婚約がら逃げ続けてきたが、ついに国王陛下から婚約を勧められてしまうという状況に陥ったエドアルド。断ろうとしたが、ジャンルカが会うだけでも会うようにというので、乗り気ではないけれどエドアルドはそのお茶会に参加しなければいけなくなった。
翌日の学園に行く馬車の中でリベリオはアウローラとダリオの見送りには笑顔を見せていたが、二人きりになると思い詰めたような表情になっていた。
エドアルドに何か言いたそうなリベリオに声を掛けると、先見の目で何か見えたのではないかと問いかけられてしまう。
(リベたん、だから、お兄ちゃん、先見の目なんてないの! 未来のことなんて分からないんだからね! リベたんもお兄ちゃんが婚約するのが嫌なの!? お兄ちゃんも嫌! 同じ年のアルマンドが婚約していないんだから、ぼくも自由にさせてほしいよね!)
心の中では雄弁に語るのだが、口からは「違う」としか単語が出て来なくてエドアルドはじれったくなってしまう。
それよりも気がかりなことがあった。
エドアルドの見合いのように見せかけているが、家族全員を連れて来いというのだから、エドアルドを隠れ蓑にしてリベリオに婚約者を進める方針なのではないだろうか。
ビアンカがリベリオをものすごく気に入っていることをエドアルドは知っていた。エドアルドの婚約の席と見せかけて、リベリオにビアンカを勧める席になってしまうのではないか。
(そんなのダメ! リベたんがビアンカと婚約なんて! そりゃ、王族だし、血の繋がりもないし、リベたんは天使のように清らかでかわいいし、ビアンカが好きになるのは分かるけど、リベたんはダメ! お兄ちゃんのリベたんなんだからね!)
そんなことを考えているとリベリオが何を思ったのか、エドアルドの婚約の相手はビアンカではないかと言い出してくる。
(それはないー!? っていうか、従兄弟だよ? 血が近すぎない? それにビアンカが好きなのはお兄ちゃんじゃなくてリベたんなんだからね? リベたんには危機感がない! こんなんじゃリベたんをビアンカに盗られてしまう! って、リベたんはぼくのものじゃないけどー!)
脳内で叫びまくった結果として、「相手がビアンカなら、婚約はリベリオでは?」という言葉が口から出てきたが、それに対してリベリオはそんなに気にしていない様子だった。
阿鼻叫喚になっているエドアルドの脳内が全然伝わっていない。
(リベたんはダメ! でも、どうしてダメなんだろう……。リベたんが盗られるようで嫌なのは分かるんだけど……リベたんに好きな相手ができると思うと、お兄ちゃん胸が痛い。これはなに?)
自分の中に生まれる感情をうまく表現しきれなくて戸惑うエドアルド。
(ビアンカはリベたんの熱狂的なファンなんだよ! 伯父上に婚約を勧めてほしいって頼んでいたらどうしよう。ビアンカとリベたんが並ぶと、お似合いなんだよなー! ぼくとリベたんが並ぶと、ぼくが大きすぎて身長差がありすぎて親子みたいなのに! え? ぼく、リベたんとお似合いになりたいの!?)
お似合いになりたい。
それはつまり、エドアルドがリベリオのことを好きだということではないだろうか。
(リベたんのことは大好き! 愛してる! 唯一無二の尊い存在! なんだけど、ぼくがリベたんを好きになっていいの? お兄ちゃんなのに? リベたんはお兄ちゃんに好かれて困らないの?)
