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18.エドアルドの苦悩

 リベリオの学園入学から三年が経って、エドアルドは学園の卒業式の直前になっていた。

 王都のタウンハウスに来てくれているジャンルカとレーナとアウローラとダリオと共に学園の卒業式の話をする機会も増えて、エドアルドはリベリオを無事に卒業のプロムに誘うことができた。

 リベリオは十五歳になっており、輝くように美しい美少年に育っていた。身長もエドアルドのように高すぎることはなく、レーナを超すくらいになって、ふわふわの蜂蜜色の髪もそのままで、天使のような出で立ちにエドアルドは心の中で悶絶する。


(十五歳になってもリベたんはこんなにかわいいの!? まるで天使のよう! お兄ちゃん、こんなにかわいいリベたんと三年後には結婚するの!? あぁ、学園を卒業したくない! 学園を卒業したら、お兄ちゃんはリベたんと離れてアマティ公爵領に戻らなきゃいけない!)


 成長によりリベリオは魔力核と魔力臓のバランスが取れるようになってきていたし、エドアルドに魔力を渡さなくても魔石に魔力を注ぐことができるようになっていた。

 一人でできるのだと分かっていても、エドアルドは毎朝のリベリオとの触れ合いの時間を持ちたくて、リベリオが魔石に魔力を注ぐときには同席しているのだが、それもなくなる。

 卒業したくない。

 リベリオと離れたくない。

 それがエドアルドの正直な気持ちだった。


 夕食後の家族団らんの時間、アルマンドにプロムに誘われたアウローラのドレスの話で盛り上がっている中、エドアルドは話に混ざれずにいたが、リベリオがジャンルカとレーナとダリオだけを伴って部屋に戻ろうとするのに、慌ててしまった。


(え!? お兄ちゃんは仲間外れなの!? お兄ちゃんも一緒じゃいけないの!? 待って、リベたん! お兄ちゃんも一緒でいいでしょう? そうだ、リベたん! 甘いものでも一緒に食べてお話ししよう?)


 甘いものでも一緒に食べようとリベリオを誘うつもりだった。

 しかし、口から出たのは、「リベたん、あ、まもの……」という中途半端で、誤解を招く言葉だった。

 それにしっかりとリベリオは反応して、魔物の大発生が起こるのだと思い込んでしまった。


(違う! 違うよ、リベたん! お兄ちゃんは、リベたんと甘いものを食べて話し合いたかっただけなのに! どうしてこうなっちゃうの!? リベたん、魔物の大発生なんて起きないよ!?)


 「違う」と言っても、時期が違うだけだと思われてしまうし、「そうじゃない」と言おうとしたら「そう」だけしか口から出てこないし、エドアルドは勝手に進んでいく話に驚愕していた。


(父上も簡単に信じないで!? アマティ公爵家の護衛の兵士を配備するとか、何も起きなかったらぼくが恥ずかしいでしょう!? ぼくはリベたんに甘いものを勧めようとしただけなんだよ! 魔物なんて言ってないよ!?)


 どれだけエドアルドが弁解しても、口に出ていないので誰もそれを分かってくれない。

 結局卒業式とプロムの日にアマティ公爵家から護衛の兵士を学園に配備することで話は決まってしまった。

 その上、リベリオはエドアルドを仲間外れにしてジャンルカとレーナとダリオと部屋に行ってしまう。


「リベたん……」


 その姿を見送るしかなかったエドアルドにアウローラが試着して見せたドレスの裾をふんわりと翻してエドアルドのところにやってくる。


「エドアルドお義兄様、リベリオお兄様はエドアルドお義兄様に秘密にしたいことがあるのよ」

「婚約者なのに?」

「婚約者だからこそよ」


 全てわかっている様子のアウローラに、エドアルドはため息をついてリビングのソファに座る。アウローラはエドアルドの正面のソファに座った。ローテーブルの上には焼き菓子やチョコレートが用意されており、給仕に視線をやればすぐに紅茶を入れてもらえる。


(リベたんもお年頃だもんね。お兄ちゃんに言えないことの一つや二つや三つや四つ……あるだろうけど! お兄ちゃんは! リベたんの一番近くにいて! 何でも知っておきたい!)


 理解を示そうとするのだが、独占欲の方が勝ってしまうエドアルドがため息をつくと、紅茶に牛乳をたっぷり入れていたアウローラが焼き菓子を手に取ってエドアルドを蜂蜜色の目で見つめる。


「エドアルドお義兄様も甘いものでも食べて落ち着いて」


 甘いものでも食べて。


 そう言いたかっただけなのに、妙な言い方をしてしまって、魔物の大発生を予言したとされてしまったのも否定できなかった。


(お兄ちゃんには、先見の目なんてないのに! なんでリベたんは誤解しちゃうの!? 父上までが信じちゃうし!)


