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7.国王陛下からの誘い

 学園に入学してからの日々は順調に進んでいた。

 魔力が溢れる体質のリベリオは毎朝エドアルドに魔力を渡して学園に行っていたが、魔力の制御や魔力の性質について習うにつれてそれがとても特別なことなのだと分かる。


 魔力は本来個々で性質が全く違い、リベリオの病のときに飲んでいた薬などは魔力の性質を消す代わりに効力が弱くなっていた。魔力が足りなくなったときに気軽に受け渡せるようなものではなくて、個々で違うので、他人の魔力を体に入れると体調を崩す場合もあるというのだ。

 それだけではなくて、魔力の受け渡しができるのは親子や兄弟など魔力の性質が近いものはできる場合があるが、それ以外になると魔力の相性が合うということは非常に稀だという。

 ものすごく低い確率でリベリオとエドアルドは魔力を渡し合っても違和感がないくらいに相性がよかったのだと分かる。


 魔力の高いものは自分の個性を消して魔力を与えることもできるようだが、それができるのは一握りの人間で、しかも与える魔力は個性を消した分少なくなってしまうというのも習った。


 ジャンルカがリベリオに魔力を分け与えていたときにはそうしてくれていたのだろう。


 エドアルドとリベリオは運命的に魔力の相性がいい。それが分かったようでリベリオは嬉しいような、少し恥ずかしいような、不思議な気分になっていた。


 リベリオが学園に入学してひと月が経つと、ジャンルカとレーナとアウローラとダリオが王都のタウンハウスにやってきた。

 冬休みまで残りふた月だったので、ひと月ジャンルカたちと過ごして、ひと月エドアルドとリベリオで過ごしたら、冬休みに入ってアマティ公爵領に帰れる。

 学園は楽しいのだがアマティ公爵領で家族全員で過ごす時間も大事なので、リベリオは冬休みを心待ちにしていた。


 家族での夕食の席でジャンルカはエドアルドに言った。


「兄上がエドアルドの婚約の手はずを整えてくれているようなんだ」

「ぼくは、必要ない」

「そうは言っても兄上が準備した婚約の席に顔だけでも出さないわけにはいかないからな」


 またエドアルドの婚約の話だ。

 胸が塞がるような気持になってリベリオは俯いてしまう。

 国王陛下がお膳立てした婚約だったらエドアルドも断れないのではないだろうか。


 エドアルドももう十五歳。

 婚約して結婚に備えなければいけない時期ではあると分かっているのだが、実際にそれが近付くとリベリオは胸が苦しくなる。

 この苦しさは何なのだろう。


 九歳で出会ったときからエドアルドだけが特別だった。

 魔力の相性がいいと先見の目で知っていたエドアルドは、学園に入学してから習うはずの魔力の制御を自分で習得して、リベリオに魔力を注いでくれた。毎朝魔力を注がれるのが温かく心地よくて、リベリオはエドアルドの特別なのだと信じていた。

 魔力臓が完治してからも魔力核の魔力の供給が多すぎて魔力が溢れる体質になってしまったリベリオの魔力を、エドアルドが毎日受け取って溢れないようにしてくれている。


 婚約して結婚した後もエドアルドとの関係は続いていくのだろうか。


「エドアルドはきっと気に入ると兄上は言っていたが」

「そんな……」

「堅苦しい見合いの席ではなくて、わたしたち全員が出席するお茶会の席でその話をすると言っているから、そんなに緊張しないでいいよ。断りたければ兄上は無理強いするお方ではないし」


 国王陛下はどちらかといえば気さくでとっつきやすく、エドアルドのことをとても大事に思っているのが分かる。リベリオやアウローラ、ダリオのことも大事にしてくれている。


「兄上にはレーナとの結婚のときに色々と口添えしてもらって、背中も押してもらったから、わたしも恩があるのだ」


 子爵家の未亡人であるレーナを王弟で公爵家のジャンルカが簡単に再婚相手として選べたとは思わなかったが、そこに国王陛下の後押しがあったようなのだ。


「カメーリアが亡くなってから誰とも親しくしていなかったわたしが本当に心惹かれた相手だと分かると、『絶対に想いを告げなければいけない。お前には幸せになってほしい』と言ってくれたんだ」