気付き始めた自分の気持ちにどう向き合っていいか分からないエドアルドを乗せたまま馬車は学園について、リベリオは一年生の教室に、エドアルドは四年生の教室に移動した。
リベリオが好き。
それが兄としてではなくて一人の男性としての感情だと気付いてしまったエドアルドが立ち竦んでいると、アルマンドに声を掛けられる。
「おはよう、エドアルド。教室の入り口を塞がれると困るんだけど」
エドアルドの体は大きいので入り口に立っていると、同じく大柄なアルマンドは通れなくなってしまう。そそくさと教室の中に入ると、アルマンドが隣りの席に座った。
「エドアルド、それ、どうしたんだ?」
「それ?」
「『リベたん、大好き』って……」
「アルマンド!」
感情を読まれたのだと分かった瞬間、思わず大きな声を出していたエドアルドにアルマンドが笑う。
「ずっとそう思ってたじゃないか。気付いてなかったのか?」
「そうだったのか」
「エドアルドがビアンカをリベリオから遠ざけていることも気付いてたんだけどな」
それならばなぜ言ってくれなかったと思うのだが、言ってくれていたら言ってくれていたで、脳内が大混乱になっていた気がするのでエドアルドはそれ以上口にしなかった。
「お茶会」
「お茶会に関しては、エドアルドは心配することはないよ。気に入らなければ断ればいいんだから。父上はそんなに理不尽ではないよ」
お茶会のことについて聞けば、アルマンドもジャンルカと同じようなことを言っていた。本当に断っていいのならば安心なのだが、面倒くさい貴族同士の腹の読み合いなどエドアルドは絶対にしたくなかった。
「リベリオに」
「それも気付かれていたのか。そう、エドアルドのかわいい『リベたん』にももちろん話は行くだろうね」
それも断っていいんだから気にしなくていいんじゃない?
軽く言うアルマンドに、エドアルドは王太子でなかったらアルマンドを一発殴っていたかもしれないと思っていた。
お茶会は学園が休みになる週末に行われた。
エドアルドは紺を基調としたフロックコートを着て、リベリオは茶色を基調としたフロックコートを着て、アウローラはレモン色のドレスを着てお茶会に向かった。
お茶会の席は本当に私的なもののようで、国王陛下と王妃殿下とアルマンドとビアンカとジェレミアしかいなかった。
(あれ? アルマンドが変なことを言うから警戒してたのに、婚約を勧められそうな令嬢がいない? これから連れて来られるの? 誰が来てもぼくは受け入れない! ぼくにはリベたんがいるんだからね!)
リベリオのことが好きだと自覚したところで、エドアルドとリベリオの関係は変わらない。ずっと信頼してきた義兄に迫られるのもリベリオは困ってしまうだろう。リベリオがエドアルドを義兄として慕ってくれているのは分かっているし、エドアルドが義兄以上に見られていないことも分かっている。
関係を壊さないためにはエドアルドはリベリオに何も言わないことが一番なのだろうが、この気持ちを抱えたまま誰かと婚約、結婚することはできないし、リベリオにも婚約、結婚はしてほしくないと思ってしまう。
(それにしても、ビアンカ……。やっぱり、リベたんのお相手はビアンカなんじゃないかな? 家格としても相応しいし、血は繋がってないし。あぁ、リベたん、お兄ちゃんを捨てないで!)
心の中ではリベリオに縋りつく気持ちでいるのだが、国王陛下に座るように勧められるとリベリオに縋り付くわけにもいかない。
椅子に座って紅茶を給仕に注いでもらうと、国王陛下が口を開いた。
「今日来てもらったのは、ジャンルカに相談があってのことだ」
「何でしょう、兄上? エドアルドの婚約と聞いていますが」
「エドアルドの婚約もなのだが、本題は違うのだ」
「本題!?」
早速切り出してきた国王陛下にエドアルドは身構える。
(やっぱりリベたんの婚約が狙いだったんだね! リベたん、お願い、断って! お兄ちゃん、リベたんが婚約するなんて耐えられない!)
心の中で懇願するエドアルドに気付いていないのか、国王陛下はジャンルカに告げた。
「アルマンドのことだ。アルマンドはこの年になっても婚約をしていない。王太子として婚約するように言っているのだが、どうやら気になる相手がいるようなのだ」
「アルマンド殿下ですか?」
ジャンルカが問い返すのに、エドアルドもリベリオのことだとばかり思っていたから、拍子抜けしてしまった。
「その相手とは?」
「年の差はあるが、アウローラがいいと言っているのだ」
「アウローラですか? アウローラはまだ七歳ですよ!?」
エドアルドの婚約を口実に開かれた茶会に家族も同席するというのは妙だと思っていたが、アルマンドとアウローラの婚約が本題だったのならば理解はできる。
(あー! リベたんじゃなくてよかった。でも、アウたんが婚約!? そんなの寂しい! アウたんとは一生一緒に暮らしていたかったのに!)
