる。休みの前日に学園が終わってから、荷物を用意しておいて列車に乗ってアマティ公爵領に行き、休みが終わる日の夕方までに王都のタウンハウスに帰ってくれば、学業には支障をきたさないはずだ。
「学園での宿題もアマティ公爵領でエドアルドお義兄様に教えてもらいながらやったら、すぐに終わると思うのです」
「エドアルドは優秀だったからね。リベリオがいないのはわたしも寂しい。エドアルドもそうだろう?」
「寂しい」
「それなら、無理のない程度に週末は帰っておいで」
ジャンルカに許可をもらってリベリオは嬉しくてエドアルドの顔を見詰めた。エドアルドもいつもの無表情だが、口角が僅かに上がっているような気がする。
僅かな表情の変化に気付けるようになったのも、リベリオがエドアルドと長い時間向き合ってきたからだった。
「平日は、この指輪で通信すればいいよね?」
「待ってる、リベリオ」
「毎日、夕食後、お風呂に入ってからエドアルドお義兄様に通信で話しかけるよ。エドアルドお義兄様もその時間は起きていてね」
「もちろん」
もう六年も一緒にいるので、エドアルドとの意思疎通も滑らかになってきた。表情は相変わらずほとんど動かないが、エドアルドは前よりもよく喋ってくれるようになったと思う。それがリベリオを気遣うような優しい口調であることは、リベリオの勘違いではないと思っている。
「毎日通信してたら、魔石に込めた魔力がなくならないかな?」
「また毎日込めればいい」
「そうか。そうだね」
指輪にはまっている魔石にはリベリオが魔力を込めた。魔力核と魔力臓のバランスが取れていなくて溢れ出た魔力を込めていただけなのだが、これからは毎朝指輪の魔石に魔力を込めればいい。
毎日の積み重ねで少しずつたまった魔力なのだ。注ぎ続けていれば枯れることはないだろう。
「エドアルドお義兄様は明日にはアマティ公爵領に戻ってしまうのか」
「寂しい」
「わたしも寂しいよ。週末には会いに行くからね」
離れている時間がこれまでなかっただけに、エドアルドと離れるとどんな生活になるのかリベリオは想像できない。九歳以前はエドアルドと一緒に過ごしていなかったのに、それ以後のエドアルドと一緒に過ごした時間の方がリベリオの中では大きくなっていた。
「先見の目で何か見えたら、わたしにすぐに相談してね。学園にいるとき以外だったら、いつでも通信を受けるから」
「リベリオ、先見の目は」
「そうだね。乱用してはいけないものだし、エドアルドお義兄様も見たくはないものを見てしまうかもしれないものね。軽々しく口にしてごめんなさい」
反省するリベリオに、エドアルドは「いや、違う」と言ってくれるが、リベリオはエドアルドがこれまで見てきた凄惨な未来を思うと、エドアルドに先見の目を積極的に使ってほしいとはいえなかった。
湖畔の別荘に行ったときにアマティ公爵家の馬車が狙われたように、アマティ公爵家を狙う相手は間違いなく存在するのだ。
それが誰なのか、リベリオにはまだ全く分かっていなかったが。