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23.額へのキス

 学園も夏休みに入っていたので、リベリオはエドアルドとジャンルカとレーナとアウローラとダリオと一緒にアマティ公爵領に帰っていた。

 エドアルドとはこの夏を過ごしたら、王都のタウンハウスとアマティ公爵領で離れて暮らさねばならない。

 ずっとリベリオのことを助けてくれていたエドアルドのことが好きな気持ちは変わらないが、リベリオと離れてしまってエドアルドが他の相手に心動かさないか、心配にならないこともない。

 半年ほどかけてジャンルカからエドアルドが引き継ぎを行ってもらった後には、ジャンルカは王都に宰相として出向くことになる。今の宰相は七十歳を超えていて、前国王陛下のころから仕えているが、そろそろ引退を促されていた。

 国の政治もほとんど国王陛下が担っていて、現宰相のやることはあまりなくて、給料だけをもらっているような状態だと聞く。

 国王陛下がジャンルカに一刻も早く宰相になってくれるように頼んでいるのも納得ができる。


 アマティ公爵領ではエドアルドはジャンルカに領地経営を習って忙しくはしていたが、全く出かけられないほどではないようだ。

 夕食後にお風呂に入って部屋で水分補給をしていると、リベリオの元にエドアルドがやってきた。


 長身に薄い青のパジャマを着て、湯上りのエドアルドにリベリオは落ち着かない気持ちになるが、ソファに座るように勧める。ソファで二人で座っていると、エドアルドがリベリオに視線を向ける。

 身長差があるので座っていてもリベリオはエドアルドを見上げなければいけなかった。


 「氷の公子様」と呼ばれるだけあって、その美貌は冷たい印象を与えるが、リベリオはエドアルドのことを怖いなどとは全く思っていなかった。


「リベリオ、指輪を」

「指輪? エドアルドお義兄様、指輪が欲しいの?」

「婚約指輪を」


 リベリオがエドアルドと婚約したときにはまだ十三歳だった。

 貴族たちは学園に入学する年くらいから婚約の話を進める。エドアルドはそのとき十五歳で公爵家の後継ぎにしては遅い婚約だったが、先見の目の能力もあって、将来結婚する相手が見えているのだろうということでジャンルカもエドアルドに無理な婚約は勧めて来なかった。

 その相手がリベリオになるなんてリベリオ自身も非常に驚いたが、あれから三年近く経ってもエドアルドは婚約者のままなので、エドアルドの見た未来ではリベリオが結婚相手なのだろう。

 それを変えようと思うほどにリベリオのことを嫌がってはおらず、むしろ優しくしてくれて大事にするとまで言ってくれるエドアルド。家族としての情がそうさせるのかもしれないが、リベリオはエドアルドのことが恋愛として好きなので複雑な気持ちになってしまう。


「離れていても、ぼくを思い出してくれるように」

「え、エドアルドお義兄様!?」


 手を取られて両手で包み込むようにしたエドアルドに、リベリオの心臓が跳ねる。

 婚約指輪などなくてもリベリオはいつもエドアルドのことを考えているし、エドアルドのことが好きなのだが、エドアルドは思いを形にしてくれようとしている。


「嬉しいよ、エドアルドお義兄様。指輪を作りに行くの?」

「注文してある。一緒に取りに行こう」


 リベリオとエドアルドのために注文された指輪を一緒に取りに行く。家族と一緒に町に出かけることはあったが、二人きりで出かけるのは婚約後に服を買いに行ったとき以来かもしれない。

 リベリオもエドアルドも高位の貴族なので、出かけるときには大量の護衛を付けて行かなければいけないし、行き先も確かな場所でなければならないし、気軽には出かけられないのだ。

