リベリオが学園に入学して三年が経とうとしていた。
エドアルドは卒業の年である。卒業の年には卒業式とプロムというダンスとお喋りの場が設けられる。プロムにはパートナーを誘うのだが、エドアルドはリベリオを誘ってくれた。
「リベリオ、一緒にプロムに」
「はい、エドアルドお義兄様」
毎朝魔力を注いだ魔石の数は四個目になっている。リベリオの魔力だと少しずつしか注げないのだが、三年間で魔石の容量もいっぱいになって、ついに四個目だ。
この三年間で魔力核と魔力臓のバランスも整ってきていたので魔力を無理に注ぐ必要はなくなっていたのだが、リベリオの魔力核と魔力臓を鍛えるためにも毎朝の魔力を魔石に注ぐ作業は続いていた。
魔力には相性があって、それが合う相手など非常に稀で、親子、兄弟間くらいしかいないとされているが、奇跡的にもリベリオとエドアルドの魔力の相性は非常によくて、リベリオが溜めた魔石の魔力をエドアルドが使うことができるのも確認していた。
いつか必要な日のために、エドアルドはリベリオに魔力の溜まった魔石を作らせているのだ。
それがいつなのかはまだ明かしてもらえていないが、そのうちに分かるのだろうとリベリオは思っていた。
いつ必要になるか分からないから、エドアルドとリベリオは魔石をブローチとネックレスにして、いつも身に着けている。ブローチはエドアルドの魔石が紫みを帯びた青で、リベリオのブローチが金色の光沢のある蜂蜜色だ。魔力を注ぐと魔石の色は変わるのだが、自然とそうなったので、エドアルドとリベリオが身に着けるようにというお告げのようなものなのだろう。
自分が魔力を注いだ魔石がエドアルドの胸を飾っていると思うとリベリオは誇らしい気持ちになる。
三年経ってもエドアルドの婚約者という地位には慣れないが、エドアルドは変わらずリベリオを優しく見守ってくれていた。
リベリオも十五歳、エドアルドも十八歳。
もう子どもではないとリベリオは思うのだが、エドアルドはリベリオのことをまだまだ子どもと思っているようで少し悔しくなる。
エドアルドの身長はジャンルカと変わらないくらいになって、成人男性より頭一つ以上大きい。リベリオの方はやっと成人女性の身長を越したくらいで、まだ伸びると信じているが、レーナも記憶に残っている実父もそれほど大きくないので、エドアルドの肩に届くくらいになれるかどうかも分からない。
プロムで踊るときにエドアルドとの身長差が目立たないだろうか。
ただでさえアマティ公爵家同士の婚約で目立っているというのに、リベリオはこれ以上周囲の目を引きたくなかった。
「アルマンド殿下が、わたくしをプロムに誘ってくださったのよ。一緒に踊るの」
九歳になったアウローラが嬉しそうにドレスを選んでいる。九歳のアウローラをプロムに誘うのは異例かもしれないが、アウローラは国王陛下に認められたアルマンドの婚約者なので、アルマンドがアウローラ以外をパートナーとすることは考えられなかった。
「アウローラ、プロムではアルコールも出ますから、アルマンド殿下が選んでくださったもの以外口にしてはいけませんよ」
「はい、お母様」
「ドレスはどれがいいでしょうね。新しく誂えますか?」
「わたくし、成長期でまだまだ大きくなります。新しく作るのはもったいないです」
「世界で一番可愛いアウローラを見てほしいのだから、遠慮はしなくていいよ」
「遠慮ではありません。わたくしの衣装のお金も公爵家から出ています。それは領民が納めた税から発生したものです。無駄遣いはできません」
しっかりと発言するアウローラに「王太子殿下の婚約者の自覚が出て」と目頭を押さえるジャンルカに、ふわふわの蜂蜜色の髪を撫でるレーナ。アウローラは輝いて見えた。
卒業式とプロムに向けて家族が準備をしている気配に、ダリオが部屋からシャツやスラックスを引っ張り出してくる。誕生日で五歳になったダリオはみんなの真似をしたい年頃だった。
「おとうさま、おかあさま、わたしのいしょうは?」
「ダリオはお留守番ですよ」
