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26.お屋敷に帰ってから

 魔法具店でエドアルドはドラゴンの巻き着いた剣の形の手の平大のお守りを見つけて、ダリオとの約束を思い出していた。


(だーたん、一番格好いいものなんて難しいことを言っていたけど、これならいいよね! 絶対気に入るはず! ぼくも小さなころこういうの大好きだったし! だーたん、お兄ちゃんはいいお土産を見つけました!)


 誇らしくそのお守りを買おうとすると、リベリオが両端に白いレースで装飾を施した空色のリボンを持ってきた。聞けばアウローラへのお土産らしい。


(確かに、だーたんにお土産があってアウたんにないのは不公平だもんね! さすがリベたんはいいお兄ちゃんだ! アウたんにもそのリボンを買っていこう)


 ドラゴンの巻き着いた剣の形のお守りとリボンを買うことになったのだが、またリベリオは誤解している。守護の魔法がかかったお守りを買うのはエドアルドが先見の目の能力でダリオに必要だと予知したからだと思い込んでいるのだ。


(だから! お兄ちゃんには! 先見の目なんて! ありません! これは単純にデザインが格好いいから買うだけなの! どうしてリベたんには通じないんだろう……)


 口数が少ないというか、上手にお喋りできないエドアルドにとっては、リベリオが色んなことを察して話してくれるのはとてもありがたいのだが、それ以上の誤解をしてくるから困ってしまう。

 誤解は困るのだが、リベリオがときどきそっと自分の左手の薬指の指輪を右手で撫でていることに気付いて、エドアルドは心の中で鼻の下を伸ばす。もちろん、本当の表情は全く動いていない無表情なのだが。


(あぁ、リベたん、指輪を気に入ってくれたんだね! 嬉しいよ! お兄ちゃんの独占欲が詰まっているような指輪だけど、リベたんが身に着けてくれているのが嬉しい! 大好き! リベたん!)


 エドアルドのリベリオへの愛は深まるばかりだった。

 初めて会ったときから天使のようだと思っていた。リベリオと結婚するだなんて考えもしなかったが、あのときからエドアルドはリベリオに夢中になっていたのかもしれない。今は婚約者になれて本当に嬉しいし、結婚する日が待ちきれないほどだった。


 下調べしておいたフロランタンが美味しい店に行く途中で、エドアルドは学校のそばを通った。学校は一度視察しておきたいと思っていた場所だった。

 アマティ公爵領では学校の授業料も給食費も無料である。そのために貧しい家庭でも一食分子どもに食べさせることができるということで、積極的に子どもを学校に通わせる家庭が多いと聞いている。貧しい家の子どもは労働力にされてしまいがちで、そこにどこまで学問を行き渡らせるかとジャンルカが考えた末に行った政策だった。

 その話をしているとリベリオもジャンルカを尊敬しているような言葉を口にする。


(父上は素晴らしいよね! ぼくも父上のような領主になりたいと思っているよ!)


 リベリオの言葉に頷きつつ、エドアルドは焼き菓子の有名な店に行った。

 焼き菓子の有名な店でフロランタンの説明をしてから、エドアルドは思い切ってリベリオに言ってみた。


「リベリオ、エドアルド、と」

「え?」

「二人きりのときは」


(お兄ちゃん、二人きりのときはリベたんに恋人みたいに「エドアルド」って呼んでほしい! お兄ちゃんもリベたんのことを「リベリオ」って……あれ? これはいつも通りだった。残念! でもリベたんに「エドアルド」って呼んでもらえるの、楽しみにしてるから!)


 「努力します」という答えだったが、いつかはリベリオがエドアルドを呼び捨てにしてくれることを願うエドアルドだった。


 お屋敷に戻って着替えた後で、リベリオの部屋の様子をうかがっていたが、なかなか出てこない。気になって部屋のドアをノックしようとしたところでリベリオが勢いよくドアを開けて出てきた。

 ドアの外に立っていたエドアルドの胸にリベリオが勢い余って突っ込んできてしまう。

 エドアルドはリベリオの細い体を抱き留めた。


(リベたんが、ぼくの胸に飛び込んできてくれたー! リベたんと今抱き合っています! リベたんの体は細いけど、しっかりと男の子って感じで骨ばってて! リベたん! お兄ちゃんはリベたんを!)


