リベリオのことを心配するエドアルドと同じベッドで一緒に寝てしまった。
先見の目で予言した通りにリベリオは魔力酔いを起こして苦しんだし、それをエドアルドは助けてくれた。
緊張して眠れないかもしれないなんてことはなくて、リベリオはエドアルドに抱き締められてぐっすり眠ってしまった。夜中に目が覚めたときには、エドアルドの逞しい胸に抱かれていて、エドアルドも目を閉じて健やかに寝息を立てていた。
寝顔まで格好よくてリベリオはどきどきしたが、そのうちに眠ってしまった。
朝になってリベリオが起きると、エドアルドはもう身支度をしてリベリオの顔を覗き込んでいた。昨夜寝ている間に魔力酔いを起こしたので心配してくれているのだろう。
大丈夫だと示すために元気よく声を上げていたリベリオだが、自分の部屋に戻って着替え始めると手が震える。
婚約者であるし、そもそも義理とはいえ兄弟であるのだから同じベッドで眠っても何もおかしくないはずなのに、エドアルドと一緒に眠ったという事実がリベリオを動揺させていた。
目を閉じていると白い瞼に目立つ黒い睫毛。眼光鋭い青い目は隠されて、大人のような精悍な顔立ちが際立つ。体付きも大きくて、リベリオをすっぽりと包み込んでしまった。
思い出すだけで心拍数が上がるリベリオだが、何とか着替えて、エドアルドと一緒にアウローラとダリオの部屋に声を掛けて薬草菜園に行った。
薬草菜園は温室になっているので冬場でも薬草が育てられる。夏場に収穫したマンドラゴラの栄養剤になる薬草はもう抜いてしまって、畝にも何も残っていなかったが、奥のマンドラゴラが植えてある畝はそのままだ。
「じゃー、じゃー」
ゾウを模した如雨露で楽しそうにダリオが水を上げている。赤いゾウの如雨露はエドアルドがダリオのために用意したものだ。
リベリオも九歳のときに用意してもらった青いゾウの如雨露を使っているが、デザインはともかくとして水を汲まなくてもどれだけでも水が出て来るという魔法具はとても便利だった。
微笑ましくダリオを見ているとエドアルドがダリオの幼児特有の柔らかい髪を撫でる。
「ダリオにもマンドラゴラを」
「エドアルドお義兄様、そろそろダリオもマンドラゴラが欲しくなる年齢よね! ダリオ、人参さんと大根さんと蕪さん、どれがいい?」
ダリオにもマンドラゴラをと言い出したエドアルドに、姉らしくアウローラがダリオの目線に合わせて自分の人参に似たマンドラゴラ、エドアルドの大根に似たマンドラゴラ、リベリオの蕪に似たマンドラゴラを見せている。
「このマンドラゴラはね、エドアルドお義兄様がリベリオお兄様の体調が悪くなったときに、心を慰めるように収穫してきてくださったのよ。ダリオはそのときに生まれていなかったから、マンドラゴラを持っていないでしょう?」
「にぃに、いちゃいいちゃい?」
「リベリオお兄様はお母様を助けて、魔力が枯渇して死にかけていたの。そのときにエドアルドお義兄様が青い花を持って来て、煎じて飲むように言ったのよ。飲んだリベリオお兄様は治療法がないと言われていた不治の病が治ってしまったの」
「にぃに、いちゃい、ない?」
「もう元気になったのよ」
嬉しそうに話すアウローラに、ダリオが喜んでリベリオに飛び付いてくる。二歳のダリオなりにリベリオが病弱であることは理解して、心配していたようだ。
不治の病は治ったのだが、まだ魔力核と魔力臓のバランスが整っていない。
「ダリオ、マンドラゴラは決まった?」
「じぇんぶ!」
「全部はダメだよ」
「じぇんぶ、いーの!」
人参も大根も蕪も欲しがるダリオに苦笑するリベリオだが、エドアルドは真剣な表情でそれを聞いていた。
「ダリオ、呼んで」
「あい! おーい!」
マンドラゴラの畝に向かってダリオが両手を口の横に当てて大きな声で呼ぶと、「びゃい!」と返事が聞こえた。
