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30.浮かんできた疑惑

 湖畔の別荘でジャンルカに頼み込んでリベリオと同室にしてもらったのはいいが、それにダリオが加わった。


(リベたんと二人きりの時間がー!? いや、だーたんもかわいいよ? かわいいんだけど、リベたんと二人きりで思い出に浸る時間は? ぼくの野望は!?)


 ダリオにはエドアルドの下心など見え見えだったのかもしれない。大事な兄であるリベリオをエドアルドの魔の手から守るために、一緒の部屋で過ごすと言い出したのかもしれない。

 五歳のダリオにそんな知恵はないと分かっていても、エドアルドはリベリオとの二人きりの時間がなくなったことで意気消沈していた。

 同室になると部屋でダリオはリベリオとエドアルドの婚約についても、五歳児らしい疑問をぶつけてきた。


(そうだよねー! だーたんにとっては、リベたんもお兄ちゃんも、血の繋がった兄なのに、兄同士が結婚するって不思議だよね! だーたんに説明するリベたんの丁寧なこと! 兄の鑑だね! それに対して、ぼくは、リベたんと二人きりになることばっかり考えて、だーたんに嫌われちゃうかも)


 話を聞いていると、リベリオのことを尋ねられたので、当然「好き」と答えると、リベリオがはっとしたようにエドアルドを見た。


(リベたん、今、お兄ちゃんのこと「好き」って言ったよね? お兄ちゃんもリベたんのことが好きだよ? でもその「好き」は全然違うもの!? リベたんはお兄ちゃんのことを義兄として「好き」で、お兄ちゃんはリベたんのことを婚約者として「好き」ってこと!?)


 今日半日色んなことがありすぎて疲れたダリオがお昼寝をしにベッドに行った後、ベッドのあるスペースとソファのあるスペースを区切るカーテンを閉めて、リベリオがエドアルドに聞いてくる。


「え、エドアルドは、わたしのこと……」


 呼び捨てにしてほしいとお願いしたので、リベリオは一生懸命エドアルドの名前を呼んでくれている。


(好きってさっき言ったよ? リベたんのことが好き! お兄ちゃんはリベたんと結婚したいんだから、当然そういう好きだよ? え!? リベたんは違うの!?)


 思わず「リベリオは?」と聞き返すと、リベリオも「え、エドアルドこそ!」と聞いて、問答になってしまう。

 挙句に、婚約を後悔しているかなどと聞かれて、エドアルドはリベリオに気持ちが全然通じていないことに気付いてしまった。


(ぼくはこんなにリベたんのことが好きなのに、リベたんには全然通じていない! これはもう、実力行使に出るしかない! リベたん! ぼくは! リベたんが! 好き!)


 十五歳になってもまだ丸みを帯びた薔薇色の頬に手をやって、そっと口付けようとしたが、それはダリオが起きてきたので実行できなかった。


(危ない! もう少しでお兄ちゃん、リベたんの唇を奪ってしまうところだった! まだリベたんは十五歳! 早すぎる! だーたんが止めに入ってくれてよかった! リベたんに気持ちが通じないものだから、ついつい焦りすぎちゃった!)


 反省しつつも、驚いたように見開かれた蜂蜜色の目が、蜂蜜色のきらきらとした睫毛に縁どられて美しかったことを思い出して、エドアルドは密かに生唾を飲み込んだのだった。

 リベリオは相変わらず天使のようで、美しい少年に育っている。体付きが十五歳の男性にしては若干華奢なのも、その美しさを引き立てる。

 薄い胸板や腹、細い腰、すらりとしたしなやかな脚。全てが神に愛されているとしか思えないほどの造形である。


 それに対してエドアルドは身長は高すぎるし、胸板は厚く、体付きもがっしりとしている。

 こんな大きな男に迫られたらリベリオは怖かったのではないだろうか。


(リベたん、何も怖いことはないからね。お兄ちゃんはリベたんを襲ったりしない。そのつもりだけど、どうしよう、リベたんがぼくのこと受け付けなかったら……)


