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25.お土産探し

 四年生に進学する前の夏休み、リベリオはエドアルドから婚約指輪をもらった。

 それはリベリオが魔力を込めた魔石を凝縮して小さな粒にして埋め込んだプラチナの指輪だった。

 エドアルドの手でリベリオの左手の薬指にはめられた指輪を、リベリオはそっと右手で撫でる。この指輪にはエドアルドの気持ちがこもっているような気がする。

 魔力臓が壊れていたときにリベリオに魔力を注いでくれたエドアルドの手はいつも温かかった。この指輪を付けているとエドアルドに守られているような気がして、リベリオは心が熱くなる。


 エドアルドはもしかするとリベリオのことを義弟以上に思ってくれているのかもしれない。

 そんなことが心をかすめて、家族として愛されているのにそれ以上を求めてしまう自分の強欲さを思い知るが、それでもエドアルドに愛されたいという気持ちがあるのはどうしても止められなかった。


 魔法具店で指輪を受け取ってから、エドアルドは個室から出て店頭の商品を見始めた。リベリオもそれに付き合う。

 真剣に商品を見て、エドアルドは剣を模したお守りを手に取った。剣にドラゴンが巻き着いているようなデザインで、リベリオにはちょっと格好つけすぎているようにも見える。


「ダリオに」

「そうだったね。ダリオに一番格好いいお土産を買うんだったね」


 五歳のダリオならばドラゴンの巻き着いた剣のお守りは喜ぶかもしれない。リベリオも手を伸ばして別のお守りを手に取ると、店員が声を掛けて来る。


「これは守護の魔法がかけられたお守りです。このお守りを身に着けていると、一度だけどんな攻撃も弾くように作られています」


 店員の説明を聞いてリベリオがエドアルドの顔を見上げる。


「アマティ公爵家は狙われているんだったね。この前の魔物の大暴走も黒幕は分からないけれど、アマティ公爵家の地位が落ちるように狙ったものだった。ダリオにも何か危険なことが起きるかもしれないんだね?」


 きっと先見の目でエドアルドはそれを見たのだろう。ダリオのために相応しいお守りを買おうとしている。


「ダリオ、好きだと思うから」

「ダリオを守りたいんだね。わたしもダリオが大好きだよ。エドアルドお義兄様、これをダリオに買おう」


 デザインには色々と思うことはあるのだが、エドアルドが守護の魔法がダリオに必要だと先見の目で見たのならばこれが必要なのだろう。

 支払いをしているエドアルドに、リベリオは店内を見て回っていた。

 店内には女性用の装飾具もある。空色のリボンが目に入ってリベリオはそれを手に取った。空色のリボンの外側に白いレースが縫い付けられたそれは、アウローラに似合いそうだ。


