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10.婚約式に向けて

 王宮での国王陛下一家とジャンルカ一家の私的なお茶会で、アウローラとアルマンドの婚約と、エドアルドとリベリオの婚約が決まった。

 学園の冬休みに婚約が発表されて婚約式が行われるようなのだが、それまでに残り一か月と少ししかなくてアマティ公爵家はこれから大忙しになりそうだった。


 決意したような表情で「わたしも、この婚約お受けします」と答えたリベリオ。

 その細い体をエドアルドは抱き締めたくてたまらなかった。


(かわいいリベたんが、お兄ちゃんと婚約してくれる! リベたんはお兄ちゃんのもの! 公爵家の婚約ともなると国の一大事業だから破棄はできないよ? いいの、リベたん? お兄ちゃん、リベたんのこと絶対大事にする! 幸せにするよー!)


 心の中でパレードが始まっているエドアルドは、興奮のあまり自分の目が紫色に変わっていることに気付いていなかった。

 よく見ないと分からないのだがエドアルドの青い目は、興奮すると血管の赤が混じり紫に変わるのだ。リベリオとの婚約でエドアルドは最高にテンションが上がっていた。


 それにしてもリベリオの様子がおかしい。

 リベリオはアウローラのため、ジャンルカのために仕方なく婚約を受けたのだろうか。

 そうであろうとも、エドアルドはリベリオを解放することは考えられなかった。


(リベたんがいない人生なんて考えられない! お兄ちゃんはリベたんのことが好き! 伯父上も認めているんだから、仕方ないよね! こんな素晴らしい婚約を考えてくださった伯父上、感謝します!)


 頭の中は花が咲き乱れ、花弁が降り注ぐエドアルドだが、リベリオの表情が暗いことには気付いていた。


(リベたんには理不尽なことだったかもしれないけれど、お兄ちゃんはこれからリベたんを誰よりも大事にするし、幸せにするから、少しずつでいいからぼくを愛してほしい! ぼくはリベたんを愛してる! 世界中にこの喜びを知らしめたい!)


 喜びが溢れているはずなのに、エドアルドの表情が全く変わっていない無表情であることにエドアルド自身は気付いてもいなかった。


 その日の夜にリベリオが部屋に訪ねて来た。

 思い詰めた表情のリベリオをソファに座らせて、エドアルドは話を聞く。

 リベリオはお茶会での婚約の件について気になっていたようだった。


「エドアルドお義兄様は、本当に納得しているの?」


 不安そうに蜂蜜色の目を揺らして問いかけられたエドアルドは、心の中で即答していた。


(はい! 納得しています! むしろ大歓迎です!)


 その言葉は口から出ずに、「リベリオは?」と逆に問い返してしまったのだが、リベリオは自分は納得していると答えた上で、エドアルドが渋々受け入れたのではないかと心配している。


(そんなわけないでしょう! お兄ちゃんはリベたんと婚約できて超ハッピーなんだよ! もうサンバを踊っちゃうくらいだよ!)


 その気持ちを伝えようと手を握ってもリベリオが不安そうなので、エドアルドはリベリオの頬を両手で挟んでこつんと額を合わせた。

 リベリオのきらきらと光る蜂蜜色の睫毛に覆われた蜂蜜色の目が間近に見える。

 その美しさにエドアルドは興奮してくる自分に気付いていた。


(リベたんの睫毛きれい! お目目も蜂蜜の香りがしそう! とってもきれいでかわいい! こんなにかわいいリベたんと婚約できるだなんて、ぼくはなんて果報者なんだ! リベたん、お兄ちゃんはリベたんを命を懸けて幸せにするよ!)


「大丈夫。ぼくの全てを懸けて、幸せにする」


 一生懸命心の内を声に出すと、リベリオが顔を真っ赤にしているのが分かる。近付きすぎたかと思って体を離すと、リベリオが目を伏せてじっとしている。


(え!? なにこれ!? キス待ち顔!? そんなわけないよね! お兄ちゃんが変態でごめんなさい! リベたんはまだ十二歳だもんね! キスとかまだ早すぎるよね! お兄ちゃん、欲望に正直すぎました、ごめんなさい!)


 平謝りしてリベリオから離れると、リベリオが赤い頬を押さえて俯いている。


「エドアルドお義兄様にとっては不本意な婚約かもしれないけど、これから関係を築いていくって考えれば、いいのかな?」

「リベリオ、前向きに考えてほしい」

「エドアルドお義兄様も、少しずつわたしのこと、好きになってほしい」


 歩み寄りの姿勢を見せてくれたリベリオにエドアルドは天上に向かって両腕を広げて喜びを示した。もちろん、頭の中だけで。


(リベたんが歩み寄ってくれている! そうだよ、リベたん! 今はお兄ちゃんのことをお兄ちゃんとしか思えなくても、いつかは両想いになれる! 大丈夫、お兄ちゃんはどれだけでも待てるよ! リベたんもまだ十二歳なんだし、リベたんの気持ちと体が育つのをお兄ちゃん、待ってるからね!)