 あまりのことに興奮してリベリオを抱き締めたまま動けないエドアルドに、リベリオはしばらく固まっていたようだが、ややあってエドアルドの胸から離れた。

 残念に思いつつも、エドアルドはリベリオと手を繋いで食堂に行った。


 食堂ではお茶の準備がされて、ジャンルカとレーナとアウローラとダリオが席についている。買ってきたフロランタンはお皿の上に乗せられて誰でも食べられるようになっていた。


 紅茶を入れてもらってカップを受け取ると、牛乳を注いでゆっくり飲む。出かけていて乾いた喉を紅茶が潤していく。

 フロランタンを取り分けて齧ってみたダリオの緑色の目が輝く。


「エドアルドおにいさま、リベリオおにいさま、これ、おいしいね!」

「フロランタンって言うんだって。キャラメリゼしたナッツをサブレ生地の上に乗せているらしいよ」

「フロランタン、おいしい! エドアルドおにいさま、リベリオおにいさま、ありがとう!」


 大喜びで食べているダリオに、リベリオも手を伸ばしてフロランタンを食べてみていた。美味しかったのだろう、蜂蜜色の目が輝くのに、エドアルドは満足する。

 ダリオとアウローラにお土産の包みを渡すと、受け取って中身を確かめている。


「うわ! かっこういい! ドラゴンとけんだ!」

「わたくしのはリボンだわ! 今度のわたくしのお誕生日にアルマンド殿下が来てくださるの。そのときにこのリボンで髪を纏めようかな」


 二人とも喜んでくれたようでエドアルドも嬉しくなる。

 心の中で喜んでいても、悲しいかな、エドアルドの表情は一切動いていないのだが。


「エドアルド、婚約指輪は満足のいくものが納品されたかな?」

「はい、父上。ありがとうございます」


 ジャンルカに問いかけられて、あの魔法具店はジャンルカに紹介してもらった店だったので、エドアルドが素直にお礼を言えば、リベリオが頬を染めて左手の薬指にはまった指輪を撫でながら手を胸に持って行く。


「リベリオお兄様とエドアルドお義兄様、婚約指輪を作ったの? 見せて!」

「わたしもみたい!」


 身を乗り出してくるアウローラとダリオに、リベリオとエドアルドはテーブルの上に左手を乗せる。その薬指には、エドアルドは蜂蜜色の小さな魔石の埋め込まれた指輪がはまっており、リベリオには紫がかった青の小さな魔石の埋め込まれた指輪がはまっている。


「この石の色、お互いの目の色なのね!」

「きれいー! わたしもゆびわ、ほしい!」

「ダリオはまだ早いわ。わたくしはアルマンド殿下が下さったら嬉しいのだけれど」


 欲しがるダリオを止めるアウローラは、アルマンドからの婚約指輪を欲しそうにしている。アルマンドにこのことを伝えた方がよさそうだとエドアルドはお茶の後でアルマンドに手紙を書く決意をしていた。


(魔石の色がお互いの目の色って誰にでもすぐに分かるんだろうか。リベたんがお兄ちゃんのものだって主張してるようでちょっと恥ずかしいけど、これもリベたんに悪い虫が付かないために必要なこと! リベたんはお兄ちゃんが一生愛するんだからね!)


 それにしても、リベリオはエドアルドをどう思っているのだろう。

 婚約指輪を喜んでくれているし、エドアルドが抱き締めると顔を真っ赤にしているから、意識はされているのだろうと思う。

 けれど、リベリオはまだ十五歳だ。エドアルドは今すぐにでも結婚したいくらいリベリオのことが大好きなのだが、リベリオは移ろいやすい年頃だ。エドアルドのことを愛しているかどうかは分からない。


 例えリベリオがエドアルドを家族としてしか愛せないとしても、エドアルドはリベリオを手放す気などないし、一生一緒にいる気ではあるのだが、結婚すれば公爵としてエドアルドは後継者を求められる立場になる。


(リベたんがお兄ちゃんのことを家族としてしか愛せないなら、後継者はダリオの子どもを養子にしてもいいんだけど……でも、お兄ちゃん、リベたんに愛されたい! 政略結婚で無理やり婚約者になったのかもしれないけれど、お兄ちゃんはリベたんと愛し合いたい! 魔法薬はお兄ちゃんが飲むから、子どもも欲しい! リベたんはお兄ちゃんをどう思っているの?)


 ものすごく気になるし、聞きたいのだが、エドアルドの語彙ではうまくそれを聞くことができない。

 お茶の時間が終わって、エドアルドがジャンルカに教えてもらいながら執務に戻ると、リベリオと離れてしまうのが少し寂しかった。


 夏休みが終われば、リベリオは王都のタウンハウスから学園に通うし、エドアルドはアマティ公爵領で領地経営を学ばねばならない。ときどきは王都のタウンハウスに行けるかもしれないし、リベリオも学園の長期休みにはアマティ公爵領に帰ってくるのだが、離れ離れになるのはつらい。


(これもぼくに課せられた試練なんだろうか。リベたんと二人で幸せに暮らせるように、ぼくはアマティ公爵領でしっかりと領地経営をしなければいけない! リベたんと結婚する日のために、ぼくは耐える!)


 離れ離れになる寂しさを耐える決意をしたエドアルドだった。

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