エドアルドの活躍で魔物の大暴走は無事に止めることができた。
魔物の大暴走を起こそうとしていた男性たちが口にしていたことは気になるが、後のことは大人たちに任せて、警備兵たちが男性たちを取り調べることになった。エドアルドとリベリオとアウローラの供述も後日ということになって、学園のプロムは中止にならずに済んだ。
明るい茶色のフロックコートに同色のスラックス、白いシャツに白いクラバット、クラバットには蜂蜜色の魔石のブローチを付けたリベリオに、エドアルドが手を差し伸べて馬車までエスコートしてくれる。
エドアルドは深い青のフロックコートとスラックスに、白いシャツと白いクラバット、クラバットには青い魔石のブローチを付けている。
桃色のドレスを着たアウローラまでをエスコートして馬車に乗せてから、エドアルドは馬車に乗り込んできた。
リベリオの横に座ったエドアルドがクラバットからブローチを外して、リベリオに差し出す。
「エドアルドお義兄様?」
「リベリオにぼくの色を付けてほしい」
静かないつも通りの抑揚のない声だったが、エドアルドがリベリオに自分の目の色の魔石を付けてほしいという言葉にリベリオは浮かれてしまった。自分のクラバットから魔石のブローチを外して、エドアルドに手渡す。
「それなら、エドアルドお義兄様はわたしの色を身に着けてほしいな」
「もちろん」
ブローチを取り替えると、エドアルドの婚約者であるということが実感できる。リベリオは馬車の中でエドアルドの顔が恥ずかしくて見られなかった。
馬車が学園に着くと、アルマンドがやってきてアウローラに手を貸して馬車から降ろす。リベリオはエドアルドに手を貸してもらった。
「大事な妹君をお借りするよ」
「飲み物に気を付けて」
「アルコールは飲ませないようにする」
アウローラの手を取ってホールに向かうアルマンドを、エドアルドがじっと見つめている。思わずエドアルドの手を握ってリベリオは口に出していた。
「アウローラじゃなくて、今はわたしに集中して」
「リベリオ……」
「エドアルドお義兄様は仕方なく婚約したのかもしれないけれど、エドアルドお義兄様の婚約者はわたしなんだから」
国王陛下から頼まれたからエドアルドは仕方なくリベリオと婚約した。本当ならばきれいでかわいい令嬢と婚約して結婚したかったに違いないのに、アマティ公爵家が権力を持ちすぎないために、アマティ公爵家の当主となるエドアルドは義弟であるリベリオと婚約して結婚することを承諾したのだ。
王都の北の森で魔物の大暴走を起こそうとしていた男性たちも、アマティ公爵家は権力を持ちすぎると言っていなかっただろうか。あんな声を抑えるためにエドアルドはリベリオと婚約を結んだのだ。
「仕方なくじゃない」
「え?」
「リベリオの方こそ……」
「わたしは……」
リベリオはどうなのだと言われたら返答に困ってしまう。
エドアルドのことが好きなのだが、そんなことを言われてもエドアルドは嫌がらないだろうか。貴族の結婚は政略的なもので、必ずしも愛が伴うとは限らない。
ジャンルカとレーナのように愛情をもって結ばれるケースも稀にはあるのだが、エドアルドとリベリオは国王陛下に命じられての婚約であり、リベリオはエドアルドのことが好きなのだが、エドアルドがどう思っているのかは分からない。
「仕方なくじゃないって、どういうこと?」
「リベリオを大事に思っている」
口数の少ないエドアルドがこれだけ言葉を割いてくれているのだ。それでも足りないと思うのは贅沢なのだろう。
「大事に……エドアルドお義兄様は優しいもの」
家族として大事に思う気持ちがあるのならば、結婚してもうまくやっていけるだろうとエドアルドは言っているのだろう。その通りなのだろうが、リベリオはエドアルドのことを恋愛的に思っているだけにその返答はつらかった。
