王宮でのお茶会は、エドアルドの婚約の話かと思われたが、実はアルマンドとアウローラの婚約の話から始まった。
ジャンルカとレーナの結婚式の日にアルマンドと出会ってお姫様扱いをされてから、アウローラはずっとアルマンドのことを「王子様」と慕っていた。この婚約はアウローラにとっても喜ばしいことであるし、多少だが他人の感情が読めてしまうアルマンドにとってはアウローラの純粋さが心の癒しとなっていたということで、国王陛下の勧めでもあるし、アウローラも乗り気なのでジャンルカも反対しなかった。
問題はその後だった。
国王陛下はエドアルドとリベリオの婚約を勧めてきたのである。
その理由として、エドアルドが成人してアマティ公爵家を継いだ後にジャンルカが宰相となることと、アウローラが王太子妃になることによってアマティ公爵家が権力を持ちすぎて貴族社会のバランスを崩しかねないということがあった。
理不尽なことは言わないだろうし、断ってもいいと言われているので、リベリオはそれをエドアルドが断るだろうと思っていた。
それなのに、エドアルドは「リベリオなら」と了承するようなことを言っている。
国王陛下の頼みであるし、アウローラの幸せのためにも断れないのかもしれないが、エドアルドはそれを先見の目で見ていたのだろうか。リベリオが見た感じではエドアルドの表情に動揺は見られなかった。
リベリオもエドアルドがそれでいいならと了承したが、胸の内は複雑だった。
エドアルドのことが好きだと自覚したリベリオは、この婚約が嬉しくてたまらないのだが、エドアルドにとってはただの義弟であるリベリオとの婚約は嫌なのではないだろうか。それをリベリオを傷付けないため、国王陛下の顔を立てるために受けたのではないか。
ぐるぐると嫌な方向に落ちてしまいそうな気持ちを持て余すリベリオに、ジャンルカが問いかけて来る。
「エドアルドとリベリオの婚約は、わたしにとってはかわいい息子たちが結ばれるのでめでたいのだが、本当に二人はそれでいいのか? 公爵家の婚約は国の一大事業になってくるから、成長していくにつれて違う相手がよくなっても、簡単に破棄できるものではないよ」
国王陛下の命令とあっても、エドアルドとリベリオの同意がなければ受ける気はないという姿勢を見せるジャンルカに、リベリオはエドアルドの顔を見た。エドアルドはいつもの無表情だが、それがどこか諦めているようにも見える。
先見の目でこの結果を先に見て、覚悟していたのだろう。
「ぼくはこの婚約、お受けしたいです」
はっきりと言うエドアルドにリベリオは困惑してしまう。
エドアルドは先見の目を持っているし、リベリオの気持ちなどお見通しなのかもしれない。その上でリベリオの気持ちを思いやって婚約を受けてくれるのかもしれない。
「わたしは……エドアルドお義兄様、本当にいいの? わたしだよ?」
思わず身を乗り出して聞いてしまうリベリオ。
自分がエドアルドの婚約者として相応しいとは思っていないし、エドアルドはいつか女性と婚約して結婚するのだと思っていた。
今日までエドアルドが婚約を断っていたのは、アウローラやジャンルカのことがあって国王陛下に打診されることを分かっていたからなのだろうか。
混乱するリベリオに、エドアルドが問いかける。
「リベリオは嫌?」
「嫌じゃない……嫌じゃないよ、エドアルドお義兄様」
わたしはエドアルドお義兄様が好きだから。
口には出せなかったが必死になって否定してしまったリベリオに、エドアルドが小さく頷いた。
「リベリオ、大事にする」
優しいからエドアルドはこの婚約を受けてくれるし、リベリオにも大事にするなんて言ってくれるのだ。
エドアルドの気持ちが義弟に対するものでも構わない。リベリオはエドアルドと婚約できる機会を逃したくはなかった。
エドアルドが他の相手のものになるくらいならば、例えエドアルドの本意ではない婚約であろうともエドアルドの気持ちを繋ぎ留めたい。
「わたしも、この婚約お受けします」
答えたリベリオは、自分が奈落の底に落ちていくような感覚に襲われていた。
大好きなエドアルドに無理をさせて、結んだ婚約で幸せになれるのだろうか。きっとエドアルドはリベリオを大切にしてくれるし、優しくしてくれるが、そのたびにリベリオは罪悪感に苛まれる予感しかしない。
