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20.魔物大暴走の企み

 大変なことになってしまった。

 アマティ公爵家の兵士を学園に配備するだけならば、何も起こらなくてもジャンルカに謝るだけでよかったのだが、リベリオはエドアルドの言葉をものすごく誤解してしまったのだ。


(魔物の大発生だけじゃなくて、大暴走が起きる!? そんなの起きるわけないよ!? しかも王都を襲ってくる!? いやいやいや、そんなの見えてないからね!? ぼくに先見の目なんてないって言ってるでしょう!? 国王陛下を巻き込んで大事にするつもり!?)


 どれだけ否定してもジャンルカもリベリオも聞いてくれず、エドアルドは内心真っ青になっていた。

 国王陛下の軍まで出させてしまったら、実際に魔物の大発生も大暴走も起きなかったときにアマティ公爵家は責任を取らされてしまうのではないか。

 目の前が真っ白になって、リベリオにソファに座らせてもらったが、よろけたときにソファの上にあったダリオが勉強している地図に触れてしまったようだ。

 それをリベリオがまた勘違いした。


(王都の北の森で魔物が大発生して大暴走するだなんて、ありえない! お兄ちゃん、よろけて手が触れちゃっただけだからね!? 違うんだよ、リベたん! そんな大変な事態は起きないんだってば!)


 どれだけ胸中で説明してもリベリオには全く届かない。


 アマティ公爵家はこのままではデマを流した責任を取らされてしまうかもしれない。

 エドアルドはソファから立ち上がった。

 アマティ公爵家を守るためにも、王都の北の森が安全で魔物の大発生など起きないということを証明するほかない。


「ぼくの馬を用意して」


 護衛と共に王都の北の森に行って、真実を確かめて国王陛下の軍が出動する前に戻って来なければいけない。

 決意して乗馬服に着替えたエドアルドに、リベリオが取り縋ってくる。


(リベたん、理解して! これはアマティ公爵家がデマの責任を取らされないために必要なことなんだよ! ぼくが行かないと! リベたんも父上も完璧に誤解してるし!)


 縋り付いてくるリベリオの細い体を振り払えずにいると、リベリオも行くと言い出すし、アウローラまでが行くと勇ましく剣を持ち出してくる。


(リベたん! アウたん! 違うんだってば! お兄ちゃんは、魔物の大発生が起きないことを証明するために行くだけで、危険でも何でもないの! そんなに心配しないで! あぁ、リベたんの蜂蜜色のお目目が潤んでる! リベたんを泣かすのは誰! それはぼく! なんてことだ! リベたんを笑顔にしたいのに!)


 結局、リベリオとアウローラを説得することができずに、リベリオが自分の馬とアウローラの馬を準備させて、エドアルドについてくることになった。

 何も起こらないのだから平気なはずなのだが、リベリオとアウローラが馬に乗っているのを見ると不安になってくる。

 護衛は一緒に来るのだが、アマティ公爵家の子どもがこれだけ揃って王都の北の森に行っているというのも、危険であると言えばそうである。


 貴族は嗜みとして乗馬を習うし、リベリオもアウローラも乗馬服に着替えてきているので、馬から落ちるようなことはないだろうが、エドアルドは妙な胸騒ぎを覚えていた。


 王都の北の森の入り口に着けば、王都全体を守っている城壁とそこにかけられた結界の外に出ることになる。

 王都を守る城壁と結界は魔物を退ける効果があるのだが、そこから出てしまうとエドアルドもリベリオもアウローラも護衛はいるが自分たちの身はできる限り自分で守らなければいけなくなる。


 城壁から出て北の森に入っていくと、奇妙なものが見えた。

 数人の男性が火を囲んでいるのだ。

 その火の上には、子どもの狼のような魔物が吊るされていた。


「哀れっぽく鳴いて、群れを呼び寄せるのだ」

「アマティ公爵家に権力を握らせてはならない! ただでさえ、娘は王太子と婚約して、現当主は長男がアマティ公爵家を継いだら宰相となることが決まっているのに!」


(え!? 本当に魔物の大暴走を起こそうとしている!? どういうこと!? しかも、アマティ公爵家に恨みがあるような感じだよ!?)


 火であぶられた狼のような魔物の子どもは「きゅんきゅん」と鳴いて、親を呼んでいる。この声が森に響いたら、狼の群れは結束が固いのですぐに襲い掛かってくるだろう。

 獣の毛が焦げる匂いが周囲に漂って、狼のような魔物の子どもは苦しそうに鳴いている。


(ここはアマティ公爵領との境の森になる。ここで魔物の大発生と大暴走を起こして、アマティ公爵に責任を押し付けるつもりか!)