九歳のときに死にかけたリベリオを救ってくれて、その後もずっと魔力核と魔力臓のバランスが取れずにいたリベリオを助け続けてくれたエドアルド。
好きにならずにはいられなかった。
「エドアルドお義兄様、踊ってよ」
気持ちを切り替えるようにリベリオがエドアルドの手を引くと、エドアルドがリベリオの肩を抱いてダンスの輪に入っていく。
ダンスの輪に入ったところでリベリオは気付いた。
「ダンスのパート! どうしよう?」
ダンスには男性パートと女性パートがある。エドアルドとリベリオは男性同士なので、どちらかが女性のパートを踊らなければいけない。
身長はエドアルドの方が高いし、年齢もエドアルドの方が上だ。リベリオが女性パートを踊るのが順当なのだろうが、リベリオは男性として学園に通ってダンスのレッスンも受けているので、男性パートしか踊ったことがなかった。
「ご、ごめんなさい、エドアルドお義兄様。やっぱり、踊らない方がいいかも」
「リベリオ、任せて」
「え?」
男性パートしか踊れないリベリオがそのことに気付いてエドアルドにダンスの輪から抜けようと促したが、エドアルドは自然に踊り始めた。女性のパートを。
エドアルドの方が身長も高いし、年も上なので女性のパートを踊るのはおかしく見えるかもしれないと心配したリベリオだったが、堂々と踊るエドアルドは格好よくて少しもおかしく見えない。
ダンスの輪の中でリベリオとエドアルドを笑うものは誰もおらず、それどころか感嘆のため息を漏らしているものまでいる。
「アマティ公爵家の公子様たちはお似合いですこと」
「素敵ですね」
長身のエドアルドと踊る上、エドアルドが女性パートなのでどうしても目立ってしまうが、それも羨望の眼差しを向けられただけだった。
一曲踊って、ダンスの輪から抜けると、エドアルドが給仕から飲み物を受け取ってリベリオに渡してくれる。
細いグラスに入った冷たい葡萄ジュースは、見た目が葡萄酒のようでリベリオは大人になったような気分を味わう。エドアルドも同じ葡萄ジュースを飲んでいた。
「わたし、女性パートは踊れなくて、ごめんなさい。エドアルドお義兄様に恥をかかせたんじゃない?」
「ぼくは楽しかった」
「本当に?」
僅かに口角を上げて微笑んでくれるエドアルドにリベリオはほっと胸を撫で下ろす。葡萄ジュースを飲んでいると、アルマンドとアウローラが近寄ってきた。
「エドアルドとリベリオのダンスは素晴らしかったね。二人は本当にお似合いだ」
「わたくしもアルマンド殿下と踊りたいです」
「次の曲に入ったら踊ろうか、ぼくのお姫様」
アウローラはアウローラでアルマンドと楽しんでいる様子である。
飲み終わったグラスを給仕に渡すと、エドアルドがリベリオの手を取る。
「もう一曲」
「いいの? わたし、男性のパートしか踊れないよ?」
「リベリオとならどっちでも」
二曲目も女性のパートを踊ってくれようとするエドアルドに、リベリオは次に踊ることがあるときまでには自分も女性のパートを覚えておこうと決意する。
「わたしも女性のパートを覚えるから、わたしが女性のパートを踊るよ」
「交代で」
「それでいいの?」
男性なのに女性のパートを踊るのは、エドアルドの方が年上だし体格もいいので恥ずかしいのではないかとリベリオは思うのだが、エドアルドは気にしていない様子で、交代で女性のパートを踊ればいいと言ってくれる。
どこまでも優しいエドアルドに導かれて、リベリオは再びダンスの輪の中に入って、エドアルドと一緒に踊った。
男性は女性をリードするものと教えられていたが、エドアルドはそんなことをしなくても、大きな体でしなやかに踊ってリベリオを逆にリードしてくれるくらいだ。
プロムでのダンスをリベリオはたっぷりと楽しむことができた。