 そこまで恩のある国王陛下のお膳立てした婚約ならば、会いもせずに断るというのはジャンルカにはできないのだろう。エドアルドも渋々頷いている。


「会うだけ」

「もちろん、断ってもいいに決まっている。兄上はそんな理不尽な方ではない」


 今回の婚約はエドアルドの先見の目で見た相手とは違ったのかもしれない。それを思うと安心するが、リベリオはいつかはエドアルドと離れなければいけないことを感じ取っていた。


 学園に行く馬車に乗ると、アウローラとダリオが見送りに来てくれる。


「にぃに、にぃに!」

「エドアルドお義兄様、リベリオお兄様行ってらっしゃい!」


 手を振るかわいいアウローラとダリオにリベリオとエドアルドも手を振り返して、姿が見えなくなるまで窓から二人を見ていた。


「リベリオが」

「エドアルドお義兄様、わたしがどうしたの?」

「いや……」


 何か言いかけたエドアルドに聞いてみても答えてくれない。

 何を言おうとしたのか分からないが、とても重要なことのような気がしてリベリオは考える。


「先見の目で何か見えたの?」

「違う」


 違うと否定しているが何か見えたのかもしれない。

 エドアルドの婚約のお茶会で連れて来られるのはリベリオの知っている相手なのだろうか。クラスの中でも副委員長なので全員の名前は覚えていたし、それなりに全員と関りはあるが、特に仲がいいというか、身分も近くて親しくさせてもらっているのはビアンカだ。

 ビアンカは王女だがエドアルドの従兄弟でもある。


 アマティ公爵家にビアンカが降嫁してくるとでもいうのだろうか。

 それならば国王陛下がエドアルドに婚約を勧めるお茶会を開くのも分かる。


「もしかして、相手はビアンカ殿下なの?」

「違う」

「先見の目でなにか見えたんじゃないの? わたしには教えられないこと?」


 つい追い詰めるように言及してしまうが、エドアルドは説明が難しいのか表情が硬くなっている。悩んでいるようにも見えるその姿は、リベリオに真実を伝えようか考えているのかもしれない。

 先見の目で見える光景がどんなものかは分からないのだが、それがエドアルドにとって必ずしも好ましいことばかりではないということは分かっているので、普段はこんなに追求しないのだが、リベリオはエドアルドが婚約するかもしれないという状況に焦りを感じていた。


「相手がビアンカなら、婚約はリベリオでは?」

「え?」


 エドアルドの口から出た意外な言葉にリベリオは蜂蜜色の目を丸くする。


「そういう未来が見えたの、エドアルドお義兄様? エドアルドお義兄様の婚約は口実で、国王陛下はわたしとビアンカ殿下を婚約させるつもり?」

「ファンだ」

「ファン? どういうこと?」


 ビアンカがリベリオのファンだとでもいうのだろうか。リベリオはビアンカのことを恋愛的に思っていないし、義理の従兄弟でクラスメイトとしか感じていない。それなのにビアンカの方は違うのだろうか。

 困惑していると、エドアルドはリベリオから視線を外してしまった。


 エドアルドが分からない。

 この三年でエドアルドのことをかなり理解できるようになったと思ったのだが、初めて会ったときのようにエドアルドが分からなくなってしまってリベリオは膝の上で拳を握って俯いた。


 学園で馬車から降りてクラスに行くとビアンカも来ていて、リベリオはビアンカに歩み寄っていた。


「エドアルドお義兄様の婚約を勧めるお茶会の件、お義父様から聞きました。ビアンカ殿下は何か聞いていませんか?」

「わたくしは詳しくは聞いていませんわ。でも、お父様から、『驚くことがある』とは聞いています」


 驚くことがある。

 それはビアンカとエドアルドの件なのだろうか。それともエドアルドの婚約を勧める形にして呼び出して、リベリオとビアンカを婚約させようということなのだろうか。


「エドアルドお義兄様は」


 呟きかけてリベリオは気付く。

 特別だと思うこの気持ちはもしかすると恋心なのではないだろうか。


「わたしは、エドアルドお義兄様が好き……?」


 義兄として好きなのは当然だがそれ以上の感情を望んでしまっているのではないか。

 それならば、義弟としてエドアルドの一番近くにいることを許されなくなるのではないかと思うと涙が出てきそうで、リベリオは俯いて拳を握り締めた。


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