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6.学園から帰って

 学園のお茶会でリベリオの婚約の話をアルマンドがしたときには、エドアルドは思わずアルマンドに強い視線を送ってしまった。感情が読めるアルマンドはそのことに気付いたようでリベリオに謝っていたが、従兄弟同士しかいないお茶会の席でまで婚約の話など聞きたくなかった。


(リベたんが婚約してしまったら、お兄ちゃんとお昼を食べてくれなくなっちゃうかもしれないでしょう! リベたんに幸せになってほしい気持ちはあるけど、こんなにも早くリベたんを手放すなんて、お兄ちゃんできない! リベたんはずっとお兄ちゃんのそばにいて!)


 そう願ってもいつかはリベリオも婚約し、結婚してしまうのかもしれない。それを考えるだけでエドアルドは落ち着かない気分になってくる。


(リベたんに魔力を分け与えていたし、リベたんから魔力を受け渡されてるから、お兄ちゃんはリベたんの特別だって勘違いしちゃってる!? 実はリベたんは可愛い女の子と過ごしたくて、大きくて怖いお兄ちゃんとは過ごしたくない!? 嫌だー! そんなの考えるだけで落ち込んでマンドラゴラみたいに土に埋もれたくなるー!)


 脳内では騒がしくしているが表面上は表情も全く変わらないエドアルドに、アルマンドは苦笑しているようだった。


 帰りの馬車の中でリベリオは今日の授業のことを話してくれた。


「魔力の計測があったんだ。わたしは光属性しか特性を持っていなくて、光属性が強い生徒はわたしだけで、グループ分けがあったんだけど、わたし一人のグループで先生と一対一で習うことになりそうなんだ」

「リベリオならば大丈夫」

「どんな先生が来るかちょっと怖いんだけどね」


(もしリベたんに意地悪するような先生だったら、お兄ちゃんの全ての権力を使って、別の先生にしてあげるから大丈夫。そのときにはお兄ちゃんに相談するんだよ? お兄ちゃん、リベたんのためならどんな手も使ってみせる!)


 心の中で悪い笑みを浮かべるエドアルドだが、リベリオはエドアルドの大きな手に手を重ねて、嬉しそうに微笑んでいる。


「エドアルドお義兄様が大丈夫だって言ってくれるんならきっと大丈夫だよね。エドアルドお義兄様には見えているんでしょう?」


 相変わらずリベリオはエドアルドが先見の目を持っていると誤解しているようだった。

 先見の目など持っていないのに、それをどうしても伝えることができない。


「ぼくは先見の目など……」

「持ちたくなかったよね。未来が見えるのは必ずしも幸せなことじゃないって、わたしも分かっているよ。エドアルドお義兄様が先見の目の能力をどこまで制御できるかは分からないけれど、わたしのことなんかに使ったと勘違いしてごめんなさい」


 しゅんとなって謝るリベリオに、エドアルドは盛大に突っ込む。


(そうじゃなーい! 勘違いはしてるけど、勘違いの質が違うよ! ぼくは! 先見の目は! 持ってないの! 使ったとか! 使ってないとか! 全然関係ない!)


 必死に言い訳してもリベリオに届くことはない。

 その間に馬車はアマティ公爵家の王都のタウンハウスについていた。

 タウンハウスとはいえ、アマティ公爵家は王弟の家系で権力も財力も持っているので、非常に広いお屋敷だ。

 制服から私服に着替えるとエドアルドはリベリオの部屋のドアをノックした。


 これまではエドアルドが学園から帰ったら庭の薬草菜園の世話をしに行っていたが、これからはエドアルドとリベリオが帰ってきたら行くようになる。

 着替えたリベリオが出て来ると、一緒に庭の薬草菜園まで行く。温室になっている薬草菜園は、一年を通して魔法で温度管理がされている。


 水を汲まなくていい便利な魔法具なので、リベリオは最初に渡したときからずっとゾウさん如雨露を使い続けてくれている。青いゾウさん如雨露で薬草に水をやるリベリオに、エドアルドはうっとりとその姿を見詰めてしまう。


(十二歳になってもゾウさん如雨露で水やりをするリベたん、きゃわいすぎる! 初めのときにゾウさん如雨露を選んだぼく、グッジョブ! このままだったら、何の疑問も抱かず、ずっとゾウさん如雨露を使い続けてくれるんじゃないだろうか! リベたん、キュートすぎる!)