 エドアルドが静かに馬から降りて腰に下げた剣を抜き払った瞬間、馬から飛び降りたアウローラが跳ねるようにして男性たちに切りかかって行った。


「あなたたち、一人も逃がしませんわ! アマティ公爵家に盾突こうだなんて、生まれてきたことを後悔させてあげます!」


 素早い動きで飛び掛かっていくアウローラに、男性たちはそれぞれにナイフを抜くが、アウローラの抜き払った剣の方がリーチが長く、ナイフを弾かれて、全く敵わない。


 逃げようとする男性に、エドアルドが水の魔法で氷を作り、足元を凍らせて動けなくする。


 男性たちを捕らえたところで、リベリオが馬から降りて火にあぶられている狼のような魔物の子どもの縄を解き、火から降ろした。癒しの魔法をかけると、焦げて火傷をしていた狼のような魔物の子どもの傷が癒える。


「エドアルドお義兄様、これを止めるために来たんだね! これで魔物の大発生は起きない、のかな?」


 ぐるるる、と凶悪な鳴き声が聞こえて、周囲に魔物が集まっている気配がするが、リベリオが捕らえられていた狼のような魔物の子どもを放してやると、狼のような魔物の子どもは親のところに駆けて行ったのか、すぐに魔物の気配が薄くなる。


(ど、どういうこと!? 予言なんてしてないし、何も起きないと思って来たのに、本当に魔物の大暴走を起こそうとするやつらがいるだなんて!? なんで!? 怖い怖い怖い! なんで当たっちゃうの!?)


 エドアルドには先見の目の能力などないし、予言などできるはずがないのだが、なぜか当たってしまった。どういうことか分からずに混乱しているエドアルドに、リベリオが輝く笑顔で告げる。


「さすがエドアルドお義兄様だね! 事前に魔物の大暴走を止めるだなんて」


(違うんだよー! リベたん、これは全くの偶然! お兄ちゃんは予言なんてしてないんだよー!? 信じて!? ぼくもぼくが信じられなくなってきたんだけど!)


 大混乱しているエドアルドに剣を鞘に仕舞ったアウローラが重々しく頷く。


「エドアルドお義兄様のおかげで王都の平和は守られました。このひとたちの取り調べについては、お義父様と国王陛下にお願いしましょう」


 足を凍らされて動けなくさせられた男性たちは、護衛の兵士によって警備兵の詰め所に連れて行かれたのだった。


 取り調べは後日行われるとして、帰ってきたジャンルカは残った護衛と共にアマティ公爵家のタウンハウスに帰ってきたエドアルドとリベリオとアウローラを抱き締めた。


「事前に魔物の大暴走を止められると分かっていたとしても、お前たちだけで行くのはとても危険だった。エドアルドのおかげで誰も犠牲者は出なかったが、自分たちの安全のこともよく考えてほしい」

「父上……」

「ごめんなさい、お義父様」

「エドアルドお義兄様を叱らないで。エドアルドお義兄様は先見の目で見えたからこそ、止めようとしてくださったのよ」

「アウローラ……。エドアルドの心は素晴らしいと思うが、アマティ公爵家の後継者として、軽率な行動は慎んでほしい。それにしても、エドアルド、よくやったな」


 ジャンルカに叱られるのも、褒められるのも、本意ではなくてエドアルドは混乱してしまう。


(ぼくは魔物の大暴走が起きないと証明するために行ったのであって、王都を救おうだなんてそんな大層なことは考えていませんでした。偶然あの場に居合わせて……偶然!? あれが偶然!? もう訳わかんないんだけど! なんでぼくが予言してもないことが本当になっちゃうの!?)


「ぼくは何もしていません」

「謙虚なのはいいことだが、国王陛下が後日、エドアルドに報奨を与えると仰っている」

「いただけません」

「遠慮することはない。エドアルドは王都を守り、アマティ公爵家も守ったのだ」


(謙虚でも遠慮でもないんです! ぼくは本当に何もしていないんです!)


 どれだけ心の中で主張してもエドアルドの気持ちがジャンルカに通じることはない。


「エドアルド、リベリオ、アウローラ、よかったな。プロムは開催されるようだぞ」


 その情報だけはエドアルドの心を明るくした。


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