「エドアルドとリベリオが納得しているならいいんだ。兄上、アウローラとアルマンド殿下の婚約、それにエドアルドとリベリオの婚約、どちらもお受けします」
リベリオとエドアルドの返答を聞いてジャンルカは国王陛下に返事をした。アウローラが蜂蜜色の目を輝かせて、飛び跳ねんばかりに喜んでいる。
「アルマンド殿下、これからよろしくお願いします」
「アウローラ、君と婚約できて嬉しいよ」
「わたくしもアルマンド殿下と婚約できて嬉しいです!」
大喜びのアウローラにリベリオもぎこちなく笑顔を作る。
「婚約の発表は学園の冬休み期間中に行いたいと思っている。それまでに準備をしておくように」
「アウローラはまだ七歳ですが」
「アルマンドは十五歳になるのに婚約者がいないということで周囲からプレッシャーをかけられている。アマティ公爵家から婚約者が出るというのは周囲を黙らせることができる。少し早い婚約だが、了承してくれ」
「エドアルドとリベリオの婚約も?」
「そのときに発表しようと思う。婚約式までの準備期間が短くなってしまってすまないが、どうにか間に合わせてくれ」
「心得ました、兄上」
婚約の話は無事に終わったが、リベリオは紅茶の味もお茶菓子の味もよく分からなくなってしまった。
エドアルドはどう思っているのだろう。
リベリオは間違いなくエドアルドのことが大好きなのだが、エドアルドはリベリオを義弟としか思っていないはずだ。しかも同性同士の結婚となると色々と考えることが出て来る。
魔法薬で同性同士でも子どもができるようになるのだが、どちらが産むかは話し合って決めなければいけない。
エドアルドはアマティ公爵家の当主になるのだから、リベリオの方が産むのが一般的なのかもしれないが、想像してもいなかったのでそんなことを考えるのも難しいような状態だ。
「エドアルドお義兄様……」
小さく呼べばエドアルドがリベリオを見た。その目がいつもの青から紫に変わっていることに気付く。エドアルドは普段は青い目なのだが、魔法を使っているときや集中してものを考えているときなどは目の色が変わる。青い目に血管の赤が混じって紫に変わるのだ。
エドアルドが何かを感じ取っている。
先見の目を使っているのだろうか。
「リベリオ、大丈夫」
「大丈夫って……」
何か未来が見えたのだろうか。
エドアルドの顔を凝視するリベリオに、エドアルドは紫色に変わっている目を伏せて小さく頷いた。
王宮から帰った後もリベリオは落ち着かなくて、庭の薬草菜園の世話をして、夕食も食べて、風呂にも入った後、エドアルドの部屋を訪ねた。
ドアをノックすると、エドアルドがドアまで来て開けてくれた。
「リベリオ?」
「エドアルドお義兄様、少しお話をしてもいい?」
「どうぞ」
部屋に招かれてソファに座ると、リベリオは何から話し始めればいいのか分からなくなる。
「エドアルドお義兄様は、本当に納得しているの?」
怖かったが一番気にしていることが口を突いて出てしまって、リベリオはその答えを聞きたいような、聞きたくないような、今すぐにでも逃げ出したいような気分になってしまった。
「リベリオは?」
「わたしは……納得しているよ。でも、エドアルドお義兄様は、アウローラやお義父様のために、渋々条件を飲んだんじゃないかと……」
「リベリオ」
言い淀んだリベリオの手をエドアルドの大きな手が包み込むように握ってきた。触れるエドアルドの手はどこまでも温かい。
「ぼくは、リベリオなら」
「エドアルドお義兄様……」
リベリオなら我慢ができる。
エドアルドはそう言いたいのだろうか。
なんと返せばいいかリベリオが迷っていると、エドアルドに頬を撫でられる。両頬を挟み込むように両手で触れられて、リベリオは心拍数が上がるのを感じていた。
キスされるのだろうか。
緊張して体が動かないでいると、エドアルドはリベリオの額にこつんと自分の額を合わせて、じっとリベリオの蜂蜜色の目を覗き込んできた。
「大丈夫。ぼくの全てを懸けて、幸せにする」
間近で見るエドアルドの紫になった目に、リベリオは頭から湯気が出そうなくらい顔が熱くなっていた。