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14.婚約式

 リベリオの魔力臓がエドアルドの母、カメーリアの好きだった青い花で偶然治ったときには、アウローラは三歳だった。

 それなのにしっかりとそのときのことを覚えていて、ダリオに話していた。


(違うんだって、アウたん! それは全くの偶然! マンドラゴラを慰めに持って行ったっていうけど、逆! 逆! マンドラゴラを煎じて飲んでほしくて、青い花はお見舞いに飾ってほしかったんだよ! 違うんだー!)


 どれだけ胸中で否定してもアウローラに届くことはない。

 ダリオも緑の目をきらきらさせながら尊敬するようにエドアルドを見上げてきているのが苦しい。

 違うのだと心の中で繰り返しても、それが伝わることはなかった。


 気を取り直して婚約式の日、白いタキシードに身を包んだリベリオを見て、エドアルドは大きくのけ反って鼻血を盛大にまき散らすところだった。


(なんて清純で美しいリベたん! これは天使でしょ? 間違いなく天使でしょ? あぁ、リベたんと婚約できるだなんてなんて幸せ者なんだろう! お父様、お母様、ぼくを生み出してくださってありがとうございます! ぼくは幸せです!)


 鼻血を堪えるために顔の下半分に手をやったエドアルドを誰も気にしていない様子だった。


 馬車に乗って王宮まで行く間、リベリオはどこか不安そうにエドアルドの顔を何度も見上げていた。

 二人きりの馬車の中。

 学園に行くときも二人きりなのだが、今日は婚約式のためなので少し意味合いが違う。


(リベたん、不安なんだね。大丈夫、お兄ちゃんがいるからね。お兄ちゃん、リベたんのことを幸せにする! リベたんのことを嬉し泣き以外で泣かせたりしない! リベたんは何も心配することはないんだからね!)


 結婚すれば当然後継ぎを望まれることになるわけだが、病弱で体の線の細いリベリオに、魔法薬を飲ませて子どもを産ませるなどということをエドアルドは全く考えていなかった。こういうことは健康な方がやった方がいいに決まっている。エドアルドの母のカメーリアは病弱であったわけではないが、お産で命を落としている。


(リベたんがお産で命を落とすなんて、お兄ちゃん悲しくて生きていけない! 絶対無理! こういうのは体が頑丈な方が受け持つのが普通だと思うんだ! 安心して、リベたん! お兄ちゃんが魔法薬を飲みます! 男性は産む場所がないから子どもを産むときにお腹を切らなきゃいけないんでしょう? 無理無理無理無理! リベたんにそんなことさせられない! お兄ちゃんがお腹を切ります!)


 それにしても、リベリオはまだ十三歳。結婚できるのは十八歳になってからだというのにエドアルドはその先の妊娠、出産のことまで考えてしまっていた。


「リベリオ、大丈夫」


 何度も繰り返してリベリオの手を握ると、冷えていたリベリオの手が少しずつ温まってくる気がして、エドアルドは胸を撫で下ろした。


 王宮に行くとジャンルカとレーナとエドアルドとリベリオとアウローラは大広間の控えの間に通された。控えの間ではアルマンドも純白のタキシードを着て準備している。


「ジャンルカ叔父上、今日はよろしくお願いします」

「アルマンド殿下、アウローラのこと頼みます」

「はい。婚約者として生涯アウローラを愛し、大事にすることを誓います」

「もうここで誓っていいのですか?」

「ジャンルカ叔父上には聞いておいてほしかったのです」


 表情を引き締めてアウローラに手を差し伸べるアルマンドは、従兄弟なのでエドアルドとどこか似ている。エドアルドも表情が動けばアルマンドのように微笑むことができたのかもしれない。


「アウローラ、ぼくのお姫様。今日はよろしくね」

「はい、アルマンド殿下。わたくしの王子様」


 先にアルマンドとアウローラが大広間に向かって、後ろからエドアルドとリベリオがついて行く。エドアルドの腕に手を添えてエスコートされるリベリオに、エドアルドは興奮のあまり目の色が紫に変わっていた。

 エドアルドの目の色の変化など、よく見ないと分からないし、「氷の公子様」と言われるエドアルドの顔は怖いのでじっと見つめてくるものなどいない。きっと目の色の変化に気付いているのはリベリオくらいだろう。


(これからリベたんとの婚約式! もう後には戻れない! リベたんはお兄ちゃんのもの! 世界中に向けてそれを発信できるのだ!)