「プロムに出るのはエドアルドとリベリオとアウローラだけだよ」
「わたしはいけないの!?」
プロムというものを理解していないダリオにジャンルカが説明している。
「プロムというものは、学園を卒業する学生とそのパートナーしか出られないのだ。エドアルドは学園を卒業するし、リベリオはエドアルドのパートナーだ。アウローラは学園を卒業するアルマンドに誘われている。ダリオも大きくなって学園を卒業するときには出られるよ」
「あといくつねたらいける?」
「それは……たくさんだな」
まだ何年という感覚がしっかりと分かっていないダリオに、ジャンルカも困って苦笑していた。
リベリオもプロムに出る衣装をジャンルカとレーナに見てほしかったが、パートナーであるエドアルドに事前に見せてしまうのはなんとなくもったいない気がする。格好よく決めて、エドアルドに驚いてほしいという気持ちがあった。
「義父上、母上、後でわたしの部屋に来てもらえませんか?」
「リベリオからのお願いなら行かないといけないね」
「なんですか、リベリオ」
「見てほしいものがあるのです」
リベリオがジャンルカとレーナを部屋に誘えば、ダリオも顔を出してくる。
「リベリオおにいさま、わたしも! わたしも!」
「いいよ、ダリオもおいで」
「やったー!」
ダリオにも見せても構わないだろうと判断して返事をすると、ダリオが飛び跳ねて喜ぶ。
エドアルドとアウローラに挨拶をして自分の部屋に行こうとしたリベリオだったが、エドアルドがそれを止める。
「リベたん、あ、まもの……」
「リベたん」というのは言葉少ないエドアルドが時々リベリオの名前を噛んだときに出てしまう言葉だった。それ自体は気にしていなかったが、続いた単語にリベリオは身を乗り出す。
「魔物!? エドアルドお義兄様、魔物が出るの?」
「違う」
「違う? ということは、今日ではないんだね? あ、そうか、卒業式のとき? それともプロムのとき? 魔物の大発生が起きるっていうこと!?」
問い詰めるリベリオにエドアルドは「そう」と言ったようだった。
エドアルドには先見の目という未来を見通す能力がある。それで魔物の大発生を予言したのだろう。
「義父上も母上も聞きましたか?」
「聞いたよ、卒業式かプロムのときに学園で魔物の大発生が起きるのだな?」
「エドアルドの先見の目は内密にしていますが、ジャンルカ様、アマティ公爵家の兵士だけでも配備できませんか?」
「そうしよう。エドアルド、よく言ってくれた。学生たちに危険がないように手配するつもりだ。安心しなさい」
ジャンルカが請け負ってくれたのでリベリオも少し安心したが、エドアルドの表情はまだ厳しい気がするのだ。何かもっと深いところまで見てしまったのだろうか。
問い詰めたい気もするが、先見の目を使ったエドアルドが消耗している可能性もあるし、これ以上は語れないのかもしれないので、とりあえずはそれ以上の追及は控える。
自分の部屋にジャンルカとレーナとダリオに来てもらって、リベリオはプロム用の衣装を見せた。
「プロムにこのフロックコートを着ていこうと思ったいるんですがどうでしょう? エドアルドお義兄様はわたしに明るい茶色が似合うと言ってくれるので」
明るい茶色のフロックコートに白いシャツ、白いクラバットに魔石のブローチを付ける。着て見せてジャンルカとレーナとダリオの前でゆっくりと一回りすると、ダリオが緑色の目を輝かせてリベリオに歩み寄ってくる。
「リベリオおにいさま、とってもかっこいい!」
「本当? エドアルドお義兄様にもそう思ってもらえるかな?」
「うん! ぜったいエドアルドおにいさまはリベリオおにいさまにかんどうするよ!」
かわいい感想を聞けたのでリベリオが喜んでいると、ジャンルカもレーナも温かな眼差しでリベリオを見詰めていた。
「とてもよく似合うよ、リベリオ」
「リベリオもこんなに大きくなったのですね。格好いいですよ」
ジャンルカにもレーナにも認めてもらって、リベリオは安心してその衣装を着てプロムに出席することを決めた。