 そのままリベリオの体を勢いで抱き締めてしまったエドアルドだが、リベリオは嫌がるどころかエドアルドの背中に華奢な腕を回してきゅっと抱き着いてくる。


(リベたんのハグいただきましたー! ありがとうございますー! お兄ちゃんは天にも昇る心地ですー!)


 幼いころから病にかかっていたために身長も小柄で、華奢なリベリオの体を堪能するように抱き締めてから、エドアルドはリベリオを隣りの部屋まで送って行った。


「今日は色んなことがありすぎて眠れそうにないよ。エドアルドお義兄様、こんなわたしだけど、これからもよろしくお願いします」

「ぼくこそ、よろしく」


 初々しく挨拶をして、お互いに「お休みなさい」を言ってリベリオは部屋に入り、エドアルドも部屋に戻った。

 ベッドに入ると抱き締めたリベリオの体温や体の細さを思い出して、エドアルドはシーツの上でごろごろと悶えてしまう。

 成人男性の中でも頭一つ以上大きいジャンルカに似て、エドアルドも体の成長が早く体は非常に大きい。このままだとジャンルカと同じくらいになってしまうのではないだろうか。


 リベリオと婚約したのだし、その先をどうしても考えてしまうのは十五歳の健康的な男子としては普通のことだ。


(あの細さでリベたんが妊娠、出産とか、絶対無理でしょー! そんなのさせられない! 無理無理無理! 同性同士で子どもができる魔法薬が開発されてるって言っても、男性は出産する場所がないから、お腹切るんだよ!? リベたんのお腹を切っちゃうの!? あの細くて薄いお腹を!? 絶対に無理ー!? リベたんに安心するように言ったのはお兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんが責任もって全部引き受けます!)


 結婚を一足飛びに超えて妊娠、出産のことを考えてしまうが、リベリオは成長したとしてもレーナとブレロ子爵の子どもなので、それほど大きくはならないだろう。細くて華奢なリベリオに妊娠、出産をさせるとなると、エドアルドはどうしても納得できない。

 男性だから出産のときにお腹を切らなければいけないと考えてしまうと、リベリオにそんな負担をさせるくらいなら自分がした方がマシという考えになってしまう。


(でも、そうなったら、ぼくの方が抱かれるんだよね? え? リベたん、ぼくを抱けるの!? 体が大きくてごつくて怖いって言われるぼくを!? できませんって言われたら、ショックで寝込んじゃうんだけどー! リベたんに聞いてみる? いや、待て、エドアルド! リベたんは十二歳! まだその段階じゃない! 落ち着くんだ!)


 どんどん先のことを考えてしまう自分の暴走に気が付いて、必死に止めるエドアルドは、ベッドの上で悶えてごろんごろんと転がり、その夜はほとんど眠れなかった。


 眠れなくても朝は来る。

 週末は二日続けて学園が休みなので、その日も学園は休みだった。

 早朝から薬草菜園の世話をして、ダリオのために用意した赤いゾウさん如雨露をダリオが嬉しそうに使うのを眺めて心を和ませ、朝食後は仕立て職人にタウンハウスまで来てもらって、エドアルドもリベリオもアウローラも採寸をした。


「息子たちと娘の大事な婚約式の衣装だ。一か月後と迫っているが、最高のものを作ってほしい」


 ジャンルカに声を掛けられて仕立て職人は気合を入れている様子だった。


「基本は白で作りますが、下の御子息の髪色に合わせて金糸で刺繍を入れようと思っておりますが、上の御子息は銀糸が似合うのではないかと思われます」

「リベリオには金、エドアルドには銀か。レーナ、どう思う?」

「いいと思いますわ。アウローラのドレスには金糸で刺繍を施して、ヴェールにも金糸で刺繍を施してもらいましょう」


 蜂蜜色の髪と目のリベリオとアウローラに金色は似合うだろうし、黒髪に青い目のエドアルドには銀の方が似合うだろう。

 婚約式をするのは王族くらいなのだが、ジャンルカは王弟でエドアルドもリベリオもジャンルカの息子なので王族に入るだろうし、アウローラは王太子のアルマンドと婚約をするのだから当然婚約式は開催される。


 白いタキシードの布を合わせられているリベリオの緊張した面持ちに、エドアルドは微笑みかける。実際には口角が僅かに上がっただけだったが、リベリオはエドアルドの顔を見てほっと息を吐いたようだった。


「エドアルドお義兄様のタキシード姿、素敵だろうなぁ」

「リベリオお兄様ったら、わたくしは?」

「アウローラは何を着ていてもかわいいけれど、婚約式のドレスはとびっきりかわいくしないとね!」

「そうでしょう? わたくし、王子様と婚約するのです!」


 ドレスのふわふわのサテンの布やレースを見せられて大喜びで飛び跳ねているアウローラに、よく分からないながらも嬉しそうに真似をして飛び跳ねるダリオ。

 婚約式に向けてエドアルドは期待と喜びに満ちていた。


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