 無意識に足がステップを踏まないように気を付けつつ、エドアルドは大広間に出た。

 大広間では国王陛下と王妃殿下が待っている。


「本日、皆に集まってもらったのは他でもない、我が息子にして王太子のアルマンドと、我が弟のジャンルカの子どもたち、アウローラとエドアルドとリベリオに関してのことだ。アルマンドはこの度、アマティ公爵家のアウローラと婚約する!」


 国王陛下が宣言すると、集まった貴族たちからざわめきが起きる。


「アマティ公爵令嬢とは、まだ幼かったような」

「アマティ公爵家のご令嬢とのことだが、本来は子爵家のご令嬢を養子に取ったという話では?」

「アマティ公爵令嬢が王太子殿下と!?」


 驚きの声が上がるが、それを制するようにアルマンドが声を上げた。


「ぼくは王族特有の能力があります。その能力は決してぼくを幸せにするものではない。けれど、アウローラ嬢のそばにいれば、その能力を持って生まれたことも不幸なことではなかったと思えるのです。ぼくの婚約者はアウローラ嬢しかいません」


 ぼくのかわいいお姫様。


 小さくアウローラの耳に囁くアルマンドに、アウローラが誇らしく胸を張っている。堂々と宣言されてしまうと貴族たちのざわめきも消えた。


 国王陛下がアウローラとアルマンドの前に立つ。


「国王、ジャンマリオの名において、王太子アルマンドとアマティ公爵家令嬢アウローラの婚約をここに結ぶ。アルマンド、アウローラ、婚約誓約書にサインを」


 国王陛下が促せば婚約誓約書が持って来られて、アルマンドとアウローラは羽ペンを手に取ってそこにサインをする。

 婚約誓約書を貴族たちに見せて、国王陛下は二人の婚約を認めた。二人の婚約が認められると会場から拍手が起きる。


 それに続いて、エドアルドとリベリオが前に出た。


「我が弟ジャンルカの息子、エドアルドとリベリオも今日、婚約する。アウローラが王家に嫁ぐので、アマティ公爵家を継ぐエドアルドにはリベリオと縁を結んでもらうようにわたしの方から頼んだのだ。エドアルド、リベリオ、婚約を結び共にアマティ公爵家を盛り立て、王家を支えてくれることを誓うな?」

「はい、国王陛下」

「誓います」


 国王陛下の言葉に貴族たちは困惑している様子だった。


「同じアマティ公爵家の子息同士を婚約させるなど」

「同性同士の結婚も珍しくはないが、将来のアマティ公爵がそうなるとは」

「相手はアマティ公爵の養子となっていても子爵家の子息でしょう?」


 動揺が走る大広間の中だが、国王陛下はそれに対しても毅然として対応していた。


「これはアマティ公爵家にとって必要な婚約。だからこそわたしが直々に頼み込んだ。この婚約に意義があるものがいれば、わたしに申し出よ!」


 さすがに国王陛下に申し出る勇気のあるものはいなかったようで会場が静まり返る。

 それを確認してから国王陛下はエドアルドとリベリオに婚約誓約書にサインさせた。


(あぁ、リベたんが婚約誓約書にサインしている! もちろん! お兄ちゃんも! サインしましたよ! これで正式にリベたんはお兄ちゃんの婚約者! リベたん、大好きだよ! リベたんは一人っ子で寂しかったお兄ちゃんの前に舞い降りた天使なんだからね! 絶対に離さない! お兄ちゃんはリベたんを一生愛するよ!)


 心の中でも誓いを述べているエドアルドの手を、そっとリベリオが握ってくる。小さなリベリオの手は毎日握って魔力のやり取りをしているとはいえ、今日は手を握るという動作が全く違う意味を持つように感じられた。


「リベリオ」

「エドアルドお義兄様」


 蜂蜜色の目を潤ませているリベリオが愛おしすぎて、エドアルドはその手を引き寄せて指先にキスをした。色白のリベリオの頬が薔薇色に染まる。


「アルマンド殿下、わたくしも!」

「それでは、ぼくのお姫様」


 エドアルドがリベリオの指先にキスをしたのを見て、アウローラが羨ましがっていると、アルマンドも恭しくアウローラの指先にキスをする。

 キスをしてもらってアウローラは満足そうに微笑んでいた。

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