無表情のまま密やかにショックを受けるエドアルドに、アウローラが背筋を伸ばして返事をしている。
「わたくし、お受けします! わたくしもアルマンド殿下のことをずっとお慕いしています」
「アウローラの濁りのない純粋な感情にぼくは癒されるんだ。ジャンルカ叔父上、アウローラとの婚約を認めてほしい」
他人の感情が読めてしまうアルマンドにしてみれば、相手探しは非常に難しいのだろう。アウローラのアルマンドを一心に慕う姿に心奪われたのならば仕方がない。
(アウたんの婚約に反対したら、アウたんに嫌われちゃうかもしれない……。お兄ちゃんは涙を飲んでアウたんを応援するよ。これから王太子妃教育が厳しくなるけど、お兄ちゃん、何でも教えてあげるからね!)
アウローラの件はこれでエドアルドも納得できたのだが、問題はエドアルドの婚約とそれを隠れ蓑にしたリベリオの婚約だ。
他の令嬢は現れていないし、エドアルドの婚約はジャンルカ一家を王宮に招くためのただの口実で、リベリオの婚約もないのならばそれに越したことはないのだが。
期待しているエドアルドに、国王陛下が口を開いた。
「エドアルドの婚約なのだが」
「婚約相手が来ていないように思われるのですが、兄上」
「いや、もう来ている」
「では、もしかして……」
ビアンカとの可能性を考えたのだろう、ジャンルカが顔色を変える。
「血が近すぎるのはよくないと言います。兄上、考え直してください」
「勘違いしているかもしれないが、エドアルドとは血縁関係のないものを選んでいるぞ」
「それは、どういうことですか? この場でエドアルドと血縁関係がないものなど……」
戸惑っているジャンルカに、国王陛下はエドアルドに向き直った。
「エドアルド、そなた、リベリオと婚約しないか?」
「リベたん?」
思わず口からぽろりとリベリオの愛称が出てしまう。
(えぇー!? どういうこと!? 伯父上は心が読めるの!? ぼくがリベたんのことラブユーフォーエバーなことに気付かれてたっていうの!? どどどどど、どういうこと!? リベたんとお兄ちゃん、婚約していいの!?)
動揺しているが表情には出ないエドアルドに、それ以上に動揺している様子のリベリオがエドアルドの顔を見ている。
「あの馬車の中でわたしの名前を呼んだのは、そういうことだったの、エドアルドお義兄様?」
「え?」
「わたしがエドアルドお義兄様の婚約者に選ばれると分かっていたんだ。でも、国王陛下、どうしてわたしなのですか?」
問いかけるリベリオに国王陛下が答える。
「ジャンルカは王弟でそのうち宰相になるだろう。その上、アマティ公爵家から王太子の婚約者を出すのだ。そうなるとアマティ公爵家は権力を持ちすぎる。権力を持ちすぎると周囲からの反発もあるだろうし、他の貴族との繋がりを持てばさらに権力が強まってしまう。そうならないように、後継者のエドアルドは他家から婚約者を得てほしくなかったのだ。その点、リベリオならば血も繋がっていないし、同性同士だが子どもを産める魔法薬も開発されているので問題ないだろう」
(リベたんと婚約するのが国にとっても、アマティ公爵領にとっても一番いいってこと? アウたんがアルマンドと幸せになるにはその道しかないってこと? そんなぼくにとって都合がいいことが起こっていいの!? ぼく、リベたんと婚約していいの!? リベたん、愛してる! 一生大事にする!)
その気持ちを込めてエドアルドは口を開く。
「リベリオならば」
「エドアルドお義兄様……。国王陛下の御説明はよく分かりました。わたしはエドアルドお義兄様が構わないのであれば、それに従います」
リベリオならば喜んで婚約したいと言ったつもりだが、リベリオにはそれが通じている気がしない。
(リベたん、「従う」だなんて、やっぱりこんな大きくてごつい男との婚約は嫌なんだね! でもごめん! お兄ちゃんはリベたんと婚約したい! リベたんを他の誰にも渡したくない! 最初は嫌々でも、リベたんに婚約者として愛されるようにお兄ちゃん、頑張るから!)
これからの日々を考えると、あまりにもハッピーで体が浮かび上がるような気分になるエドアルドだったが、リベリオの表情が硬いのだけが気になっていた。