長い夏休みの間に、アマティ公爵家一家はジャンルカとレーナの新婚旅行で行った湖畔の別荘に行くことになった。新婚旅行以来一度も行っていないので、ダリオはまだあの湖を見たことがないし、別荘にも行ったことがないのだ。
小旅行を楽しみにするダリオとアウローラに、リベリオは別の意味でこの小旅行に胸をときめかせていた。
前に行ったときはリベリオは九歳でエドアルドも十二歳だったので、同室で過ごした。今はエドアルドは十八歳でリベリオも十五歳になっている。同室というわけにはいかないのかもしれないが、そうであったら嬉しいと思っていたのだ。
アマティ公爵家から湖畔の別荘へ向かう馬車は二台に分けられた。人数が多くなっているので仕方がない。ジャンルカとレーナとアウローラとダリオが同じ馬車で、リベリオとエドアルドが同じ馬車だ。
学園に行くときもずっと同じ馬車に二人きりだったし、それ以外のときも二人で馬車には乗っているのだが、エドアルドと狭い空間で二人きりとなるとリベリオは落ち着かなくなってしまう。
「エドアルドお義兄様……いえ、エドアルド、ふ、二人きりですね」
「リベリオ」
二人きりのときは「エドアルド」と呼ぶように言われていたので、必死で呼ぶと、喋り方が敬語になってしまう。緊張するリベリオにエドアルドは手を差し伸べて、リベリオの手を握ってくれる。
九歳のときからエドアルドに毎朝手を握られて魔力を注ぎ込まれていたので、エドアルドの手が心地いいことをリベリオは知っている。
「湖畔の別荘に行くのも久しぶりだよね。前に行ったときは、エドアルドお義兄様がオウルベアの大発生を予言して、わたしたちを守ってくれた」
「ぼくは何もしてない」
「そういう謙虚なところはエドアルドお義兄様の美徳だと思うけど、自分の功績を認めてもいいと思うよ」
「リベリオ、『エドアルド』だ」
「あ、そうだった。え、エドアルド」
つい「エドアルドお義兄様」と呼んでしまうリベリオに、エドアルドが訂正するように口を挟む。言い直してから、本当の恋人のようでリベリオは頬が熱くなってくるのを感じる。
「ちょっと暑いかな。エドアルド、窓を開けてもいい?」
「魔法で温度を下げる?」
「風にあたりたいんだ」
顔が赤くなっているのを誤魔化すように馬車の窓を開けると、夏の生ぬるい風が馬車の中に入ってくる。魔法で馬車の中は冷やされていたので、逆に暑くなってくるのだが、外の風を吸うとリベリオは少し落ち着いてきた。
風にあたっていると、エドアルドがふと口を開く。
「しかく……」
「え!? 刺客!?」
エドアルドの発した言葉にリベリオは慌ててしまった。
「刺客がわたしたちを狙っているの!? 御者、馬車を止めて! 護衛の兵士、すぐに前を走ってる馬車の義父上に知らせて! 刺客が狙ってきている!」
「リベリオ、違う」
「先見の目の能力で見えたんだよね? 刺客はここじゃない違う場所に隠れているの? 護衛の兵士に伝えなきゃ!」
これまでもエドアルドの先見の目の能力は何度もリベリオたちを救ってきた。大急ぎで止まった馬車から駆け下りると、ジャンルカが馬車から降りてリベリオの方にやってくる。リベリオはジャンルカに説明した。
「エドアルドお義兄様が先見の目の能力で見たみたいなんだ。わたしたちを狙う刺客が現れるって。義父上、護衛の兵士たちに周囲を確認させて!」
「分かった、リベリオ。絶対に馬車から出てはいけないよ。馬車の中でエドアルドと身を守っていなさい」
「義父上、ダリオが!」
話していると、前の馬車からダリオが転げ落ちるように馬車のステップを降りて出て来るのが見えた。レーナとアウローラが止めているが、間に合わないようで、ダリオはリベリオとエドアルドの馬車の方に駆け寄ってくる。
「ダリオ、危ないから馬車の中にいなさい!」
「ダリオ、馬車の中に戻って!」
