湖畔の別荘に行く馬車の中で、リベリオはエドアルドのことを「エドアルド」と呼び捨てにしてくれた。二人きりのときには「エドアルド」と呼ぶようにお願いしていたので、エドアルドはそのことがものすごく嬉しかった。
(リベたんの「エドアルド」呼び、いただきましたー! リベたんがお兄ちゃんのことを「エドアルド」って呼んでくれるだなんて、恋人みたい! いや、ぼくとリベたんは婚約者! もう結婚したも同然だよね!)
心の中ではウエディングベルが鳴り響き、エドアルドはもうリベリオと結婚したつもりになっていた。湖畔の別荘もジャンルカとレーナが新婚旅行のときに来た場所だ。これは実質リベリオとエドアルドの新婚旅行なのではないだろうか。
暴走する妄想に気付かれないまま、リベリオと馬車に乗っていると、リベリオが窓を開けて外の風にあたりたいと言ってきた。
馬車の中は魔法で温度管理がされているし、暑いわけではないのだが、リベリオの顔は真っ赤で暑そうだ。外の風を浴びても生ぬるいだけなのだが、リベリオが外に風にあたりたいというのならば反対はしない。
窓側に座るリベリオが窓を開けて窓の外に視線をやっていると、エドアルドも窓の外が見たくなる。
(今どの辺なのかな? リベたんのお顔で死角になってお兄ちゃんには外が見えないな。リベたん、もうすぐ別荘に着きそう?)
そんな気持ちを込めて問いかけようとして、口から出たのは「しかく……」という単語だけだった。
(リベたん、ちょっとだけ顔をずらしてくれない? お兄ちゃんも窓の外を見たいんだけどな)
本当にそれだけのつもりだったのに、リベリオはそれを「刺客」と聞き間違えてしまって、馬車が襲われると勘違いしたのだ。
(待って待って、リベたん! そんなことお兄ちゃん、言ってないよ!? 馬車を止めないで!? 父上に報告しないで!?)
エドアルドがリベリオを止めようとしてももう遅く、リベリオは馬車を止めさせて、前を走っているジャンルカとレーナとアウローラとダリオが乗った馬車も止めさせて、ジャンルカに事情を話しに行ってしまった。エドアルドも馬車から降りたが、リベリオを止めることができない。
そんなことをしている間に、無邪気に馬車から転がるようにして降りてきたダリオが、魔法弾で撃たれた。
本当に刺客が来たことに驚きつつも、かわいいダリオが撃たれてしまったことにショックを受けるエドアルド。
魔法銃を持っているのは一人だけで、残りは武装して剣で襲い掛かってくるのを、ダリオを撃たれて怒りに燃えたアウローラが護衛の兵士と共に薙ぎ払っていく。
魔法弾を撃とうとする男には、エドアルドが魔法を放った。
「凍て付け!」
魔法銃と手が凍り付いて使えなくなった男は逃げようとするが護衛の兵士に押さえ付けられてしまう。
襲い掛かってきた全員が押さえ付けられてから、リベリオが顔色を変えてダリオに駆け寄ってダリオを癒そうとするが、それは必要なかった。
エドアルドがダリオにお土産として選んだドラゴンの巻き着いた剣のお守りの守護の魔法でダリオは守られていたのだ。
(よかった! だーたんに何かあったら、お兄ちゃんは生きていけない! かわいいかわいいだーたんが無事で本当によかった!)
安堵していると、リベリオがまた勘違いを発動させている。
これを予見してエドアルドがお守りをダリオに持たせたと言うのだ。
(違う違う違う! そんなわけないよ! お兄ちゃんはただ、あのお守りのデザインが格好いいからだーたんが気に入ると思って買っただけだよ! 予見なんてしてないよ! そもそも刺客が来たのだって偶然! こんなに当たるなんてぼく自身怖い……! なにこれ! 何が起きているの!?)