「それにも守護の魔法がかけられていますよ。先ほどのお守りと同じ魔法です」


 すかさず商売上手の店員が説明をしてきて、リベリオはそれをエドアルドに見せに行った。


「これ、アウローラにどうかな? ダリオだけお土産があるのは不公平な気がするし、アウローラも守られるし、何より、似合いそうじゃない?」

「アウローラに」


 エドアルドも賛成してくれて、エドアルドはリボンも包んでもらって料金を支払っていた。


 魔法具店から出るとリベリオとエドアルドは護衛を連れて町を歩いて行く。目的地があるようなのだが、リベリオはそれを聞かないし、エドアルドに任せている。

 町の中を歩くとアマティ公爵領がどのようになっているかがよく分かる。町は清潔で路上で暮らす子どもたちもおらず、人々は賑わっている。

 これはジャンルカがアマティ公爵領を豊かに治めている証なのだろう。


「ここは学校」

「平民の子どもたちが通うんでしょう?」

「平民の子どもたちは、六歳から十二歳まで学校に通う。授業料も給食費も無料なので、毎日一食分食事を食べさせられると、平民は子どもたちを積極的に学校に通わせている」


 こういうことになるとエドアルドの口数は多くなるのだ。

 学校のそばを通るときにはエドアルドは詳しく説明してくれた。簡素だが大きな校舎が建っていて、木々の多い校庭では子どもたちが体育の授業を受けているようだった。

 ずっと家庭教師に勉強を習ってきたリベリオにとっては平民の子どもたちがどのように勉強しているかなど知らなかったので、エドアルドの話を興味深く聞く。


「給食費が無料だったら子どもを通わせたくなるよね。食事が食べられるのはありがたいと思うよ」


 ジャンルカの領地経営は素晴らしいのだと実感するリベリオに、エドアルドも静かに頷いていた。


 町の中心部の洋菓子店に着くと、エドアルドとリベリオは護衛を二人だけ連れて中に入って、他の護衛は外で警護している。

 洋菓子店には焼き菓子がたくさん置いてあって、その中でもナッツにキャラメルを絡め、生地の上に乗せているお菓子が目についた。


「この店はフロランタンが有名」

「フロランタン?」

「これだ」


 指差すエドアルドにリベリオは気になっていたナッツをキャラメルに絡め、生地の上に乗せているお菓子を見た。

 これの名称はフロランタンというらしい。


「ナッツをキャラメリゼしてサブレ生地の上に乗せている」

「美味しそうだね。わたし、キャラメルもナッツも好きだよ」

「リベリオが好きそうだから」


 リベリオが好きなものを把握してくれていて、好きそうだからこの店のフロランタンを買いに来たのだと言ってくれるエドアルドにリベリオは浮かれてしまう。

 自分のことをエドアルドが考えてくれるだなんて、とても幸せだった。


「ありがとう、嬉しいよ、エドアルドお義兄様」

「リベリオ、エドアルド、と」

「え?」

「二人きりのときは」


 「エドアルド」と呼んでほしいと言われたような気がする。

 ずっと「エドアルドお義兄様」と呼んできた。二人きりのときでも「エドアルド」と呼び捨てにするのは気恥ずかしい。


「そ、それは……努力、します」


 顔を赤くしながら答えたリベリオに、エドアルドは小さく頷いたようだった。

 フロランタンを家族の分買って、リベリオとエドアルドは帰路についた。

 二人きりのお出かけも楽しかったが、家族の元に帰ると安心する。


 二人きりになるとどうしてもエドアルドのことを意識してしまうし、エドアルドが自分をどう思っているかが気になってしまう。

 一度部屋に戻って着替えをしていると、左手の薬指が気になってリベリオはそこをそっと撫でる。そこには婚約指輪がはまっている。


「エドアルドお義兄様がわたしにくれた婚約指輪……」


 呟いてから、唇だけで「エドアルド」と刻んでみるが、顔が熱くなって声に出すことはできなかった。


「二人きりのときは、そう呼んでほしいだなんて、エドアルドお義兄様、そんな、恋人同士みたいなこと……」


 熱い頬を押さえて呟いてから、恋人同士どころではなく、エドアルドとリベリオは婚約者なのだと思い至って、リベリオは落ち着かない気持ちになる。

 そろそろお茶の時間で、エドアルドも着替えて食堂に行っているはずだ。

 ダリオとアウローラはお土産を楽しみにしているだろう。


 頭を振ってエドアルドのことはとりあえず頭から追い出して、リベリオはお茶の時間に集中すべく部屋を出た。ドアを開けたところで、部屋をノックしようとしているエドアルドの胸に飛び込んでしまう。


「え、エドアルドお義兄様!?」

「リベたん」


 ときどきエドアルドはリベリオの名前を噛んでしまうのだが、リベリオはそれを気にしないようにしていた。噛むのはよくあることだし、指摘されたらエドアルドも気にするだろう。

 胸に飛び込んでしまったリベリオを抱き締めるようにしているエドアルドに、リベリオの心拍数が上がる。逞しい胸筋に顔を埋めているような形になっているが、自然とエドアルドの手はリベリオの背中に回っている。


「お、お茶の時間に呼びに来てくれたんだね。ちょっと考え事をしてて遅くなっちゃった」

「一緒に行こう」


 慌ててエドアルドから離れつつ言い訳をすると、エドアルドはリベリオの手を握って一緒に歩き始めた。

 エドアルドの大きな手はいつも温かく心地よい。

 ドキドキする胸を宥めながら、エドアルドと一緒にリベリオは食堂まで向かった。

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