 久しぶりに出かけられるとあってリベリオはエドアルドの手を握り返して、エドアルドに微笑みかける。


「アウローラとダリオにお土産を買わないといけないね」

「それも考えてある」

「エドアルドお義兄様は完璧だな」


 長身で表情はないが顔立ちは整っていて、真っすぐな黒髪は艶やかで青い目は時折紫になるがそれも神秘的で美しい。学園の成績は六年間ずっと首席で、剣技も魔法も秀でていて、非の打ちどころのないエドアルド。

 こんな完璧な相手が婚約者でいいのかとリベリオは思ってしまうが、エドアルドはリベリオでいいと言ってくれているのだということを心の支えにしてきた。


「お義父様の許可も取ってあるんだよね?」

「もちろん」

「指輪を受け取りに行くのか。楽しみだなぁ」


 エドアルドの手に手を包まれたままで、その温かさと手の大きさに胸がどきどきしてくるが、エドアルドはリベリオの手を放してくれない。そのまま引き寄せられて、リベリオは頬が熱くなってくるのを感じた。


 もしかして、キスをするのだろうか。

 リベリオも十五歳なのでそろそろそういう段階に進んでもおかしくはない。

 冬にはリベリオは十六歳になるのだ。

 エドアルドとの関係を一歩大人の関係に踏み込んでもいいのかもしれない。


 心臓が早鐘のように打つ中、ぎゅっと目を閉じたリベリオの前髪を、リベリオの手を放したエドアルドが持ち上げた。ふわふわの癖毛で、朝は整えるのに苦労するその髪だが、エドアルドは丁寧な手つきで掻き上げている。


 額に柔らかいものが触れて離れて行った。


「おやすみ、リベリオ」

「お、お休みなさい、エドアルドお義兄様」


 額にキスをされたのだと気付いたのはその後だった。

 ソファから立ち上がって自分の部屋に戻って行くエドアルドを見送りながら、リベリオは真っ赤な顔で額に手をやっていた。

 これもキスだ。

 間違いなくキスに違いない。


 ダリオが眠る前にジャンルカやレーナに強請るキスと変わりはない額へのキスだったが、エドアルドからされたことは一度もなかった。

 ばくばくと鳴る心臓を宥めつつ、リベリオは熱くなった額を押さえ続ける。


「エドアルドお義兄様から、キス……」


 考えるだけで頭の中が沸騰しそうで、リベリオはふらふらとベッドに行ってそこに倒れ込んだ。


 ベッドの中に入ってもリベリオはなかなか眠りに付けなかった。

 夏用の薄い掛け布団を被って、シーツの上で何回も寝返りを打つ。


「エドアルドお義兄様の唇が、わたしの額に……」


 ダリオには強請られたら気軽にしている額への「おやすみ」のキスだが、リベリオとエドアルドにとっては少し意味合いが違う気がする。

 初めてエドアルドがリベリオにキスしてくれたのは、婚約式のときだった。

 あのときは指先で、それだけでもリベリオは心拍数が上がって落ち着かなかった。


 今度は額へのキスだ。


「少しずつ、唇に近付いてきてる。唇にキスしたらどんな感じなんだろう」


 リベリオも十五歳の健全な男子である。そういうことに興味がないわけではない。

 その相手がエドアルドに限られるというだけで、そういうことをしたくないわけではない。


「結婚したら、それ以上も……」


 キスより先の行為も、何をするかはリベリオは知らないわけではなかった。

 学園での教育の一環として、性教育もある。

 大抵の貴族は男性と女性での行為を想定するのだが、この国では同性での結婚も認められているので、そういうケースについても一応教えられる。


 何をどうするのかは知っているが、そのときに自分がどうなってしまうのか。そもそもエドアルドと自分ではどちらが男性役と女性役をするのか。それもリベリオには想像できない。


 エドアルドはアマティ公爵になるのだから、リベリオの方が魔法薬を飲んで子どもを産むことになるのかもしれないが、そのときにはどのようにすればいいのか。

 考えれば考えるほど頭は沸騰してきて、リベリオはなかなか寝付けなかった。

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