ダリオを追いかけてレーナとアウローラも馬車から出て来て、騒ぎを聞き付けたエドアルドも自分の馬車から出てきている。
全員が馬車から出てしまったところで、湖畔の別荘に続く道の両脇の林から武装した男たちが出てきた。
リベリオは駆け寄ってダリオを抱き締めて捕まえようとしたが、それより先に、武装した男たちの一人が魔法弾を発射する銃を構える。
銃声が響き、ダリオが倒れた。
「ダリオ!? ダリオに何をするの! 許さないわ!」
身に着けていた魔法で中身を拡張された小さなバッグから、身長より長い剣を取り出して、すらりと抜き払ったアウローラが武装した男たちに飛び掛かっていく。護衛の兵士も素早くアマティ公爵家一家を取り囲み、武装している男たちと剣を交える。
魔法弾を発射する銃を構えた男は下がり気味で他の男に守られながら次の獲物を狙っている。
「凍て付け!」
鋭く放たれたエドアルドの魔法が、銃と共に男の手まで凍り付かせて、男は護衛の兵士に取り押さえられた。
武装した男たちが取り押さえられたのを確認して、リベリオはダリオに駆け寄る。ダリオがどんなひどい傷を負っていようと、リベリオは癒しの魔法で助けるつもりだった。
倒れていたダリオを抱き起すと、緑色の目をぱっちりと開けてリベリオを見上げている。
「リベリオおにいさま? どうしたの?」
「ダリオ、どこも痛いところはない? 怪我はしてない?」
ダリオを立たせて、全身をじっくりと見たが、怪我をしている様子はない。魔法弾は反れたのだろうか。それを考えていると、ダリオが悲鳴を上げる。
「エドアルドおにいさまからもらったおまもりが、われちゃった!」
大事に自分のバッグに付けていたドラゴンの絡み付いた剣の形のお守りは真っ二つに割れていた。それを悲しがっているダリオを、リベリオは思わずしっかりと抱き締めてしまう。
「エドアルドお義兄様のお守りが守ってくれたんだよ。もうこんなときに外に出るような危ないことをしちゃダメだからね?」
「ごめんなさい、リベリオおにいさま」
お守りが壊れたこともだが、怒られたことでしゅんとしているダリオに、リベリオはほっとしつつダリオを抱き上げてレーナとジャンルカのところに連れて行った。
「ダリオの怪我の様子は?」
「ダリオは無事なのですか?」
「エドアルドお義兄様がこのことを予言して買っておいた守護の魔法がかかったお守りのおかげで無事です」
「よかった、ダリオ。危険なときに外に出るようなことをしてはいけないよ」
「ダリオ、無事でよかったです」
ジャンルカとレーナにもかわるがわる抱き締められて、ダリオは「ごめんなさい」と反省していた。
「わたし、ばしゃがとまったから、もうついたのかとおもったの。それで、まちがえておりてしまったの。ごめんなさい」
湖畔の別荘に初めて行くダリオはそれだけ楽しみにしていたのだ。まだ五歳なので周囲の状況を的確に読み取れるような年齢でもない。馬車が停まったので湖畔の別荘についたと勘違いして降りてしまったようだ。
ダリオを送り届けてリベリオがエドアルドのところに戻ると、エドアルドもダリオのことを心配していた。
「ダリオは?」
「エドアルドお義兄様が先見の目の能力でお守りを持たせていたから、守護の魔法が発動して無事だったよ。エドアルドお義兄様のおかげだよ」
「よかった」
安堵したのかリベリオを抱き締めて来るエドアルドに、リベリオはその大きな背中に手を回してぽんぽんとそこを叩いて宥めるようにした。
武装した男たちは警備兵に引き渡されて、取り調べを受けることになるらしい。
馬車に乗り直して、リベリオはエドアルドと共に湖畔の別荘に向かった。
今回の襲撃もエドアルドのおかげで先に察知できたし、魔法弾で撃たれたダリオもエドアルドが予見してお守りを持たせていたおかげで助かった。
何事もなかったことに安心しつつも、エドアルドの先見の目の能力のすごさにリベリオは改めてエドアルドを尊敬していた。