畝から飛び出してきたのは蕪に似たマンドラゴラだった。
「ダリオの呼び声に応えて来た! エドアルドお義兄様、マンドラゴラに選んでもらったんだね」
どのマンドラゴラがダリオのそばにいたいか、エドアルドはマンドラゴラ自身に選んでもらったのだ。桶に水を汲んできたエドアルドが土塗れの蕪に似たマンドラゴラをきれいに洗ってやる。
水気を拭き取られた蕪に似たマンドラゴラを、ダリオは大事に抱き締めていた。
マンドラゴラはその日からダリオの一番のお気に入りになったのだった。
学園が冬休みに入ってから、エドアルドとリベリオ、アルマンドとアウローラの婚約式が行われる。
エドアルドとリベリオは白いタキシードを着て、アウローラは白いドレスを着て短いヴェールも被って王宮に出向く。
エドアルドとアルマンドは十五歳で社交界デビューする大事な年齢でもあった。十五歳になってすぐにデビュタントを済ませていないのは、二人とも婚約がまだだったからで、婚約したらすぐにデビュタントが行われるだろう。
王宮に行く馬車に乗り込むときに、リベリオはエドアルドの手を借りた。エスコートされているようで照れるのだが、婚約者となるのだから当然なのだろう。
人数が多くなっているので馬車は二台に分かれていた。ジャンカルロとレーナとアウローラとダリオが乗る馬車と、エドアルドとリベリオが乗る馬車だ。
学園に行くときもエドアルドとリベリオ二人きりで馬車に乗っているので慣れているはずなのに、今日は特別な日だと思うと緊張してしまう。
「エドアルドお義兄様……」
「リベリオ、大丈夫」
緊張でエドアルドの顔を何度も確認してしまうリベリオに、エドアルドは安心させるように静かな声で「大丈夫」と言ってくれる。表情もいつもと変わりなく無表情だが、エドアルドなりに愛情溢れる雰囲気は醸し出しているので、それでリベリオも少しは安心する。
「わたしはエドアルドお義兄様に相応しいのでしょうか……」
「リベリオ以外、いない」
「先見の目で見たの? わたし以外、エドアルドお義兄様と結婚する相手はいないって」
貴族の中にはこの時代になっても悪しき風習を引き継いで、愛妾を持ったり、町で娼婦と遊びまわったりしているものもいるようだが、基本的に結婚すればその相手を一番に思うものであるし、尊重するものだというのが最近の風潮としては強い。それというのも、貴族同士の結婚は政略結婚ではあるが、できる限り相性がいいもの同士で結婚できるように家格が合うことは一番に考えられるが、それ以外にもお互いの気持ちを尊重する考えが貴族社会の中でも出てきているのだ。
国王陛下からの命令ではあったが、エドアルドとリベリオの婚約は断ってもいい状況だった。それをリベリオはエドアルドが好きだから断らなかったし、エドアルドは先見の目で何かが見えたのだろう、未来を予見して断らなかった。
今はエドアルドに婚約者としての愛がないとしても、三年間一緒に暮らしてきてリベリオとエドアルドは意思疎通ができるようになったし、親しくもなった。リベリオがエドアルドのことを好きになってしまうくらいまで、エドアルドはリベリオに優しくしてくれていた。
婚約してもエドアルドの優しさは変わらないだろうし、義理の兄弟だったのが婚約者になったことで少しずつでも歩み寄っていけたら、それで十分なのではないだろうか。
最初から多くを望まずに、じっくりと時間をかけてエドアルドと愛情を築けばいい。
リベリオが成人して学園を卒業するまでに五年以上の歳月が必要であるし、エドアルドもその間はリベリオを待っていてくれるはずだ。
エドアルドにいつかは愛されたい。
相思相愛になって結婚したい。
それは決して不可能なことではないのではないかとリベリオは思っていた。