 エドアルドがどれだけ心の中で否定しようとも、表情にも口にも出ていないので全く誰にも通じないのがつらかった。

 普段はエドアルドの乏しい表情から感情を拾い上げて、口から出る少ない単語から意味を考えてくれるリベリオだが、時々ものすごい誤解をしてしまうのはどうしてなのだろう。誤解をしたときに限って、それが当たってしまうようなことがあるので、エドアルドは先見の目があると完全に思われていた。


(ぼくには未来なんて見えない。先見の目なんて持ってない。それなのに、どうして当たるんだろう? 今回も当たってしまったら……。そんな、怖い怖い怖い怖い! ぼく何も見えてないのに!)


 エドアルドとリベリオの二人が合わさると妙な効果が出ているようにしか思えない。エドアルドの口にした言葉をリベリオが曲解して先見の目の能力を持っていることにされてしまう。

 これが何なのかエドアルドにはよく分かっていなかった。


「エドアルドお義兄様、魔物の大発生が起きる未来を見てしまって不安なのね! 大丈夫! わたくしがみんなを守ってみせるわ!」

「アウたんが?」

「わたくし、魔法のかかったパーティーバッグに剣を忍ばせていくことにするわ! わたくしの筋力強化の魔法と剣の腕は、剣の先生も免許皆伝をくださっているくらいなのよ!」


 小さなころから筋力強化の魔法を無意識に使って剣の練習をしていたアウローラは、その腕前が剣の先生を超えているということまではエドアルドも知らなかった。


「危ない」

「平気よ。エドアルドお義兄様もリベリオお兄様もアルマンド殿下も、わたくしが守ってみせるわ!」


 自信満々のアウローラを止めなければと思うのだが、魔物の大発生自体起きるはずがないので、そこまで神経質にならなくてもいいのかもしれないとエドアルドは考え直す。

 リベリオは部屋でジャンルカとレーナに何の話をしているのだろうか。


 リベリオが十三歳の誕生日を迎えてからエドアルドと婚約をしたのだが、婚約者というよりも兄弟のままでこの三年間は過ごしてきた。

 同性の婚約者などリベリオも簡単に受け入れられないだろうし、国王陛下からの頼みとあっては断れなかったのだろう。

 少しずつ気持ちを育てていって、リベリオが成人する十八歳になるころには両想いになれればいいと思っていたが、リベリオとの関係は変わらず兄弟のままだ。貴族の結婚は愛がないものも多いので、兄弟の情があるだけまだましなのだろうが、エドアルドはリベリオのことが好きで好きで堪らないし、リベリオにも自分のことを好きになってほしいと思っている。


(「お義兄様」じゃなくて、ぼくのことを「エドアルド」って名前で呼んでくれる日は来るんだろうか。そうなるといいんだけど。いつまでも「お義兄様」ではいられない。ぼくだって男だし、リベたんと……きゃー!? 今何考えた!? 清らかなリベたんを汚すようなことはぼくでも許されない! リベたんとハグしたいとか、キスしたいとか、そ、そんなー!)


 両手で顔を覆って密やかに悶えるエドアルドに、アウローラが明るい声で言う。


「エドアルドお義兄様、そんなに心配なの? エドアルドお義兄様がどんな光景を見たのか分からないけれど、わたくしが守るから、平気よ!」


(違うんだ、アウたん! お兄ちゃんは心が汚れているんだよ! リベたんとのアレソレをつい考えてしまって……。そうだ! リベたんは自分が魔法薬を飲んで子どもを産む方だと勘違いして怖がっているんじゃないだろうか!? リベたんにそんなことお兄ちゃん、させないからね! 痛いことは全部お兄ちゃんが請け負ってあげるから、お願い、お兄ちゃんのことを好きになって!)


 結婚後のことまで考えてしまう気の早いエドアルドが悶えている間に、アウローラも眠くなったのか部屋に戻って行った。

 一人になったエドアルドは、紅茶を飲み干して部屋に戻る。自分の部屋に行くときには隣りの部屋がリベリオの部屋なので、リベリオの部屋の前を通ることになる。

 部屋の前で足を止めて、リベリオの部屋のドアをノックすると、リベリオが出て来る。


「エドアルドお義兄様、どうしたの?」

「もうお風呂は?」

「入ったよ。エドアルドお義兄様、どうぞ」

「ありがとう」


 リベリオとは順番にお風呂に入っているので、確認しに来たという名目で、エドアルドはリベリオの顔が見たかっただけだった。


(湯上りのリベたん! 血色がよくなった頬がとってもプリティー! なんでこんな天使を神は地上に遣わしたのか! 学園を卒業したらリベたんと離れなければいけないなんて、お兄ちゃん耐えられない! リベたんがお兄ちゃんのことを好きって言ってくれたら耐えられるかも! どうすればリベたんに好きって言ってもらえるんだろう? お兄ちゃんは大きいし怖いし表情筋が仕事しないし、言葉もうまく出てこないし……あぁ! 愛される要素ゼロじゃない!?)


 自分で考えていて虚しくなってきたエドアルドがじっとリベリオの方を見ているのに、リベリオは蜂蜜色の目を瞬かせて小首を傾げている。


「エドアルドお義兄様、どうかした?」

「リベリオ、お休み」

「お休みなさい、エドアルドお義兄様」


 考えていることの一割も口に出せないままエドアルドはリベリオにお休みの挨拶をして自分の部屋に戻ったのだった。


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