 この国には同性同士でも子どもを作ることができる魔法薬が安全に出回っていて、エドアルドは病弱で細い体のリベリオに無理をさせるつもりはなかったので、当然自分が魔法薬を飲んで子どもを妊娠、出産するつもりだった。

 しかし、リベリオがエドアルドに対してそのような欲を抱くかについては疑問が残る。


(リベたんが無理なら、お兄ちゃんはだーたんの子どもを養子にもらってもいいし、子どもがいなくてもいいんだけど……公爵となると周囲がそれを許さないかもしれないなぁ)


 帰りの馬車の中で気の早いことを考えていると、リベリオが刺客について話していた。

 刺客はあらかじめ魔法がかけられていたようで、捕まったら自分たちが何をしていたかすら分からなくなってしまったようなのだ。魔物の大暴走を起こそうとしたときと同じく、黒幕が分からなくなってしまった。


 どうあろうとリベリオは自分が守る。

 自分の手より小さなリベリオの手を握って告げるエドアルドに、リベリオは「王都に行っても気を付けるね」と言った。

 それでエドアルドは思い知る。


(この夏休みが終わったら、リベたんは王都に、お兄ちゃんはアマティ公爵領に、離れなければいけないんだ……。リベたんのいない毎日をぼくはどうやって過ごせばいいんだろう)


 リベリオと出会ってから、エドアルドはずっとリベリオと一緒に暮らしてきた。

 エドアルドが王都のタウンハウスから学園に通うようになったら、魔力核と魔力臓のバランスが取れていないリベリオの魔力を受け渡してもらうために、リベリオも王都のタウンハウスに住むようになった。

 二人での暮らしは楽しかったし、毎日魔力を受け渡して触れ合ううちに、お互いに理解を深めていった気がする。


 体の成長に伴って、リベリオは魔力核と魔力臓のバランスが取れるようになったし、余った魔力を魔石に込めることもできるようになっていた。

 離れても構わないと分かっているのだが、エドアルドはリベリオのいない生活が考えられなかった。


 夏休みが終わりに近付いて、リベリオとエドアルドは、ジャンルカとレーナとアウローラとダリオと一緒に王都のタウンハウスに来ていた。リベリオを送るというのもあったのだが、王都のタウンハウスでアウローラの十歳の誕生日を祝うお茶会が開かれるのだ。

 お茶会にはアウローラの婚約者のアルマンドも招かれていた。


「アウローラ、お誕生日おめでとう!」


 王家の馬車で現れたアルマンドはグレイのフロックコートを身に纏って、真っ白な夏咲きの薔薇の花束を持って現れた。


「ありがとうございます、アルマンド殿下」


 アウローラはオールドローズの落ち着いたドレスを着て、髪をリベリオが選んだ端に白いレースの付いた空色のリボンでハーフアップにしてアルマンドを迎えた。


「エドアルド、公爵としての勉強は進んでいるかな? 父上は早く叔父上が宰相になってくれるのを待っているよ」


 アルマンドに声を掛けられて、エドアルドは老宰相の噂を思い出した。


「今の宰相……」

「フレゴリ卿のことは、父上も叔父上も疑っている」


 前の国王陛下、つまりはエドアルドの祖父の代から宰相を務めているボニート・フレゴリ侯爵は、現在はほとんど政務に関わっていないという噂である。それは現在の国王陛下がフレゴリ侯爵を遠ざけているのだが、それでいて宰相の地位にはいるので、宰相の給料だけはもらっているという状態になっている。

 形だけの宰相を国を支える重鎮に変えるために、国王陛下はジャンルカに宰相になってもらいたがっているが、それがフレゴリ侯爵にとっては目障りであることには違いない。


 アマティ公爵家を狙ってきている黒幕は、フレゴリ侯爵なのではないか。


 エドアルドの胸に一つ疑惑が浮かんできた。


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