 魔法具というのはそれなりにお金のかかっているものだし、形が何であれ使えることには変わりないのでリベリオはゾウさん如雨露を使うことに何の疑問も抱いていないようだった。恥ずかしがる様子もなければ、嫌がる様子もない。

 このままならずっとゾウさん如雨露を使い続けてくれるだろう。


(今度アマティ公爵領に帰ったらだーたんにもゾウさん如雨露を用意してあげよう。みんなで薬草菜園の世話をするのは楽しいだろうなぁ。お兄ちゃん、至福のときだよ。お兄ちゃんになれて本当によかった)


 感動を噛み締めていると、リベリオが水やりの手を止めてエドアルドを見上げていた。既に成人男性の身長を超えているエドアルドはリベリオが見上げないと顔が見えなくなっている。


「エドアルドお義兄様、そろそろ収穫に入る?」

「そうだね」


 秋になって薬草も収穫の時期を迎えていた。夏場も葉を収穫していたのだが、冬に向けて種を収穫する時期になっているのだ。


「種を収穫して、冬に向けて土を休ませないといけないね。種の収穫はいつにする?」


 三年も一緒に薬草菜園の世話をしているのでリベリオも手順を覚えてくれている。種の収穫の日程は次の週末に決めて、収穫できる葉も収穫して、その日は薬草菜園の世話を終えた。


 夕食を食べてから、リベリオと順番で風呂に入るのだが、大抵リベリオが先でエドアルドが後だった。エドアルドは学園の宿題や勉強があるので、それが終わってから風呂に入るようにしていたのだ。

 しかし、今日からはリベリオも学園に通っているので、宿題や勉強はあるはずだ。

 宿題と勉強を終えて廊下に出て様子を見ていると、リベリオが着替えを持って部屋から出て来る。


「エドアルドお義兄様、今からお風呂?」

「リベリオが先に」

「いいの? それなら、お先に入らせてもらうよ」


 バスルームに入っていくリベリオを見送ってエドアルドは部屋に戻って本を読んでいたら、リベリオが部屋をノックする。


「エドアルドお義兄様、もう出たよ。次、どうぞ」

「ありがとう」


 着替えを持って廊下に出ると、隣りの部屋に帰るリベリオとすれ違う。

 リベリオの髪は少し湿っていて、シャンプーと石鹸の清潔な匂いがする。


(あぁー! リベたん、いい匂いがするー! ホカホカでほっぺも薔薇色だし、やっぱり天使? 天使なの? リベたんはアマティ家に舞い降りた天使だったんだね! きゃわいいリベたんの匂いに満たされたバスルームにぼくはこれから入るのか!? いやいやいや、変なこと考えてないからね! リベたんはお兄ちゃんのかわいい弟だからね!)


 妙なことを考えそうになって、なんでこんなことを考えているのだろうと頭を振って雑念を飛ばそうとするエドアルドだがバスルームに入ると、エドアルドが使っているのと同じシャンプーと石鹸の匂いのはずなのに、そこに甘い香りが混じっている気がして落ち着かなくなる。


(このいい匂いは何!? シャンプーと石鹸は同じはずなのに、リベたんは蜂蜜色の髪とお目目から甘い香りを放っているとでもいうのか!? お兄ちゃん、甘い香りにくらくらしそうなんですけど! そんなこと言ったら変態と思われちゃう! 頑張れ、ぼく! 鼻血を出すんじゃないよ! 鼻の粘膜、絶対に我慢だ!)


 変態にはなりたくないと鼻の粘膜を応援するエドアルドだが、どうしてリベリオの香りにこんな気持ちになっているかはよく分かっていないのだった。


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