恐怖に震えるあまりリベリオに抱き着いてしまったエドアルドを、リベリオは優しく背中を叩いて宥めてくれた。
捕らえられた男たちは警備兵に引き渡されて取り調べを受けることになって、一家は湖畔の別荘に辿り着いて休むことになった。
前に来たときはエドアルドが十二歳でリベリオが九歳で、同室だったが、今回もエドアルドはジャンルカにお願いしておいた。言葉ではうまく伝えられない気がしたので、ジャンルカに手紙を書いたのだ。
『父上へ。湖畔の別荘はリベリオとの思い出の場所です。父上と義母上の新婚旅行で行ったときに、ぼくとリベリオは同室でした。あのときのことを思い出したいので、今回もリベリオと同室にしてください』
それに対してジャンルカは「婚約者だし、エドアルドは節度を守ると信じているから、同室にしよう」と言ってくれた。
別荘の部屋に入るとリベリオが緊張しているのが分かる。
「エドアルドと、同室なんだね」
「前に来たときも」
「そうだったね。懐かしいよ」
前に来たときと同じ部屋で、ベッドは別々だが大人用の大きなものが入っていて、バスルームも付いた広い部屋に、エドアルドの期待は高まる。
(リベたんと同室な上に、思い出のあのときの部屋だよ! リベたんは相変わらず天使のようだ! こんなリベたんと一緒にいられてお兄ちゃんは幸せだよ!)
刺客について心配なことはあったけれど、リベリオと同室であるという幸せを噛み締めるエドアルドに、リベリオは荷物を広げて楽な格好に着替えている。エドアルドも運び込まれてきた荷物を広げて、楽な格好に着替えた。
「エドアルドが、一緒にいてくれてよかった。ダリオも無事だったし、すぐに魔法で魔法銃を持っている男を凍て付かせたから他に被害者も出なかったし」
「怖かった」
「え?」
「みんなが無事でよかった」
あのときのことを思い出すとエドアルドは背筋が寒くなるような感覚に襲われる。
大事な弟のダリオは撃たれ、家族全員が馬車の外に出ているときに刺客に襲われて、護衛の兵士たちはいたが、エドアルドが魔法銃を持った男を止められなければさらに被害者が出ていたかもしれない。
考えるだけで体が震えて来そうなのに、リベリオがエドアルドの体を抱き締めてくれる。
「エドアルドのおかげで、みんな無事だったんだよ。ありがとう、エドアルド」
「リベリオ」
抱き締め返すとリベリオの細い体がすっぽりとエドアルドの腕の中に納まる。
蜂蜜色のリベリオの髪からはエドアルドと同じシャンプーを使っているというのに、甘い香りがするような気がする。
(リベたんのハグ……幸せ……。怖いことはあったけど、みんな無事だったし、リベたんの誤解は解けないけど、ハグされて幸せだし、今はこれでいいことにしよう)
それにしても、エドアルドの言った言葉をリベリオが曲解するたびに、なぜかそれが当たってしまうのが一番怖い。エドアルドには先見の目などないのに、リベリオが曲解するたびに当たってしまって、なぜこのような結果になっているのかエドアルド自身も理解できないでいる。
(ぼくに先見の目なんてないよね? ぼくはいつも全然違うことを考えているんだもの。それがどうして当たっちゃうの? なんで? 怖いんですけど!)
最初は白鳥が凶暴だからリベリオに気を付けてと言ったら、リベリオが誤解してオウルベアという魔物の大発生を見抜いたことになってしまった。甘いものを勧めようとしたら魔物の大暴走を予見してしまったこともある。今回は窓が死角になって外が見えないから少しずれてほしいとお願いしようとしたら、刺客が襲ってくるのを予見したことになっていた。
(リベたんって、ものすごく思い込みが激しくない? 父上もだけど! なんでこの二人にかかっちゃうと、ぼくが先見の目があることになっちゃうの!? しかも、それが当たるのが怖いんですけど! ぼくは! 何も! 見えてないのに!)
自分に先見の目がないのは確かである。エドアルドには確信がある。なぜなら毎回言うことがリベリオが曲解するだけで、全然予見とは違っているのだ。
これはどういうことなのだろう。
なぜエドアルドの発言をリベリオが曲解すると当たってしまうのか。
その疑問を胸に抱いたまま、エドアルドは答えを出せずにいた。